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隣に立つ  作者: 松本ゆきみ


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4/11

進路の話はまだしない

進路希望調査票が配られた瞬間、

教室の空気が少しだけ重くなった。

紙一枚で、

この先が決まるらしい。

「第1希望、第2希望。

未定でもいいが、必ず何かは書け」

担任の声が、淡々と響く。

佐藤玲奈は、

紙を受け取ってすぐに目を落とした。

書く内容は、

もう決まっている。

(……問題は、決まっていることだ)

周囲を見ると、

クラスメイトたちはざわざわと相談し合っている。

「指定校どうする?」

「まだ親と話してなくてさ」

将来の話は、

共有するものらしい。

ふと、斜め後ろを見る。

須郷迅は、

調査票を机の端に置いたまま、

ペンを持っていなかった。

動かない。

視線も、紙に落ちていない。

(……書かないんだ)

玲奈は、

自分のペンを動かしながら、

胸の奥が少しざわつくのを感じた。

放課後、

補習教室へ向かう途中。

「佐藤」

担任に呼び止められる。

「進路票、ちゃんと書けてるな」

「はい」

「無理してないか?」

その一言に、

玲奈は一瞬だけ言葉に詰まった。

「……大丈夫です」

そう答えた瞬間、

担任はそれ以上、踏み込まなかった。

(聞かれたのに、

 言わなかった)

自分で決めた選択だ。

誰かに相談する必要はない。

そう、思っている。

補習教室では、

迅は相変わらず黙々と問題を解いていた。

けれど今日は、

いつもより静かだった。

プリントを解く手は速い。

でも、どこか乱暴。

「……なぁ」

玲奈が声をかけると、

迅はペンを止めた。

「進路票……」

言いかけて、

その先を続けられなかった。

迅の視線が、

一瞬だけこちらに向く。

冷たい、というより、

閉じている目だった。

「その話、すんな」

低い声。

怒鳴らない。

苛立ちをぶつけない。

ただ、線を引く。

(……あ)

これは、

触れてはいけない話題だ。

補習が終わり、

二人で校舎を出る。

夕方の風が、

昼より冷たい。

「……ごめんなさい」

玲奈が言うと、

迅は足を止めずに答えた。

「謝るな」

短い。

「お前が悪いわけじゃねぇ」

それでも、

空気は戻らなかった。

校門の手前で、

迅が立ち止まる。

「……俺さ」

一拍。

「今、決めたくねぇ」

それだけ。

理由も、

先の話もない。

玲奈は、

胸の奥が少し痛んだ。

(決めない、という選択)

それは、

自分にはできない選択だったから。

「……分かりました」

そう言うと、

迅は驚いたようにこちらを見る。

「聞かないのか」

「聞きません」

玲奈は、少しだけ息を吸った。

「決めないって、

 決めてるんですよね」

迅は、何も言わなかった。

肯定も、否定もしない。

「私は——」

言いかけて、

玲奈は言葉を止めた。

自分の進路を、

ここで話す必要はない。

それは、

迅にとって重すぎる。

(……まただ)

玲奈は気づいていた。

自分はいつも、

「正しいこと」を優先する。

決める。

進む。

立ち止まらない。

それが、

誰かを置いていくことになるとしても。

「……先、帰ります」

玲奈がそう言うと、

迅は小さく頷いた。

「……あぁ」

その声には、

突き放す色はなかった。

ただ、

距離を保つ音だった。

一人で歩く帰り道、

玲奈は考える。

(私は、

 迅に並ぼうとしている)

(でも、

 同じ速度じゃない)

進路を決めることは、

悪いことじゃない。

けれど——

決められない人の横に立つには、

それなりの覚悟が要る。

迅は、逃げていない。

でも、

今は立ち止まっている。

自分は、

立ち止まれない。

その違いが、

初めて、はっきりと見えた日だった。

教室で荒れた空気は、

まだ、どこにも行っていない。

進路の話は、

まだしない。

それが、

この二人の暗黙の了解になった。


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