70 金髪王子はマメでした
ダイニングキッチンとリビングは扉で仕切られていたけれど、リビングだけで十二畳ほどの広さがあり、テレビから近い場所にローテーブルが据えられている。部屋の片隅には小さな食器棚もあり、ブランデーなどの瓶が見えている。
フローリングの上にはコンポが直置きされていてスピーカーセットもかなりものが良さそうだ。テーブルを囲むように布張りのソファーがあり、そこに腰掛けてゆったりと煙草を吸っている女性が目に入った。
「マドカ~、見て見て可愛い後輩」
たじろぐ俺たちを促すように背中に当てられた大きな手の平が、その人の近くへと押し出していく。肩口で少し不揃いに切られた髪は智洋よりやや濃いくらいのライトブラウン、耳朶にはチェーンのピアスが揺れていて、少しきつそうなイメージの美人だった。
「お、お邪魔しまっす」「っす」
二人してぺこりと頭を下げると一瞬きょとんと咥え煙草のまま俺たちの顔を見比べて、
「私のうちじゃねえし~」
カラカラと笑った。
いやそういう意味じゃなくてですね。
というか、ウォルター先輩の連れ周りっていう感じがしないというか、確かに顔は綺麗なんだけどなんかイメージと違うというか。
どぎまぎしながらも、コの字型に並べられたソファーの|の位置に二人して並んで腰を下ろした。流石に対面はちょっと……。
テーブルの上にはオードブルっぽいものが並び、シャンパングラスが二つ並んでいる。日暮れには少し早いけど、二人で飲んでいたのかなあ。
やっぱりこれタイミング的にどうなんだろう……。
冷や汗が流れる。
「これでも飲んでてくれる?」
ウォルター先輩がグラスを二つ持ってきてくれた。輪っかになったレモンが添えられていてとても美味しそうで、礼を言ってすぐに口を付けてしまった。
「うまっ!」
自販機とかのジュースにありがちな如何にも作られましたっていうんじゃない芳醇なレモンの香りが、炭酸と一緒に口の中いっぱいに広がって喉を滑り落ちていく。
なんだこれ!
「炭酸水にレモン絞っただけなんだけど、今日みたいに暑い日にはぴったりでしょ」
先輩は腕を組んで爽やかに微笑み、マドカさんという人もうんうん頷いている。
「こう、ちょっと一手間するだけでぐっと違うんだよねぇ。解っちゃいるけどなかなか出来ない、そういうのさらっとやっちゃうのがこの人の凄いトコ」
へえぇ~!
金髪王子はマメ! 心のメモにしっかり書き記したよ。
なるほどモテる人はこんなところでも努力を……ううう、やっぱり俺には無理。
隣の智洋も瞳を輝かせて飲んでるね。美味しいよなー。
「アルコール飲ませてあげてもいいけど、家に帰ったときに叱られたら困るもんなあ。あ、そうそう、良かったら晩御飯食べてく? 軽食でいいなら作るよ~。どうせ今日浩司も食べに来るから、待つつもりなら一緒に食べたらいいじゃん」
さらっと誘われて、嬉しいながらも流石にご飯まではと智洋と顔を見合わせていると、
「浩司くん来るんだ? じゃあ翔子呼んでもいい? たまにゃあ会わせてやってもいいっしょ」
嬉々としてマドカさんが手元の鞄から携帯電話を引っ張り出している。
「えー、来てもいいけど、ゆっくりは出来ないよ? 今日は俺らオールで何人か指名入ってるし」
「いいいい、あいつは一瞬でも顔見れたらそれで満足すっしー。全くモテる男は辛いですねぇ」
にまっと意地悪く微笑んでさっさとボタンを押している。
いいなあ携帯。本体も維持費も高いから手が出ないや。まあ寮の中に居るから不要っちゃ不要なんだけど、なんとなく憧れる。誰に掛けるってわけでもないんだけどさ。
二人がそんな会話をしている隙に、俺はこっそりと智洋に相談した。




