翌朝
朝の空気は、軽かった。
昨日と同じ時間に起きて、
同じ朝食を食べて、
同じ道を歩く。
それなのに——
玲奈は、胸の奥に小さな引っかかりを感じていた。
校門の前。
須郷迅は、もう来ていた。
立っている。
壁にもたれていない。
でも、
視線が少しだけ低い。
「……おはよう」
声をかけると、
迅は一瞬遅れて顔を上げた。
「……おはよう」
返事は、普通。
でも、
目が、少しだけ疲れている。
(……夜、
ちゃんと越えられたかな)
並んで歩く。
昨日と同じ距離。
同じ歩幅。
それなのに、
空気が違う。
「昨日」
玲奈は、あえて軽く切り出した。
「眠れましたか」
迅は、ほんの一瞬だけ、
言葉を探した。
「……まあな」
嘘ではない。
でも、
全部でもない。
(……あ)
玲奈は、確信した。
——越えかけた。
昨夜、
迅は自分で自分を止めた。
だからこそ、
今ここに立っている。
「……ありがとうございます」
小さな声で言う。
迅が、驚いたようにこちらを見る。
「何がだ」
「立ってきてくれて」
それだけ。
迅は、何も言わなかった。
でも、
肩の力が、少しだけ抜けた。
教室に入る。
いつもの席。
いつもの朝。
でも、
玲奈は分かっていた。
(次は、
私が“平気な顔”をする番じゃない)
迅が越えかけた夜を、
見なかったことにはしない。
救う必要はない。
支える必要もない。
ただ——
越えなかったことを、
ちゃんと価値として扱う。
それが、
次に自分がやるべきことだ。
チャイムが鳴る。
迅は前を向いた。
昨日より、
ほんの少しだけ、
自分の足で立っている。
その変化に気づいたのは、
きっと、
自分だけだった。
それでいい。
夜を越えた人間は、
朝に、
派手な印を残さない。




