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隣に立つ  作者: 松本ゆきみ


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8/11

救済の朝

朝は、嫌いだった。

決まった時間に始まって、

何もなかった顔で続いていく。

逃げ場がない。

それでも、

今日は立っていた。

校門の前。

いつもより少し早い時間。

壁にもたれなかった。

座りもしなかった。

(……立て)

そう言い聞かせる。

昨日の夜、

立てなかったことは、もういい。

立てなかった夜を、

朝まで引きずらない。

それだけを決めて、

ここに来た。

足音が近づく。

振り返らなくても分かる。

佐藤玲奈だ。

「……おはよう」

声がかかる。

「……おはよう」

自分の声が、

思ったより落ち着いていた。

並んで歩き出す。

歩幅が合う。

(……ズレてねぇ)

昨日は、

同じ速さじゃなかった。

でも今は、

同じ地面を踏んでいる。

それだけでいい。

「昨日」

玲奈が言う。

「来てくれて、ありがとうございました」

礼を言われるのは苦手だ。

「礼、言われることしてねぇ」

本音だ。

でも——

来なきゃ、

もっと立てなくなってた。

それは、言わなかった。

代わりに、

正直なところだけ出す。

「……来なきゃダメだった」

玲奈は、否定しなかった。

それが、ありがたかった。

「家に戻れても、

 安心してなかったです」

その言葉を聞いたとき、

胸の奥が、少しだけ緩んだ。

(……一緒だ)

形は違う。

あいつには帰る家があって、

俺にはない。

でも、

安心できない夜を越えた朝

という点では、同じだった。

「俺は」

言葉が、勝手に出た。

「戻る場所がねぇ」

言ってから、

後悔はしなかった。

隠さなくていい朝だと、

分かっていたから。

「でも、

 立つ場所は、

 選びたい」

それは、

願いじゃない。

覚悟だ。

「……隣ですか」

玲奈が言う。

一瞬、間が空く。

(縋るな)

(頼むな)

でも、逃げるな。

「……あぁ」

短く答えた。

校舎が近づく。

いつもの朝。

いつもの場所。

なのに、

胸が苦しくない。

「進路の話」

玲奈が言った瞬間、

一瞬だけ身構えた。

でも——

「今日はしません」

その一言で、

肩の力が抜けた。

(……助けられてるな)

そう思って、

すぐに否定する。

(違う)

(並んでるだけだ)

「俺も」

言葉を選ぶ。

「決められない自分から、

 逃げないようにする」

それでいい。

全部決めなくていい。

でも、

投げ出さない。

それが、

今の俺にできる全部だ。

「並ぶってさ」

口を開く。

「同じ速度じゃなくても、

 止まる場所が同じなら、

 いいんじゃねぇか」

言ってから、

少し照れた。

玲奈が笑う。

「それ、

 私が言う言葉だと思ってました」

「……悪いかよ」

教室に入る。

それぞれの席に着く。

距離はある。

でも、昨日より遠くない。

(……立ててる)

家がなくても、

ここに立ってる。

一人じゃない。

それで、十分だった。

チャイムが鳴る。

前を向く。

逃げてない。

縋ってもいない。

ただ、

朝を迎えただけだ。

でも——

それが、

俺にとっての救済だった。


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