触れる理由
雨の音が、
窓の外で一定のリズムを刻んでいた。
ソファに並んで座る二人の間に、
テレビはない。
会話も、今は要らない。
同棲してから、
夜は何度もあった。
でも、
この夜は少し違う。
昼に話したズレが、
まだ空気に残っている。
消えてはいない。
でも、
見えるまま、置いてある。
迅が、
ゆっくり息を吐いた。
「……今日さ」
声は低い。
急がない。
「お前に言われて、
初めて気づいた」
玲奈は、
こちらを向く。
「俺、
“頼らない”を
“閉じる”と
勘違いしてた」
一拍。
「それ、
楽だった」
正直な告白。
玲奈は、
否定しなかった。
「楽なやり方は、
続きますから」
「……あぁ」
迅は、
手を伸ばした。
触れる前に、
一度止まる。
「……今日は」
視線を合わせる。
「触れていいか」
質問は、
儀式じゃない。
確認だ。
「はい」
玲奈は、
短く答えた。
迅の手が、
肩に触れる。
前より、
少しだけ深い。
抱き寄せる。
でも、
力は入れない。
「……近いですね」
「嫌か」
「いいえ」
即答。
胸と胸が、
重なる。
呼吸が、
揃っていく。
キスは、
前より長い。
でも、
急がない。
途中で、
離れる。
「……今」
迅が言う。
「欲しいから
触ってねぇ」
玲奈は、
それを待っていた。
「……分かります」
「選んでる」
言葉にする。
「並ぶって決めた相手に、
触れてる」
玲奈の手が、
迅の背中に回る。
引き寄せない。
でも、
離さない。
「……私も」
声が、
少しだけ低くなる。
「平気じゃない時に、
平気なふりを
しなくていい人に、
触れてます」
二人は、
もう一度、
ゆっくりと口づけた。
深くなる。
でも、
崩れない。
衣擦れの音。
呼吸。
雨。
身体は近い。
心は、
もっと静かだ。
「……今日は」
迅が、
額を寄せたまま言う。
「越える夜にしよう」
「……はい」
同意は、
迷わなかった。
触れ方は、
丁寧だった。
奪わない。
試さない。
一緒に明日を迎える前提で、
触れる。
言葉は、
多くない。
それでいい。
夜は、
深くなっていく。
やがて、
二人は同じ布団に横になった。
腕の中。
でも、
閉じ込めない。
「……迅」
玲奈が、
小さく呼ぶ。
「ん」
「こういう夜、
増えても」
一拍。
「依存には、
なりませんね」
迅は、
少しだけ笑った。
「ならねぇ」
断定。
「俺ら、
ちゃんと
離れる力もある」
玲奈は、
その言葉に目を閉じた。
安心は、
縛らない。
この夜は、
約束じゃない。
でも——
関係を一段、
更新した夜だった。
穏やかで、
深い。
大人の夜は、
静かに、
確かに進む。




