生活が重なるまで
(同棲前夜ではなく、同棲直前)
再会から、少しだけ時間が経った。
頻繁に会うわけじゃない。
でも、
連絡が途切れることもなかった。
仕事終わりに、
「今日は無理」
「今週はきつい」
そんなやり取りが増える。
須郷迅は、
終電を逃した夜、
会社の近くのカフェで時間を潰していた。
スマホを見る。
——佐藤玲奈。
『まだ起きてますか』
短い文。
迅は、
一瞬だけ考えてから返す。
『起きてる』
それだけ。
数分後。
『……泊めてほしい、
じゃなくて』
文が途切れている。
『終電逃しました。
タクシー高くて』
正直すぎる理由だった。
迅は、
画面を見つめてから、
小さく息を吐く。
『鍵、
ポストの中』
迎えに行くとは言わない。
大丈夫か、とも聞かない。
来るか来ないかは、
相手に任せるやり取り。
玲奈は、
しばらくして現れた。
部屋に入ると、
靴を揃える。
「……久しぶりですね」
「そうだな」
それだけ。
風呂を借りて、
着替えを借りる。
何も起きない。
ソファに座って、
二人で水を飲む。
「……楽ですね」
玲奈が言う。
迅は、
否定しなかった。
「無理がねぇ」
その夜、
同じ空間で眠った。
触れなかった。
期待もしなかった。
夜を越えるための、
最小単位の同居だった。
それが、
一度きりで終わらなかった。
繁忙期。
悪天候。
家の都合。
理由は毎回違う。
「今日は、
そっち行ってもいいですか」
「……あぁ」
やがて、
玲奈の着替えが
迅の部屋に置かれるようになる。
歯ブラシ。
化粧水。
仕事用のバッグ。
迅は、
それを勝手に触らなかった。
置き場所も、
聞かなかった。
ある夜、
二人で洗濯物を畳みながら、
玲奈が言った。
「……これ、
どっちのですか」
迅は、
少し考えてから答える。
「もう、
区別しなくていいだろ」
言ってから、
すぐに続けた。
「嫌なら、
戻す」
玲奈は、
洗濯物を置いて、
一度だけ考えた。
「……嫌じゃないです」
それだけ。
契約書も、
宣言もない。
でも、
帰る場所が
自然に一つになっていく。
「同棲、
ってことですか」
玲奈が、
ある朝、ぽつりと言った。
迅は、
コーヒーを淹れながら答える。
「生活が、
重なっただけだ」
それで、
十分だった。
恋人だからじゃない。
依存しないと決めたからでもない。
一人で立てる二人が、
同じ場所に立つ方が楽だった。
それだけの理由で、
二人は同じ家に帰るようになった。
——
そして、
それが「同棲」と呼ばれる頃には、
もう特別なことではなくなっていた。




