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隣に立つ  作者: 松本ゆきみ


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5/14

小さな喧嘩未遂

放課後の校舎裏は、いつもより人が少なかった。

部活の声は遠く、風の音だけが残っている。

佐藤玲奈は、須郷迅を見つけて足を止めた。

コンクリートの壁にもたれ、スマホを弄っている。

「……須郷」

呼ぶと、迅は顔を上げた。

表情はいつも通りだが、

どこか余計な力が抜けている。

「何」

短い返事。

拒絶ではないが、距離はある。

「進路のこと」

言った瞬間、

迅の視線が一度、地面に落ちた。

「……昨日、言ったろ」

「分かってます」

玲奈は、言葉を選びながら続けた。

「でも、担任からも言われてて。

 未定でもいいから、

 何かは書かないと——」

そこまで言って、

迅の表情が変わった。

怒ってはいない。

でも、閉じた。

「それ以上、言うな」

低い声。

「お前が正しいのは、分かってる」

一拍。

「でも、今は無理だ」

(……無理)

その言葉に、

玲奈の胸が小さく痛んだ。

「期限、ありますよ」

つい、言ってしまう。

「決めないと、

 後で選択肢が減ります」

迅が、ゆっくり息を吐いた。

「だから、

 今は触るなって言ってんだ」

声は荒くない。

それが、余計に刺さる。

(……私は)

(また、正論を言ってる)

沈黙が落ちる。

「……なぁ」

迅が言う。

「お前さ、

 俺を“置いてく気”か」

思わず、息を呑んだ。

「そんなこと——」

「じゃあ、

 なんで急ぐ」

責める声じゃない。

困っている声だった。

「俺は今、

 立ってるだけで精一杯だ」

玲奈は、何も言えなくなった。

迅は、

逃げているわけじゃない。

ただ、

立ち止まっている。

それが、

自分にはできないことだった。

「……私は」

玲奈は、

自分の胸に手を当てた。

「立ち止まるのが、

 怖いんです」

正直な言葉だった。

「決めないと、

 置いていかれる気がして」

迅は、目を細めた。

「……それ、お前の問題だ」

冷たい言葉。

でも、正しい。

「俺は、

 今はここにいる」

一歩も、前に進めない場所。

「だから、

 並べないなら、

 無理すんな」

その一言で、

喧嘩は終わった。

怒鳴らなかった。

決裂もしなかった。

でも、

線が引かれた。

「……分かりました」

玲奈は、そう言って一歩下がった。

「今日は、帰ります」

「……あぁ」

迅は引き止めなかった。

背中を向けて歩きながら、

玲奈は考える。

(私は、

 迅の“隣”に立ちたい)

(でも、

 同じ速さじゃない)

校門を出たところで、

ふと、足を止める。

振り返ると、

迅はまだ、校舎裏に立っていた。

動かない。

でも、去らない。

(……喧嘩じゃない)

(これは、

 並ぶための失敗だ)

その夜、

玲奈は進路票を見つめた。

書いた文字を、

一つだけ消す。

完全に決めるのを、

少しだけ遅らせる。

それが、

今の自分にできる、

唯一の「立ち止まり」だった。

一方で——

迅は、

誰もいない校舎裏に残っていた。

言い過ぎたかもしれない。

でも、引き戻す言葉は出なかった。

(……追うな)

(追ったら、

 縋る)

そう分かっているから、

足を動かせなかった。

小さな喧嘩未遂は、

何も壊さなかった。

その代わり、

夜に持ち越すものを、

確かに残した。

——次の話で、

それが静かに噴き出すことになる。


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