生誕のかがり火
真夜中。人里離れた山奥の洞窟。雷鳴が轟く、ある嵐の夜。
「まだか」
「まだか」
「まだ生まれぬか」
手に手に、かがり火を持っている。
かがり火に持っているのは、化け物達。一つ目。三つ目。八つ目。全身が甲殻類のような甲羅に包まれたもの。口がなく、細長い腕と足が四本ずつあるもの。猿のように、真っ黒の毛に覆われたもの。大蛇の体に人間の顔がついたもの。巨大な人間の顔に、昆虫のような脚が何十本も生えているもの。もはや昆虫に近く、人間の形からかけ離れたもの。様々な化け物達が集まっている。
様々な化け物達が集まる、それは熱帯夜に見る悪夢のように醜い夜会。禁断のサバト。
異形の化け物達が口々に喚く。喚く化け物達に取り囲まれているのは、人間の女。
その女は、孕んでいた。
「まだか」
「まだなのか」
「陀羅鬼よ。お前の仔はまだ生まれぬか」
陀羅鬼と呼ばれたものは、目を閉じたまま応えた。
「……まだだ。もう少し。もう少しだ」
苦悶の声とともに、孕んだ女は体をくねらせる。女は全身汗にまみれている。今、まさに化け物の仔が生まれようとしていた。
「ああ。あああ。あああああああ」
女が絶叫した。
……おぎゃあ。おぎゃあああ。
赤仔は生まれた。大量の血と羊水が混じり合い、ばしゃ、と音を立てて女の股から流れ出た。
「おお! 生まれたか」
「生まれたのか? 陀羅鬼」
陀羅鬼は頷いた。
「……ああ。生まれた……ようだ」
「そうか。やっと生まれたか」
「これでまた一人、我々の仲間が増えたということか」
「しかも、我々の長である陀羅鬼。その仔なら、さぞ強い仲間となるに違いない」
「陀羅鬼。その仔とともに人間を喰らおう。生き血を啜ろう」
「さあ、見せてくれ」
「陀羅鬼。そこをどいて皆にお前の仔を見せてくれ」
「…………」
「どうした陀羅鬼」
「見たい。早くみせてくれ」
「見せろ」
「……それが……」
陀羅鬼は、妻である女のかたわらを離れた。生まれたばかりの赤仔を見た化け物達からは、驚きの声が上がった。
「…………おお…………」
「…………その仔は……!」
八つ目が、すべての目を剥いて陀羅鬼に詰め寄った。
「どういうことだ。これは……これでは、まるで人間の子供だ!」
「そうだ。陀羅鬼、お前の黒い肌、二本の角、銀の髪、何一つ受け継いでいないではないか!」
「陀羅鬼、我々の長である陀羅鬼。強い陀羅鬼。お前の息子とは思えぬ」
「おぞましい。黒い髪。白い肌。人間だ。生んだ人間の女の因子が強すぎたのだ!」
そんな化け物達のやりとりを、出産に力を使い果たした女は体を起こすこともできずに、汗にまみれてただぼんやりと見ていた。
「殺せ、陀羅鬼」
猿人が言った。
「そうだ。殺せ、陀羅鬼。そんな得体の知れんものは我らの長にはなれん。そのまま殺してしまえい」
「…………」
「どうした。そんな人間もどきでも我が息子は殺せんか」
「そもそもなぜその仔は立ち上がらん。なぜいつまでも寝たきりで泣いているのだ。我々の一族の赤仔ならばすぐに言葉を喋るはずだ。立ち上がるはずだ。その様子では人間の赤子そのものではないか」
「目。そうだ目だ!」
ぎらぎらと赤く光る海老そっくりのやつが言った。
「その仔は目も開かん。陀羅鬼、お前の息子ならば、お前と同じ金色の目をしているはずだ」
「そうだ。陀羅鬼、目を開かせろ」
「目だぁ」
「…………」
陀羅鬼は赤仔を両手で抱き上げ、化け物達の方に向けた。
泣き叫んでいた赤仔は、ゆっくりと目を開いた。
墨色の雲間から、ほんのわずかに満月が覗いた。




