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隣に立つ  作者: 松本ゆきみ


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3/11

補習は逃げ道じゃない

放課後のホームルームが終わる直前、

担任はいつも通りの調子で名前を呼んだ。

「佐藤、須郷。今日から三日、補習な」

その声を聞いたとき、

佐藤玲奈は特に驚かなかった。

成績が悪いわけじゃない。

授業態度に問題があるわけでもない。

ただ、今月は欠席が重なった。

委員会の仕事での早退。

家の都合。

無理をして倒れた日。

理由は全部、説明できる。

でも、規定は規定だ。

(足りなかった分を、埋めるだけ)

そう割り切って、

玲奈は小さく「はい」と答えた。

隣で、須郷迅が舌打ちをする。

「……チッ」

不満を隠そうともしない音。

けれど、彼もまた「はい」と短く返事をした。

サボらない。

言い訳しない。

——本当に、似ていないようで似ている。

補習教室は、夕方の光が斜めに差し込んでいた。

数人の生徒が、黙って席につく。

数学のプリントが配られると、

迅は迷いなくペンを走らせ始めた。

早い。

途中で止まらない。

(……問題児、なんだよね?)

玲奈が一問目で立ち止まっている間に、

迅はすでに次のページに進んでいる。

「須郷」

教師が声をかける。

「式は合ってる。

ただ、省きすぎだ。途中も書け」

「……はい」

反抗も、言い返しもない。

(ちゃんとしてる)

噂と、実態。

そのズレが、昨日からずっと引っかかっていた。

補習が終わり、教室を出ると、

校舎はほとんど静まり返っていた。

廊下を並んで歩く。

「……補習、慣れてます?」

玲奈がそう聞くと、

迅は少し間を置いてから答えた。

「逃げねぇからな」

それだけ。

「成績、悪くないですよね」

「別に」

誇るわけでも、否定するわけでもない。

「じゃあ、どうして——」

将来、という言葉が喉まで出て、

玲奈は飲み込んだ。

迅は、分かっていたようだった。

「その顔すんな」

「え?」

「考えすぎる顔だ」

思わず、口を閉じる。

(……図星だ)

玲奈は、昔からそうだった。

規則は守る。

任されたことは、やり切る。

でも、

融通が利かない。

限界まで我慢して、

倒れてからようやく休む。

迅が、前を向いたまま言う。

「お前、

 真面目すぎんだよ」

唐突な一言だった。

「サボらねぇのはいい。

でも、自分まで縛るな」

玲奈は返事ができなかった。

それは、

自分でも薄々分かっていた欠点だったから。

校舎の出口で、迅が立ち止まる。

「……なぁ」

珍しく、言葉を探すような間。

「補習、

 ダサいと思うか」

玲奈は、首を横に振った。

「思いません」

即答。

「逃げた人が来る場所じゃないです。

足りなかった分を、埋める場所です」

迅が、こちらを見る。

「サボるより、

ずっとまともです」

沈黙。

それから、迅は小さく息を吐いた。

「……変なやつ」

でも、

今日はその言葉に、刺はなかった。

「俺さ」

夕焼けに目を向けたまま、続ける。

「逃げたら、

多分そのままになる」

何に対してかは、言わない。

「だから、立ってるだけだ」

玲奈は、一歩だけ距離を詰めた。

「……隣、空いてますよ」

小さな声だった。

「並ぶ気はあります」

迅は、しばらく黙ってから、

乱暴に肩をすくめた。

「……勝手にしろ」

拒絶の言葉のはずなのに、

足は止まらなかった。

並んで、校門を出る。

(救わない。背負わない)

(でも、立ち止まりもしない)

補習は、

逃げ道じゃない。

逃げなかった人間が、

立ち続ける場所だ。

そう、

この日、玲奈ははっきり理解した。


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