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あおいと麻貴と、月のはなし

「あおいー。月のうさぎさんのお話をしてぇ」

「またですか? 麻貴まき坊っちゃん」

 あおいと呼ばれた少女はカーテンを引いた薄闇の中をゆっくりと歩き、麻貴のベッドに腰掛けた。

「早くお昼寝しないと」

「聞きたいの。月のうさぎさんのお話」

 あおいはふっと微笑んだ。

「……だって坊っちゃん、泣いちゃうんだもん。月のうさぎさんのお話をしたら」

「今日は絶対に泣かないからー」

「ううん、いっつも泣いちゃうでしょ? だから、さ、早くお昼寝しましょ」

「泣かないから。お願い、あおい」

 麻貴は掛け布団から出した手をばたばたさせて駄々をこねた。こうなるとこの坊っちゃんは言うことを絶対に聞かなくなる。あおいはそれをよく知っている。ふうっ、とため息をついた。

「むかしむかし……」

 急に麻貴の目はきらきらと輝きはじめた。


「あるところに旅人がいました。

 旅人はたった一人で旅をしていました。

旅人は森に入ってしばらく歩いたところで、道に迷ってしまいました。

 食べ物はたくさん用意していたのですが、

 ついにそれもなくなってしまいました。

 旅人は困りました。とてもおなかがすきました。

 でも、おなかがすいても食べ物はありません。

 困っている旅人を、いろいろな森の動物たちが見ていました。

 『旅人を助けたい』。動物たちは思いました。

 木登りが得意なおさるさんは木に登り、くだものを取ってきました。

 くまさんはハチミツを取ってきました。

 ところが、うさぎはなにも取ってくることができません。

 きつねさんのように動きがはやいわけでもなく、

 おさるさんのように身が軽いわけでもなく、

 くまさんのように力があるわけでもありません。

 うさぎさんは、おなかをすかせた旅人のために、なにもできなかったのです。

 うさぎさんは困りました。

 旅人のためになにかしてあげたい。なにか食べさせてあげたい。

 心を決めたうさぎさんは、旅人のおこしていた焚き火の中に飛び込みました。

 そして言いました。

 『旅人さん。どうかわたしを食べて、元気になってください』」


 あおいがちらりと横目で麻貴を見ると案の定、ベッドからすっかり身を起こし、ぽろぽろと涙を流しながらしゃくりあげていた。

 やっぱりこうなっちゃった。目を泣きはらしていると、奥様が心配するんだけどなあ。あおいは思った。だがこのあとの展開もあおいには予想がついている。

「ほら泣いちゃった。でも坊っちゃん、大丈夫。まだ続きがあるでしょ?」

 麻貴は目を擦りながら、うん、うんと何度も頷いた。


「自分のために死んだうさぎさんを見て、旅人は涙を流しました。

 実は旅人は神様だったのです。

 うさぎさんの優しい心に感動した神様は、うさぎさんを月に連れて行きました。

 そして月に神殿を建て、うさぎさんを葬りました。

 うさぎさんは、月の神様になったのです。

 だから、月にはうさぎさんがいるのです。

 満月の夜、うさぎさんはそのかわいい姿を私たちに見せてくれるのです」


「おわり」

 あおいは話し終え、麻貴の顔を見た。やはり笑顔に戻っている。

「面白かった?」

「うん。よかったね、うさぎさんは月の神様になったんだよ」

「そうね」

 あおいは微笑んだ。

「もうお昼寝できるね?」

「うん」

 麻貴は目をつむった。

 あおいは心の中で、いち、にい、さんと数えだした。そして十を数える前に、麻貴は軽い寝息を立てだした。いつものことだ。本当はとても眠かったようだ。あおいはそんな麻貴をとても愛おしく思った。

 振動を与えないように、あおいがそっとベッドから離れた時に、遠慮がちなノックの音がした。

「あおい」

 洛の声だ。

「いいか?」

「はい。坊っちゃんはお休みになりました」

 ドアがゆっくりと開けられた。

「話していたお客様が来られた。一階の応接室にいらっしゃる」

「はい」

「お前も会っておけ」

「……はい」

 洛は先に立って広い階段を降りる。

「どうだね。坊っちゃんを寝かしつけるだけの仕事には、やりがいを感じるかね?」

 あおいは目を伏せた。

「……他にもいろいろと仕事はありますから……」

「ふん」

 洛は小声でせせら笑うように言った。

「絵本を読み、散歩をし、話し相手になる、か。あおい、お前が羨ましいよ。そんな成りのお前が、子供とじゃれてるだけでこんな高給をくれる屋敷で働けるとはね。坊っちゃんさえ懐かなければ、お前など」

「…………」

 あおいは黙るしかなかった。

 そんな成りのお前。昔から言われ続けてきたことだ。

「しかし薄気味悪い男だ。目が見えないらしい」

 あおいは顔を上げた。

「……目が?」


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