生活の話をする
朝、キッチンに立ったのは、
須郷迅のほうだった。
コーヒーを淹れているだけ。
特別なことはしない。
佐藤玲奈は、
寝室から出てきて、それを見た。
「……早いですね」
「習慣だ」
迅は、
カップを二つ出す。
「砂糖いるか」
「いりません」
それだけで、
朝が始まる。
テーブルに向かい合って座る。
距離は、
近すぎない。
「……あの」
玲奈が口を開いた。
「生活費、
どうしますか」
迅は、
待っていたように頷く。
「割る」
即答。
「家賃は俺が払ってるから、
その分、
水道光熱と食費を頼みたい」
明確。
でも、
押し付けない。
玲奈は、
一度だけ考える。
「……妥当ですね」
即答しないのは、
癖だった。
「食費は、
完全折半じゃなくていいですか」
「理由は」
「私、
自炊多いので」
迅は、
少しだけ口角を上げた。
「じゃあ、
俺が多めに出す」
「……いいんですか」
「生活費だ」
感情を持ち込まない言い方。
それが、
安心だった。
洗濯機が、
回り始める。
「洗剤、
どれ使ってますか」
「柔軟剤は、
匂い強いの苦手だ」
「じゃあ、
無香料にします」
確認。
同意。
修正。
会話は、
短い。
でも、
ちゃんと進んでいる。
昼過ぎ、
玲奈は掃除機をかけた。
迅は、
邪魔にならない位置に移動する。
「……家事、
分担表とか作りますか」
玲奈が聞く。
迅は、
首を振った。
「状況でいい」
一拍。
「片方がきつい時、
もう片方がやる」
「……ルール、
少なすぎませんか」
「縛ると、
続かねぇ」
玲奈は、
少しだけ笑った。
(……この人らしい)
夕方、
買い物に行く。
レジで、
自然に二人分をまとめる。
「……これ、
私が」
「今日は俺」
「じゃあ、
次は私」
それで終わる。
帳尻を、
その場で合わせない。
信頼しているから。
夜。
ソファに並んで座る。
触れない。
でも、
距離は詰まっている。
「……同棲って」
玲奈が言う。
「もっと、
大変だと思ってました」
迅は、
少し考えてから答える。
「まだ、
始まったばっかだ」
一拍。
「でも、
無理はしてねぇ」
玲奈は、
その言葉を噛みしめる。
(……平気な顔、
しなくていい)
それが、
この家の一番大きな変化だった。
寝る前、
歯を磨きながら、
玲奈が言う。
「一人になりたい時は、
言います」
迅は、
鏡越しに頷いた。
「俺も」
「察しなくていいです」
「察さねぇ」
短い約束。
それで、
十分だった。
布団に入る。
同じ部屋。
別々の距離。
「……おやすみなさい」
「……おやすみ」
生活は、
劇的に変わらない。
でも——
自分のペースを、
守ったまま並べる場所が、
ここにできた。
それが、
同棲の始まりだった。




