101 最終的にいきつくところ
泣きそうになっていると、スラックスのポケットから何かを取り出して俺の手の平に握りこませた。視線を落とすと、液体の入っている小さなボトル。
ちょっと粘性があるかなあと揺らして眺めていると、
「それあげるから頑張って」
腕時計を見てから腰を上げた。
「あの、これ」
何なのかが判らないんですけど……。
「ローション。この先に進むなら必要でしょ? 弟くんが用意してるかもしれないけどさ、まあ餞にあげるよ」
「え?」
この先……。
言われて、ぼんやりとだけど妄想していた智洋とのあれこれを思い出す。
つ、つまり……。
「まさか知らないなんて言わないよな? 最終的にはそういうことするでしょ」
ぎゃあああっ! やっぱりあれのことですか!
ぼんっと顔に点火してしまったのを面白そうに見ながらも、「ごはん」と急かされる。
「取り敢えず昼ご飯~。行こ行こ」
放っておかれたらそのまま妄想ワールドに浸っていただろう俺を無理矢理現実に連れ出すと、
「解らないことあるなら教えるから部屋においで」
なんて嫣然と言われて、ますます慌てた。
それでもベッド下の引き出しにそれをしまいこむと、先輩と一緒に食堂に向かったんだった。
そして何故ウォルター先輩と向かい合って食べなきゃいけないんだろう。
微かに笑みを湛えたまま優雅に食事する先輩の対面でがっつくわけにも行かず、俺はなるべく上品に丁寧にフォークを動かすように努めた。
今日のメインは若鶏のハーブ焼きとキノコの和風パスタ。付け合せには、マッシュポテトに豆たっぷりのミネストローネ。いつもなら少しくらいすするように大口でがぶっといくパスタも、王子の前ではついついクルクルフォークを回して、それでもうまく巻けなくて一旦外して巻き直したりと手元が忙しい。
ちらりと覗うと、当の先輩は口を動かしている間に一~二回巻きつけているだけなのに、端がだらんと垂れることもなくぱくりと口に収まっている。
なんだ? 巻き方にもコツがあるのかな。
悪戦苦闘の末に諦めて箸を手にした時に、隣に智洋と携がやって来た。
「ちわっす」「こんにちは」
不思議そうにしながらも席に着く二人に挟まれ、事情を教えろと言わんばかりの視線を向けられる。
「あー……たまたま?」
部屋でのあれこれを話すと智洋が怖いので何とか誤魔化そうと試みる。
ていうか、美形三人に囲まれて昼飯とか! さり気に注目集めてんし! 滅多なこと言えるかっつーの。
「そうだね~。いつもは浩司の遅めの朝食に付き合って十一時くらいに食べるんだけど、今日は別行動してるから。俺のことは気にしないで普通に食事してな」
そんな先輩の手元には、もうミックスジュースしかない。はやっ!
二人が来ていつもの調子に戻れた感じで、俺は箸を進めた。スープは持ち手が付いているし、ホントはフォーク一本で食べられるメニューなんだけどな。洗い物増やしてごめんなさい、おばちゃん。
ふと気付くと食堂内には周も辰もいて、もしかして今浩司先輩一人なのかなあ。
「ウォルター先輩、先に行っといてください」
ジュースを飲みつつなんとなく俺を待ってくれているような雰囲気の先輩に声を掛けてみる。
「浩司先輩、一人じゃないですか」
俺の言いたいことが伝わったのか、ああと頷いたもののそのままペースアップする様子はなさそうだ。
「別にいいよ。元々俺も浩司も単独行動の方が多いんだから」
「え? そうなんですか?」
そりゃ、性格も嗜好も違ってそうだけど……。と思い返して、首を傾げた。
そうか、ビリヤードの時こそ一緒にいるけど、たまたま最初に廊下で会った時に給食当番で一緒の班だっただけで、言われてみれば放課後もずっと別行動だ。ウォルター先輩は何処でふらふらしてるのか知らねえけど、浩司先輩は応援団だし。風呂で会うのも大抵浩司先輩だから、王子はもっと遅くかシャワーを使ってるんだろう。
なのに何で俺、セットで考えちゃってたんだろう。
自分でも不思議になって、曖昧に頷きながら残りのパスタを掻き込んだ。
「おばちゃんには申し訳ないけど、先輩が作ってくれたやつの方が美味いです」
「マジで? じゃあまたおいでよ、帰省した時に。今度は生パスタ打つからさ」
世辞じゃなくつい洩らした本音に、先輩はうっとりするほど綺麗な笑みを浮かべて嬉しそうに誘ってくれた。
「是非っ」
勢い込んで頷く俺を、隣の智洋は複雑そうに覗っている。
別に他意はないよ? それに行くなら浩司先輩もいるでしょ。
心配しないでと気持ちを込めて、左手でスープを飲みながら右手でテーブルの下の智洋の腿をぽんぽんと叩いた。
同じようにこっそり下ろされた左手が重なって、ぎゅっと握り締めてから離れていく。
そんな些細な遣り取りも新鮮で、なんだか好き合ってるって感じがしてドキドキした。




