問題児の隣の席
須郷迅と同じクラスだという事実に、
佐藤玲奈が気づいたのは、翌日の朝だった。
「……あ」
ホームルーム前。
教室に入った瞬間、空気が少しだけ変わる。
後ろの席。
机に片肘をつき、窓の外を見ている男子生徒。
須郷迅だった。
昨日、校舎裏で見た姿と変わらない。
不機嫌そうな横顔。
着崩した制服。
近寄りがたい雰囲気。
それなのに、
なぜか“危険”という感じはしなかった。
玲奈は、自分の席に座る。
迅の斜め前だ。
周囲の視線が、ひそひそと動くのが分かる。
(……ああ、そういう立ち位置なんだ)
須郷迅は、
クラスの中では「触らないほうがいい存在」らしい。
担任が入ってきて、
ホームルームが始まる。
出席確認。
連絡事項。
迅は、名前を呼ばれたときだけ短く返事をした。
「須郷」
「……はい」
それだけ。
サボりもしないし、態度も崩さない。
(意外)
授業が始まる。
数学。
迅はノートを出し、
普通に板書を書き写している。
しかも、速い。
(……ちゃんとやってる)
玲奈は、昨日の印象とのズレに、
小さく驚いていた。
休み時間。
友人が、声を潜めて話しかけてくる。
「ねえ、玲奈……昨日、須郷くんと何かあった?」
「え?」
「噂、もう回ってるよ。
校舎裏で一緒だったって」
情報が早い。
そして、勝手だ。
「別に、何もないよ」
玲奈はそう答えた。
「ちょっと話しただけ」
それ以上でも、それ以下でもない。
昼休み。
迅は、弁当も購買も行かず、席に残っていた。
玲奈が立ち上がると、
不意に、低い声が飛んでくる。
「……おい」
振り返ると、迅がこちらを見ていた。
「昨日のこと」
一拍。
「余計なことすんな」
玲奈は少し考えてから答えた。
「してません」
即答。
「面倒になりそうだったから、
声をかけただけです」
迅は、目を細める。
「……だからだよ」
意味が分からない。
「俺の問題だ」
そう言って、視線を逸らす。
(ああ、この人……)
玲奈は、理解してしまった。
この人は、
「助けられる」のが嫌なんじゃない。
「巻き込まれる」のが嫌なんだ。
「分かりました」
玲奈はそう言った。
「でも、危なそうなら、
また声かけます」
迅が、ぴたりと動きを止める。
「……は?」
「逃げない人を、
一人で立たせる気はないので」
言ってから、少しだけ後悔した。
言いすぎたかもしれない。
沈黙。
それから、迅は短く笑った。
「……変なやつ」
昨日と同じ言葉。
でも、今日は少しだけ、
棘が減っていた。
放課後。
迅は、誰にも声をかけられず、
一人で教室を出ていく。
玲奈は、その背中を見送りながら思う。
(この人、
一人で立ってるつもりなんだ)
でも実際は、
誰も横に立っていないだけなのだ。
それに気づいてしまった以上、
見なかったことには、できなかった。
隣に立つかどうかは、
これから決めればいい。
今はただ、
同じ教室にいる。
それだけで、
十分な一歩だった。




