現実が近づく音
進路面談の予定が貼り出されたのは、
昼休みの終わりだった。
「来たな……」
誰かが小さく呟く。
紙一枚。
でも、それは
時間制限付きの選択肢だった。
佐藤玲奈は、
自分の名前を見つけて、
その下の日付を確認する。
早い。
思ったより、ずっと。
(……逃げられない)
斜め後ろを見ると、
須郷迅も紙を見ていた。
無言。
でも、視線は逸らしていない。
放課後。
教室には、二人だけが残っていた。
「……面談」
玲奈が切り出す。
迅は、頷いた。
「来たな」
短い返事。
でも、逃げの気配はない。
「私は、
第一希望は書いてます」
事実を、事実として言う。
「変えるつもりは、
今のところありません」
迅は、少しだけ目を細めた。
「……そうか」
それだけ。
嫉妬も、
焦りも、
口にしない。
(……並べてる)
玲奈は、そう思った。
「須郷は?」
質問は、
責めない音で出た。
「まだ、未定だ」
即答。
でも、
昨日までとは違う。
「……未定って、
選んでる状態だと思います」
迅が、こちらを見る。
「どういう意味だ」
「何も考えてない、
とは違うから」
玲奈は、
机の端を指でなぞる。
「逃げてる人は、
紙を見ないです」
迅は、
小さく息を吐いた。
「……確かに」
沈黙。
「現実ってさ」
迅が、ぽつりと言う。
「近づくと、
音がするんだな」
「しますね」
「夜より、
朝より、
昼が一番うるさい」
それは、
迅らしい表現だった。
「俺、
進学か就職か、
ちゃんと考える」
言葉にすると、
空気が変わる。
「どっちでもいい、
じゃなくて」
一拍。
「どっちを選んでも、
逃げない方を選ぶ」
玲奈は、
胸の奥が熱くなるのを感じた。
「……それ、
すごく現実的です」
「理想とか、
分かんねぇしな」
自嘲気味に言う。
「でも、
生きる場所は、
決めなきゃならねぇ」
面談の日が、
それを突きつけてくる。
「私も」
玲奈は、
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「第一希望を選んだあとで、
第二希望を、
ちゃんと考え直しました」
迅が、驚いたように見る。
「……変えたのか」
「いいえ」
首を振る。
「“補助線”を引きました」
それは、
真面目すぎる彼女なりの譲歩だった。
「一つに決めて、
全部賭けるのは、
やめました」
迅は、
少しだけ笑った。
「……似てきたな、俺ら」
「前から、
似てました」
その言葉に、
迅は否定しなかった。
教室を出る。
夕方の校舎は、
昼より現実的だ。
「……なぁ」
校門の前で、
迅が言う。
「面談の日、
終わったらさ」
一瞬、言葉が詰まる。
「結果じゃなくて、
考えたこと、
話していいか」
それは、
依存じゃない。
確認でも、
甘えでもない。
並走の申し出だった。
「はい」
玲奈は、
はっきり頷いた。
「それなら、
聞きます」
二人は、
同じ方向に歩き出す。
進路は、
まだ分かれている。
でも——
現実を見る目線は、
同じ高さにあった。
選択は、
もう始まっている。
逃げないための、
具体的な形として。




