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ハッピーエンド後の旦那様の職場がブラックなんて聞いてません! ~夫婦のイチャラブ生活のため、過剰回復(オーバーヒール)で魔物を絶滅させます~

作者: 唯乃
掲載日:2026/02/21

「…リリアーナ、愛している。今夜こそは、誰にも邪魔させない。君を離さないよ」


 低く、甘く響く声。


 至近距離で見つめてくるのは、抜けるような銀髪に、冷徹さと慈愛を秘めた氷氷とした瞳。

 乙女ゲーム『聖女の祈りは天に届く』に転生した私が、死ぬ気で攻略した王国騎士団長アルベルト・フォン・シュライデンその人だ。


 鍛え上げられた逞しい腕が私の腰を引き寄せ、彼の熱い体温が薄い寝衣越しに伝わってくる。

 かつて、ゲームの画面越しに見ていたあの「真エンド」のその後。

 私は今、間違いなく世界で一番幸せなヒロイン―。


(…のはず、だったんだけどなぁ)


―コンコンコンコンコンッ!


 静寂を切り裂く、遠慮のない、それでいて必死なノックの音。


「団長! 団長、起きていらっしゃいますか!? 王都西門付近に、ランクBのサイクロプスが出現! 警備隊だけでは抑えきれません!」


 アルベルト様の体が、ピクリと硬直する。


 抱きしめる腕に、ぎゅっと力がこもる。


「……またか」


「旦那様……」


 彼が吐き出した溜息は、あまりにも重かった。

 さっきまでの甘い空気はどこへやら。

 苦渋に満ちた表情で私から離れると、枕元に置いてあった騎士団の制服を手に取る。


「すまない、リリアーナ。すぐ戻る。…朝食までには、必ず」


「無理をなさらないでくださいね。最近、お休みも取れていないのでしょう?」


 私がそう言うと、彼は一瞬だけ、力なく笑った。


 月光に照らされた彼の顔には、隠しようのない隈が刻まれている。


 王国最強の騎士。魔物討伐の英雄。


 けれどその実態は、二十四時間年中無休で呼び出される、超ブラック組織の長なのだ。


「大丈夫だ。君の顔を見れば、疲れなんて吹き飛ぶよ」


 嘘だ。


 玄関で見送る時、彼は眠気で一瞬、靴の左右を履き間違えそうになっていた。


 バタン、と重厚なドアが閉まる。


 静まり返った屋敷。


 一人残された私は、冷えかけたベッドに潜り込み、拳を握りしめた。


「……これで、今月に入って十五回目」


 結婚して1ヶ月経つのに、ここぞというタイミングで邪魔が入り続けており、未だに初夜がお預けとなっている。


 原因は分かってる。私が好感度上げを最優先して、魔物関連のイベントを全てスキップしてしまったからだ。


回復ヒールしかできない私じゃ、戦いの役には立てないって言われたけど……」


 私はベッドの中で、自分の手のひらを見つめた。

 ゲームの知識。そして、転生者としての莫大な魔力量。


「治すのが『回復魔法』なら、治しすぎたらどうなるのかしら?」


 ふつふつと湧き上がるのは、愛ゆえの怒り。


 私は決めた。


 よし、明日から、お散歩に出よう。


 全ては、愛する旦那様を定時で帰宅させ、思う存分イチャイチャするために。





 翌朝。アルベルト様は宣言通り、朝日が昇る頃に帰宅した。


 しかし、その足取りは重く、銀髪は乱れ、瞳の隈は昨日よりも心なしか濃くなっている。


「……ただいま、リリアーナ。サイクロプスは片付いたよ」


「おかえりなさいませ、旦那様。すぐにお風呂になさいますか? それとも、朝食?」


「……十五分だけ、横にならせてくれ。それから登庁して、事後報告書の作成があるんだ」


 彼は私を抱きしめる余裕すらなく、ソファに倒れ込んだ。


王国最強の騎士であろうとも、疲労には勝てない。


(……許せない)


 私は、そっと彼の額に手を当て、微弱な回復魔法をかける。せめて、眠りの質が上がるように。


 そして、彼が深い寝息を立て始めたのを確認すると、私はクローゼットから一番動きやすく、かつ「お散歩」にふさわしい清楚なドレスを選び出した。


「行ってまいりますわ、旦那様。あなたの睡眠時間を奪う、不届きな子たちを……『治療』しに」


 王都の西門を抜けると、そこにはのどかな草原が広がっている。


…はずなのだが、最近は魔物の活性化により、一般人の立ち入りは制限されていた。


「あら、さっそく見つけたわ」


 草むらをかき分けて現れたのは、体長二メートルを超える『フォレストウルフ』の群れだ。


 鋭い牙を剥き、低く唸り声を上げる。本来なら、新米冒険者なら腰を抜かして逃げ出す光景。


「グルゥ……ッ!」


「おはようございます。朝から元気ね。でも、少し血の気が多すぎるんじゃないかしら?」


 私はにっこりと微笑み、一歩前に踏み出す。

 オオカミたちは一斉に飛びかかってきた。鋭い爪が私の喉元に迫る―。


「―『ハイ・ヒール(高位回復)』」


 パンッ、と乾いた音が響く。


 私が放ったのは、傷を癒やすための光。

 けれど、魔力を通常の数倍込めて出力を上げる。


「キャウンッ!?」


 光を浴びた一頭のフォレストウルフが、空中で奇妙に身悶えした。


 治癒とは、細胞の再生だ。

 なら、再生の速度が限界を超えたら?

 正常な代謝を無視して、筋肉や内臓が勝手に「もっと元気に! もっと増殖して!」と暴走を始めたら?


「……あ、破裂しちゃった」


 ボフッ、という気の抜けた音と共に、オオカミの体が内側から弾けた。

 血飛沫は飛ばない。過剰な光の粒子によって、肉体が灰になるよりも早く、純粋な魔力へと還元される。


「さあ、次の方。あなたたちも、もっと治療して差し上げましょう!」


 逃げ出そうとする群れに対し、私は両手を広げる。


 慈愛に満ちた微笑み。けれど、その瞳には一欠片の容赦もない。


「『エリア・エクストラ・ヒール(広域極大回復)』」


 降り注ぐのは、黄金の雨。

 それは本来、戦場で瀕死の兵士数百人を一度に救い出すための奇跡。


 それを、たかだか数匹の魔物相手に、ゼロ距離で叩きつける。


「ギャンッ……!」


「アウゥゥ……!」


 光に包まれた魔物たちが、次々と「治りすぎて」消滅していく。


「ふう……。少しは静かになったかしら」


 あたりを見渡せば、さっきまで殺気に満ちていた草原が、今は驚くほど清らかな空気に包まれている。


 魔物の気配が一切ない。私の過剰な魔力が残留しているせいで、他の魔物も近寄れない「聖域」と化してしまった。


「さて、次は北の森ね。あそこには確か、報告書を分厚くしそうなオークの集落があったはず」


 私は日傘を差し直し、軽やかな足取りで歩き出す。



(待っていてくださいね、旦那様。私がこの国から『残業の種』をすべて癒やして差し上げます!)





 数週間後。


 王立騎士団本部の作戦会議室は、かつてない奇妙な熱気に包まれていた。


「報告します! 西門付近のオーク集落が、跡形もなく消滅! 現場に残されていたのは、極めて高濃度の…『清浄な魔力』のみです!」


「北の森のキメラもです! 争った形跡すらありません!」


「南の山に生息するドラゴンゾンビも、完全に浄化されたとの報告が入っております!」


 円卓の席につく騎士たちが、次々と信じられない報告を口にする。


 その中心で、騎士団長アルベルトは眉間に深い皺を寄せていた。


「……ありえない。オークやキメラはBランク、ドラゴンゾンビに至ってはAランクだぞ。高位冒険者でも手こずるような魔物が王都全域で消滅したというのか?」


 彼は手元の資料に目を落とす。そこには、現場を調査した魔導師たちの困惑のコメントが並んでいた。


『死因:過剰な生命エネルギーによる自己崩壊』

『推定犯人:不明。ただし、慈愛に満ちた神々しい魔力の持ち主と推測される』


(慈愛に満ちた、だと?)


 アルベルトの脳裏に、自分を優しく見送ってくれる愛妻リリアーナの笑顔が浮かぶ。


…いや、まさかな。


 彼女は回復魔法しか使えない。それに、あんなに儚げで、おっとりした女性が、魔物の群れを殲滅して回るはずがない。


「団長! これで……これで、今夜の緊急配備は必要ありません!」


「ああ。それどころか、向こう一週間は定期パトロールだけで済みそうだ。……信じられん。こんなに早く帰れるなんて、入団以来初めてだぞ」


 部下たちの顔に、数年ぶりの「人間らしい輝き」が戻り始める。


 アルベルトもまた、心臓の鼓動が早まるのを感じていた。


 緊急招集なし。報告書も、この「原因不明の消滅」をまとめるだけで終わる。


(今夜なら……リリアーナを、今夜こそ)


 彼は立ち上がり、マントを翻した。


「全員、残務整理を急げ! 終わった者から順次、帰宅を許可する!」


「「「ハッ!!!」」」


 騎士団本部に、かつてない歓喜の返声が響き渡った。





 その夜。シュライデン邸のダイニングには、温かな湯気と香ばしい匂いが立ち込めていた。


「あら……?」


 私がキッチンで最後の手直しをしていると、玄関の鍵が開く音がした。


 まだ午後七時。いつもなら深夜二時、あるいは翌朝になるのが当たり前の時間だ。


「リリアーナ、ただいま」


「ま、旦那様! お早いお帰りですこと!」


 慌てて玄関へ向かうと、そこには鎧を脱ぎ捨て、どこか憑き物が落ちたような顔をしたアルベルト様が立っていた。


 彼は私の姿を見るなり、我慢できないといった様子で私を抱き寄せた。


「……今日は、何も起きなかったんだ。王都の周りから、魔物が一匹残らず消えてしまったかのように、静かで」


「まあ、それは不思議なこともあるものですわね」


 彼の胸に顔を埋め、くすくすと笑う。


 アルベルトの腕には力がこもっている。

 今夜は、伝令のノックも、緊急招集の鐘も聞こえない。


「リリアーナ。……やっと、君との時間を過ごせる」


「ええ。シチューが冷めないうちに、召し上がってくださいね?」


「いや……その前に」


 アルベルト様に横抱きされたまま、向かうは二人の寝室。


 いつもは疲れ果てていた彼の瞳に、今は男としての熱い情熱が宿っている。


「アルベルト様? 夕食が……」


「明日の朝、一緒に食べよう。……今夜は、明日の昼まで君を離さないと決めているんだ」


 ベッドにそっと降ろされ、彼が覆いかぶさってくる。


 ようやく、待ち望んでいた「ハッピーエンドの続き」が始まった。


(……ふふ、お散歩に行った甲斐がありましたわ)


 彼の首に腕を回し、幸せを噛みしめる。



……

………


 次の日、ベッドから出られたのは、昼食の鐘が鳴る頃だった。


 これまで「お預け」されていた時間をすべて埋めるかのような、濃厚な一夜を過ごし、腰の重みと、首元に残された「独占欲の痕」に苦笑しながら、私は思う。


 うん。お散歩、明日も頑張りましょう!

 旦那様と思う存分、イチャイチャするために!



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