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狩る者

 それから数十年。時は滔々と流れた。

 時が流れても、神霧の人々の暮らしぶりはわずかに良くなっただけで、さほどの変化もなかった。あい変わらず化け物達は野に、辺境に、そして町に現れ、人間を殺した。喰らった。生き血を啜っていた。


 その日、町の外れには大雨が降っていた。二メートル先もうすぼんやりと見えづらいほどの土砂降りの雨だ。町の外れだったので人家は少なかったが、真っ昼間だというのに雨のせいで誰もが家に閉じこもっている。

 その土砂降りの雨に打たれ放題になっているのは、たった二人の人影だ。

 二人……いや、厳密には二人、ではない。

 一人と一匹。

 一方は人間だ。マントに付いたフードを目深に被っている。

 そしてもう一方は、化け物だ。

 腹と背中に亀のような甲羅がある。雨のせいではなく、全身がぬらぬらと緑色の粘液で濡れている。手足の指の間には水かきがある。

 鋭く尖ったくちばしが開いた。腐った海藻を口いっぱいに頬張ったまま喋っているような、不快極まりない聞き取りづらい声だ。

「……話はわかった。で、人間よ。人間の小僧よ。お前は俺にどうして欲しいんだ?」

「……どこか遠い山の中へ行け。そして二度と町に降りて来るな。金輪際、二度とだ。それがいやなら」

「それがいやなら、どうすんだ?」

「死んでくれ」

 化け物は首を傾げた。

「……何だと?」

「この薄汚いドブ河におとなしく住んでいただけなら見逃してもらえただろうよ。だがてめえ、人を喰ったろ」

「ああ。もちろん喰ったさ」

「四度目だな」

「さあなあ、覚えてねえな。一つ聞きたいんだがな、お前ら人間は生まれてこのかた、牛や豚を殺して喰った数をいちいち覚えてるか? 覚えちゃいねえだろ?」

「覚えちゃいねえな。……だがそれをお上がな、許さねえとさ」

 人間は、ゆっくりと腰の銃に手をかけた。

「馬鹿が。人間の小僧。いや」

 化け物の首がずるり、と伸びた。

「俺達の命で飯を喰う、馬鹿な賞金稼ぎ。お前に俺が殺せるか? いいことを教えてやろう。俺が喰った人間はな、お前のような賞金稼ぎばっかりだ。お前らの言葉で言うとな、正当防衛ってやつだ」

 化け物はくちばしを歪めていやらしく嗤った。次の瞬間、化け物の首は人間に向かって一気に数メートル伸びた。

「――!」

 紙一重で人間は化け物の首をかわした。人間が立っていた場所のすぐ後ろにあった岩塊に化け物の鋭いくちばしが突き刺さり、岩塊は爆裂するように粉々になった。

「む」

 化け物は目をみはった。

 今の一瞬で、人間は8メートルも横に飛びのいていた。

 人間が身に着けていたフード付のマントは、爆裂した岩塊の飛沫を受けて千切れ飛んでいた。すでに人間は銃を構え、化け物に狙いを定めている。

 拳銃……と呼ぶのが正しいのかどうか定かではないが、その長さ、握りこぶしからひじほどまではあろうかという、巨大な拳銃だ。

「――? 人間、お前……」

 化け物がいぶかしげに顔を歪めた。首がずるずると縮み、元の長さに戻った。

「目が見えねえのか?」

 人間は、きっぱりと目を閉じていた。

「お前、目が見えねえくせに、今の俺の攻撃を避けたのか?」

「……だったら何だ? 俺が目を閉じていたら、てめえは俺を殺せるか?」

 化け物は舌なめずりをした。

「……小僧が、なめやがって。まったく近頃は賞金稼ぎにもろくな奴がいねえ。それにそのでかい拳銃。なあ人間の小僧、そのエモノはどう考えてもお前の身体には不相応だぜ、ちょっとばかりでかすぎる。大体拳銃なんかじゃ俺の甲羅は絶対に撃ち抜けねえ。しかも目も見えねえお前が、」

 人間の構えた銃が轟音を放った。

「べらべらとよく喋る化け物だ」

「…………?」

 化け物には何が起こったのか、瞬時には理解できなかったようだ。

まずは人間が、少年のようにも見える小柄な人間が短機関銃ほどの大きさもある巨大な拳銃を片手で撃ったこと、それから目を閉じたままで数メートル離れた自分にその弾丸を命中させたこと。そして放たれた弾丸が、頑丈なはずの自分の甲羅を胸から背中まで貫通し、握りこぶしがすっぽりと入ってしまうほどの見事な穴を開けたことを、順序だててゆっくりと認識していった。

「がは」

 化け物は大量に血を吐き、両膝をついた。

 人間は大股で歩き、化け物に近づいた。手には刃渡り四十センチほどのナイフが握られている。

「悪いな。証拠を持って帰らねえと、金が出ないもんでよ」

 人間は、化け物のべとべとしたまばらな毛髪を掴んだ。

「……お前は……何もんだ……」

 ナイフを首に振り下ろした。ごつり、と骨を断つ音がして首は鮮やかに切断された。

「ただの賞金稼ぎだ」

 人間はぽつりと呟いた。

 雨は先ほどより、激しさを増している。ざあっざあっと間欠的に地面を打つ雨音によって、人間の呟きはかき消された。



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