84 共通語での会話は苦手だよー
「で、用件はなんだ? 終わったのか、自分の仕事は」
はあ、と吐息して、仕方なさそうに口を開く会長。
「あー、そうそう。確認よろしく」
上着のポケットに手を突っ込むと、人差し指と中指に小さなチップを挟んで、スッと繊手が顔の前に伸ばされる。会長は黙ってそれを受け取ると、自分のパソコンを起動させた。
今ここで確認するのか。
「ウォルター先輩も何か飲みますか?」
腰を上げながら問うと、嬉しそうに微笑んでいそいそと椅子を一つ引っ張り出す。
「じゃあ紅茶があれば」
「ティーバッグでいいなら」
「頂くよ、ありがとう」
どうやらしげくんが管理しているらしい水屋には、各種お茶と日持ちのする茶菓子が若干常備されている。皆で毎月百円ずつ出し合うことにはしているんだけど、取り敢えずは家から持ち出してくれているそうだ。感謝!
手軽なティーバッグとはいえ、元々は中元か歳暮でもらったらしい結構なお値段のブランド物だから、味は確かだった。好きそうかなと思ってオレンジペコにしてみたけど、熱いのも平気みたいで美味しそうに飲んでくれている。腰を下ろす前にジャケットのボタンを外していて、留めたままの会長とは正反対の印象だ。そういえばネクタイも大抵ゆるく締めてるしなあ。浩司先輩も緩めているけど、それが様になっているからまた凄いんだよね。
ついでに会長と俺にも淹れたから、画面をスクロールしながら味わってくれていて少し空気が和んだような気がする。
「はー、落ち着くわここ。執行部、ちょっと身の置き所がなくてねえ」
椅子の背凭れを使って後ろに伸ばす運動をしながら、金髪王子が嘆息した。
「──ああ、また彼が来ているのか。だがそれでお前の処理速度が上がるなら歓迎するしかなさそうだな」
「ええ! 酷い~」
画面から目を離さない会長の声は冷たい。ウォルター先輩は、よよよと時代がかった泣き真似をしている。
「彼? ですか」
首を傾げていると、会長がちらりと目線を投げて「シャールだよ」と教えてくれた。
ああ、あの銀髪美人さんかー!
思い出して頷いている俺の前では、「やっぱり表情が全然違うんですけどっ」と先輩がぶつくさ呟いている。なんのことやら。
「綺麗ですよね~あの人。俺ももっと喋れたらお話してみたいです」
携も綺麗系のかっこいいタイプだからか、二人が揃っていると映画のワンシーンみたいだったよね。また会えるかなあ。ちょっと離れて眺めていたいんだけども。
うっとりしていると、ウォルター先輩がこっちを向いてにっこり微笑んだ。
『練習するなら、これからはこっちで話し掛けようか?』
はうわっ! いきなり大陸共通語きたー!
「え、ええと~……『変換が遅くて会話になりません』……多分」
たどたどしく答えると、『習うより慣れろだよ』と返されてしまった。
『頑張ります……』
そうだよな、母国語かどうかはともかく、ウォルター先輩だって外国の人だしぺらぺらな筈なんだよね。いっつも結構難しい言い回しの日本語も駆使しているから甘えちゃってたけどさ……。
「ところで、どうしてシャールさんがいたら身の置き所がないんですか?」
難しい言葉や言い回しが全然解らなくて、既に普通の会話に戻してしまった俺に「あれれ」と言いながらもウォルター先輩が説明してくれる。
「だって、彼のお気に入りはタズサだもんね~。カズくんは嫌じゃない? いくら仕事だって言ってもさ、終始体密着させて同じ部屋の中でラブラブ光線出されてさあ。ピンク色に染まって見えるよ、あの二人の周囲だけ」
「そうなんですか……」
うーむ。想像しても、やっぱり絵になるとしか言いようが。
そりゃまあ今までは俺が一番の仲良しだったし、俺だって中学時代はかなり携に甘えてくっ付きまくってたもんなあ。それって傍からみたら今先輩が言ったみたいに「身の置き所がない」って感じだったんだ……。
反省しつつも、俺以外にあんな風に優しい笑顔が向けられる相手が出来たなら、それって携にとっては凄くいいことだと思うし、だからって俺の友達じゃなくなるわけでもないし、別に……。
「ちょっとは寂しいけど……携が好きになる相手なら、いい人なんだと思いますよ」
自問自答してからゆっくり頷くと、何故か会長までが俺の方を見つめていて驚いた。
ウォルター先輩が腕組みをして苦笑する。
「カズくんって、タズサのこと本当に信用してるんだねえ」
「はい……?」
それって、いけないことなんだろうか。
「いや、霧川らしくていいんじゃないか」
そう言う会長も、なんだか苦いものを飲み込んだような笑みを浮かべていて。
解らないけど、いいんならいいかと、カップに口を付けた。




