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Hand to Heart 【side A】  作者: 亨珈
猫の恋
17/169

17 個性的過ぎて

「大野さんのGMは絶品ですよ~。シナリオも秀逸だし、面白いです」

 色白眼鏡くんが、仏のような顔でほわーっと笑いながら目の前に湯飲みを置いてくれた。日本茶出てきちゃったよ……。

「あ、ありがと」

 熱いかなと、そっと指先で触れてみるとそうでもない。湯飲み自体が分厚くてぼこぼこと窪みがあり持ち易いし、口を付けてみると飲み頃だった。次々と皆の前にも湯飲みが置かれ、しばし全員でお茶タイム。

 ずずー……っ。

「やあ、やっぱりシゲの淹れるお茶が一番旨いなあ」

 テンパ眼鏡くんがしみじみと言い、

「ですね。何事もきちんとした手順でやらねばそれ相当の結果は得られないものですよ」

 と意味不明の相槌を打つ丸顔眼鏡くんに、

「サトサトはいちいちかってーんだよ。美味けりゃそれでいいんだっつの」

 これはウェーブ眼鏡くん。この声は最初の叫び声だな。

「ぶーしの淹れたお茶はとても飲めたものではないのです」

「ぶーし言うな、ゆうしだ!」

 軽く言い合っている二人のことはスルーして、大野会長は俺にまた視線戻してきた。

「霧川も早速キャラクターを作るか? テーブルトークは初めてじゃないだろうな」

「ええと、ルールブックと小説を多少読んだことがあるくらいで、プレイはしたこと無いです」

 後は、テレビゲーム化されているやつをやったくらい。これってやっぱり初心者だよなあ。

 そうか、と大野会長は吐息した。

「テーブルトークは欧米では家庭の遊びだが、日本では屋内で家族全員で遊ぶことなど滅多に無いからな。マイナーなのも仕方ないんだが」

「ですよね~。如何にそのキャラになりきって冒険するかが醍醐味なのに」

 会話に入ってくるテンパ眼鏡くん。

 俺もルールブックを読んだからには実践してみたかったんだけど、携と二人じゃあ何も出来ないんだもんな。友達っていえばアウトドアのやつばっかだったし、そういう遊びには付き合ってもらえなかったんだ。だから寮でプリントをもらって部屋で見ているときに『TRPG同好会』の文字を見つけたときには胸が高鳴った。

 ……ここまで個性的なヤツの集まりとは思ってもいなかったんだけど。

「あのー、そろそろ一応全員の名前教えてもらってもいい? 呼びかけることすら出来ねえんだけど」

 会長以外をぐるりと見回してみる。まさか何々眼鏡くんなんて呼ぶわけにゃいかないだろう。

 全員が目をぱちくりとさせた。

「ああ、そう言えば名乗っていませんでしたね。私は小橋義範(こばしよしのり)です。よしくんでいいですが、キャラ名でシャーでもいいですよ。ちなみにこれは通常の喋り方なので気にしないでくださいね。別にあなたにだけよそよそしいわけではありません」

 テンパ眼鏡くんは、手元の紙にさらさらと名前を書いて持ち上げて見せてくれた。キャラクターシートだった。

 傭兵の剣士。大剣使い。商人に賢者。なるほど……。

「僕は佐藤聡(さとうさとし)です。何故か略してサトサトと呼ばれています。会長不在の折には僕がゲームマスターをしています」

 丸顔眼鏡くん。なるほどそれでサトサト。俺もそう呼ばせてもらおう! 俺より小さいなんて親近感湧くしな!

 キャラクターは、騎士のアラン。こちらも大剣使い。貴族出身、神官。

「さとくん以外がやるとまともに進まないんですよねえ、脱線しすぎちゃって。彼は文系はからっきしだけどシナリオを作るのはなかなかなんだよ。理系で特に数学は得意だけど、教えは請わない方がいい。僕は山本茂(やまもとしげる)。よろしくね~」

 色白眼鏡くん、仕草も女っぽいんだけど気にしないでおこう、うん。

 キャラクターは、神官戦士のジロー。ドワーフ。戦斧使い。何? 武器に鉄扇ありますがもしかして時代劇ファンなのかな。

「教えは請わない方がいいってなんで?」

 数学はちょっと苦手分野なので難しい問題とか教えてもらいたいって思ったんだけど?

 不思議そうに見ると、サトサト以外の三人は目配せした。

「会長、微積の教科書持ってます?」

 よしくんの問いに、会長は上半身を屈めて机の下のスペースに置いてあった鞄から自分の教科書を引っ張り出した。

「その中の応用問題、適当に読んでみてください」

 わかった、と会長がぱらりとページをめくり、すらすらと問題文を読む。はっきり言ってチンプンカンプン。数Ⅰで悪戦苦闘している俺には別次元の言葉に聞こえる……。

「はい、さとくん。答えは?」「──」

 呪文のようにさらっと何か言いましたよ、今! なんだったのサトサト! 聞き取れなかったんだけどっ!

「合ってるな……」

 流石の大野会長も絶句している。

「そこまではまだいいんだよ、こっからが問題」

 ちっちっち、まだ名乗っていないウェーブ眼鏡くんが指を振る。

「そこまでの式とか考え方言ってみ?」

「そんなものはない。問題があれば答えがおのずと浮かぶ。それだけだ」

 サトサトくん……淡々と言ってるけどあなたはマシーンですか神さまですか。人間の仕事じゃありません!

「な? 教えるなんて無理無理ぜってー無理。数学に必要なのは公式と数式だ、答えに至るまでの過程だ。一般高校生は答えだけぽんと記入したらアウトだ。こいつは今すぐK大入れる実力だけはあるんだけど、一人で完結しちゃってるからさ~」

 はあ、とウェーブ眼鏡くん扇子を広げて口元覆ったよ。何処から出てきたそれ。

「あー、俺は間野勇士(まのゆうし)だ。間違ってもこいつらみてえに『ぶーし』なんて呼ぶなよ、ぶっとばすかんな」

 バッと目の前に突き出されたキャラシートには、マノホッテと書いてある。魔術師か~それでさっき自爆してたんだ。成功ロールイチゾロね……。自動的失敗ってやつですねっ。

 しかしなんでこんなに偉そうなんだ?


 文字で見せてくれたお陰もあって、俺は一発で皆の名前を覚えることが出来た。眼鏡は共通しててもあまりにもキャラクター強すぎるってせいもある。凄すぎる……俺、ここでやっていけるんだろうか。

 でも今更辞めるなんて言えない雰囲気。

「で、ですね」「むう」「で」「で、だな!」

 名乗った順に体を乗り出してくる。

 何? なんなのこの人たち!?

 仰け反りながら「な、なんだよ?」と問い返す。

「足りないのはシーフとレンジャーと精霊使いです。どれがいいです?」

「シーフがいないと廃墟などで誰も罠解除が出来ないんですが」

「レンジャーがいないのも屋外戦闘で遠距離攻撃が心許ないし」

「精霊使いがいないのもパーティーとしてはバランス悪くて。どうも物理攻撃主体になっちゃうし」

「まあこの俺がいたら負けることはないけどな!」

 いやさっき失敗して負けそうだったじゃん。

「間野のその根拠のない自信はどっから出てくるんだよ……」


 しかし、これは本気で悩む。

 大体戦士に偏りすぎているような気もするが、回復役の神官は仕方ないとして、騎士と傭兵って。どっちか要らないんじゃね?

 それを指摘すると、GMとしてメンバー外になったりするからアランは本来頭数に入らないと言う。

 罠解除……出来ないと前に進めないってこともあるか。

 精霊使い……いなくても何とかなりそうだけど、魔術師の成功率が低すぎて魔法は期待薄のようだ。

 レンジャーは弓とかで遠距離攻撃できるし、勘が良いから危険を察知できたりもするんだよなあ。

 むむむ。

 

 腕を組んで本気で思案していると、大野会長が腰を上げた。

「じゃあ僕は執行部に顔を出して急ぎの案件だけ済ませてから帰るよ。戸締り宜しく」

 真新しいキャラクターシートを一枚俺の前に置いてから、部室を出て行ってしまう。その背に五人揃って「おつかれです」と声を掛けてから、またテーブルに向き直った。

「なんだったらさあ、この際性別も女にしちゃえばー? 紅一点」

 間野が両手をスラックスのポケットに突っ込んだまま、机の上に屈みこむようにして俺の顔を覗き込んで来た。

「いいですね、それ」

 って、おい小橋同意すんな。

「かずくんなら出来そうです」

 いつの間にか名前呼びされてるー!

「えー? なら僕も女にすれば良かった」

「やめろ気持ち悪い」

 しげくんが残念そうに言うのには二人して嫌そうに顔顰めてるし。

「しげくん駄目でなんで俺ならいいんだよ」

 訊いちゃいけないような気がしたが、恐る恐る口にしてみた。

 小橋と間野が一瞬目を見開き──にやりと笑った。うわっ、腹黒そう……。

 お代わりを注ぐために急須を持って隣にやって来たしげくんの腕を思わず掴んでしまった。


「可愛いからです」「可愛いからに決まってんだろ」

 た、助けてしげくんっ!

 俺は涙目になりながら、握り締めた腕に力を込めた。



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