リトル×ボーダー
まどろみの中。
深い深い、眠りに落ちる眠り姫。
目覚めのキスは王子様の特権。
醜い小人たちには見守るしか、出来ない。
「カズ、また難しい顔して・・・・・・。難しいこと考えてるでしょ?」
目を開けると、そこにいたのは美少女。
「・・・・・・・・・顔近い。ナギサの家の昨日の晩飯カレーだったでしょ、臭うよ」
「えっ!?嘘、何で分かったの!!?そんなに臭うかなぁ・・・・・・」
「嘘だよ。昨日ナギサの母さんが、余ったからって言って持ってきてくれた。ホントに料理うまいよね」
「な、なんだぁ・・・・・・ビックリさせないでよ!」
この美少女はナギサ。
幼馴染で美少女。とにかく美少女。めっちゃ可愛い。
身長175cmと、女子の中では高い方。
胸はそこそこ。推定Cくらい。
しっかり者だが少々抜けているところもある。
成績優秀で天然ながら人を思いやる性格。
おまけに彼氏もいないし、いた事さえない、はず。僕との知る限りではだけど。
色恋沙汰に敏感な高校生の誰もが一度はモノにしたいと希う優良物件なのだが、如何せん当の本人が攻めに来た男を一人も通さないような堅固な篭城であった。
故に、”彼氏いない暦=年齢”という不名誉な称号を背負っている珍しい女だ。
同じ”いない暦=年齢”の根暗で、話すと必ずドモるコミュ障の僕とは大違い。
もちろん誰もが心奪われるような彼女に、僕だけが例外であるはずもなく。
当然ながら僕も彼女のことを想っていた。
しかし、高校2年生という青春真っ只中の素晴らしい時期が終わろうとしている今まで、思いを伝えたことは一度もない。
所謂、「この関係が壊れるのがイヤ」というありがちな理由なのだけど。
「そういえばさ、駅前のビルにまた新しいクレープ屋さんが出来たらしいよ。学校終わったしこれから行かない?」
「これから僕家に帰って勉強したいんだけど・・・・・・・・・」
「毎日勉強ばっかりしてたら、頭が沸騰しちゃうよ?たまには息抜きも必要なんさ〜」
「・・・・・・・・・毎日のように放課後はお前から誘われて例外なく付いて行ってるせいで、息抜きしかやってなくて僕の成績が非常にまずいのをナギサさんも当然ご承知のはずなのですが」
「ご、ごめんなさい・・・・・・・・・。また勉強会しよ?カズは吸収早いから一度身に着ければ大丈夫だからさ!」
申し訳なさそうな顔をしてるナギサを横目に見ながら、僕は帰る支度を始める。
「まぁ、いつものことだからいいし。それにクレープの方も興味があるから行くけどさ」
「ふふん、何も知らないカズ君に私がじきじきに教えてあげましょうっ!そうやって渋々ながらもちゃんと一緒に来てくれるカズみたいな人を巷では”ツンデレ”と呼ぶのです!」
「知ってる。てか僕はツンデレじゃないし」
ナギサはすでに帰る準備が出来ていたらしく、僕が準備を終えると話しながら靴箱へ向かう。
「またまたぁ〜、ツンデレは皆そう言うんですよ〜!」
「だから違うって。ちなみに僕はこの現実世界の人間に、ツンデレとされる性格の人は存在しないと考えてるんで」
「えー、なんか意味わかんないし・・・・・・・・・。私は、そうやってツンツンしてるカズ可愛いと思うけどなー」
そう言ってはにかむ彼女に校舎の窓硝子から通された赤い夕日が差して、まるで絵画のようなという表現がぴったり似合うその眩しさに、美しさに、心臓が高鳴るのを僕は感じた。
高鳴りがバレないように、思わず目を伏せてしまう。
「ふふっ、そうやって照れて赤くなるカズも可愛いっ!」
そう言って後ろから抱きついてくる。
どうやら目を伏せたのがナギサには照れ隠しだと思われたらしい。
「ちょ、ちょっと、はーなーしーてよー!!」
「んー、すりすり〜」
170を越す身長のナギサが、160ギリギリの僕に抱きついてきたら、当然上から肩にのっかかって来る感じになるわけで。
腕を僕の首に回しているので、彼女の胸部が僕の背中に当たってこれでもかというほど柔らかい自己主張をしているわけで。
もちろん、他の人にはここまでやってこないが、それが幼馴染という特別な称号によるものであることに感謝すべきか、もう一段階上の特別な関係の賜物でないことに羨みを持つべきか。
とりあえず感謝することにしとこう。神様とかそこらへんに。
感謝されて嬉しくない人なんて、おそらくいないのだから。
神様が人と定義されるなら、の話だけど。
「美味しかったね、あのクレープ!」
「今まで食べた中で一番美味しいクレープだったかも・・・・・・」
「また明日も行こうか!」
「いや明日はちょっと・・・・・・・・・でも週一くらいなら全然問題ないね」
「そう!安くて美味しい!もうテンション上がっちゃうなーこりゃ!!」
「なんかナギサおじさんくさいよ・・・・・・・・・」
談笑しながら少し暗くなってきた道を歩く。
もう少ししたら、街灯も付くだろう。
僕とナギサの家は隣。
親同士がとても仲がよく、物心付いたときからナギサの家族とうちの家族は同じ家族みたいな雰囲気を醸し出していた。
どちらの家も2階建てで自分の部屋は2階にあり、カーテンを開けておけば窓からお互いの部屋の様子が丸分かりなのは典型的な幼馴染の例に漏れない。
まぁ、家族に恋愛感情を持つことがないように、ナギサは普通に幼馴染だと思っているみたいで。
実際、こういう関係も僕は嫌いじゃないので、とくにどうこうしようというつもりもあまりない。
なのできっと、これからも変わらずこの関係のままだろう。
「よーし、家に到着!」
一人で思考に嵌っていたらもう家の前。
「明日は休日だからすごく気が楽だよ」
「そうね。明日はなにか予定あるの?」
「ん、特に無いかな」
「じゃあ明日勉強会!」
「・・・・・・・・・・・・別にいいけど。ずいぶん気が早いね」
「だって成績アブないって言ったのカズじゃん!分からないことがあったら、このナギサおねーちゃんにお任せあれっ!」
「僕の方が誕生日は早いんだけど・・・・・・・・・」
「たった1日違いで何言ってんのよ。とにかく、明日カズんちに行くね!」
「しょうがないなぁ、分かったよ」
「それでは、麗しのカズお嬢様。おやすみなさいませ!じゃねー!」
バタン、とナギサの家のドアが閉まる。
「お嬢様、ねぇ・・・・・・・・・」
自分のほぼ平坦に近い胸を見る。
髪も長いのより短い方がいいので、いつもショートカットで切ってもらってる。
一人称は”僕”なんて言うもんだから、よく男の子に間違われてしまう。
僕は、女の子。
同性の幼馴染に懸想している、青春期の女の子。
実らないと分かっていても、それでも好きな相手がいる、恋真っ盛りの女の子。
「それでも、いっか」
誰に向けたわけでもない宣言。
燃えるような恋とか、そういうのは苦手。
実らなくても一緒にいられる。それだけで満足しちゃう自分。
そんな自分が、決して嫌いじゃない。
そう思いつつ、私は自分の家のドアを開けた。
眠り姫の幸せを見届けた小人は、そばを離れていく。
でも、決して目は逸らさない。
眠り姫の笑顔が大好きだから。
最後の最後まで幸せに踏み込まず、ボーダーラインを保って遠くから眺める小人は、それでも幸せだったから。