境界線を引く言葉
昼休みの校舎裏は、珍しく静かだった。
風が吹いて、フェンスが小さく鳴る。
須郷迅は、壁にもたれずに立っていた。
手をポケットに入れ、視線は前。
「……なぁ」
先に口を開いたのは、迅だった。
佐藤玲奈は、驚いたように瞬きをする。
彼から切り出すことは、今までほとんどなかった。
「昨日の夜のこと」
玲奈は、頷くだけで続きを促す。
「俺さ」
一拍。
言葉を選んでいる、というより、
逃げ道を塞いでいる間だった。
「お前に寄りかけてた」
直球だった。
玲奈の肩が、わずかに揺れる。
「声を聞けば楽になる、
会えれば夜を越えられる」
自嘲気味に、続ける。
「それを、
“当たり前”にしかけてた」
沈黙。
「……止めてくれて、助かった」
感謝ではあるが、
それ以上の意味を含んでいる声。
「でもな」
迅は、視線を逸らさなかった。
「次も、
止めてもらうつもりはねぇ」
玲奈の表情が、はっきり変わる。
「自分で止める」
言い切りだった。
「境界線、
ここだ」
迅は、自分の足元を軽く指した。
「夜は、
俺が越える」
一拍。
「お前の声は、
“助け”じゃなくて、
“並んでる証拠”でいてほしい」
それは、
要求ではない。
宣言だった。
玲奈は、しばらく黙ってから、
静かに息を吐いた。
「……ありがとうございます」
その言葉に、
迅は少しだけ困った顔をした。
「礼、言われることじゃねぇ」
「いいえ」
玲奈は、目を逸らさずに言う。
「線を引くのは、
簡単じゃないです」
迅は、短く笑った。
「簡単なら、
もっと早くやってた」
風が吹く。
フェンスが、また鳴る。
「……並ぶってさ」
迅が言う。
「相手の領域に、
踏み込まないことでもあるんだな」
玲奈は、小さく頷いた。
二人は、
それ以上何も言わずに、
同じ方向へ歩き出した。
境界線は、
距離を生むものじゃない。
立つ場所を、
それぞれに残すための線だ。
迅は、
それを自分の言葉で引いた。




