夜、立っていられなかった
(須郷迅 視点)
家に帰っても、電気を点けなかった。
玄関で靴を脱ぎ、
そのまま壁にもたれかかる。
制服のまま。
鞄も下ろさない。
——まただ。
今日のやり取りが、
何度も頭の中で再生される。
「並べないなら、無理すんな」
自分で言った言葉なのに、
胸の奥に残って、離れない。
スマホを取り出す。
画面は暗い。
連絡は、来ていない。
当たり前だ。
俺が、線を引いた。
(……クソ)
立ってるつもりだった。
逃げてもいない。
サボってもいない。
それなのに、
足元がぐらついている。
ベッドに腰を下ろすと、
一気に力が抜けた。
(立てねぇな、これ)
進路票。
期限。
選択肢。
分かってる。
決めなきゃいけないことも、
逃げ場がないことも。
でも、
今それを決めたら——
(俺、
何も残んねぇ)
頭に浮かぶのは、
玲奈の顔だった。
正論を言う目。
でも、責めない声。
「決めないと、
置いていかれる気がして」
あの言葉。
(……それ、
俺もだ)
口には出さなかった。
出したら、
縋ることになる。
だから、言わなかった。
布団に倒れ込む。
天井が近い。
怒鳴らなかった。
突き放しただけだ。
それで、
正解のはずだった。
なのに、
胸の奥がずっとざわついている。
(……隣)
考えるな。
考えたら、
行きたくなる。
行ったら、
立てなくなる。
拳を握る。
昼間より、
ずっと弱い。
(俺は、
一人でも立てる)
何度も、そう言い聞かせる。
でも——
「一人で立ちたい」とは、
一度も思えなかった。
スマホを握りしめる。
一通だけ。
「来るな」でもいい。
「今日は無理だ」でもいい。
何か言え。
……何も、打てない。
(……行きてぇ)
気づいた瞬間、
呼吸が浅くなった。
(ダメだ)
これは、
立ってない。
これは、
もう倒れかけてる。
夜は静かで、
外の音も遠い。
このまま朝になったら、
何かが決まってしまう気がした。
良くても、
悪くても。
だから俺は、
目を閉じたまま、動かなかった。
立ち上がれなかった。
眠れなかった。
——それでも、
完全に一人だとは、思えなかった。
あいつが、
「並べないなら、無理すんな」と言ったから。
逃げろ、とは言わなかった。
それだけで、
かろうじて、
俺は立っている側に踏みとどまれた。
(……明日)
(明日、
もう一回だけ、
ちゃんと話す)
そう決めて、
ようやく息を吐く。
夜は、
立っていられなかった。
でも、
逃げなかった。
それだけが、
今の俺の全部だった。




