決定的な一線の直前
次の夜も、
会えなかった。
理由は、
特別じゃない。
試験前。
用事。
タイミング。
それだけ。
玲奈は、
短いメッセージを送った。
『今日は無理そうです。
また明日』
それだけで、
画面を閉じた。
迅は、
その一文を、
何度も読み返した。
(……明日)
その言葉に、
縋りかける。
(ダメだ)
明日を、
約束にするな。
一度、
強く目を閉じる。
でも、
胸の奥が落ち着かない。
(……声、聞きてぇ)
気づいた瞬間、
自分で自分を殴りたくなった。
これは、
完全にアウトだ。
声を聞いたら、
安心する。
安心したら、
夜を越えられる。
それを、
「必要」だと思い始めている。
迅は、
通話ボタンの上で、
指を止めた。
一線。
ここを越えたら、
戻れなくなる。
呼び出して、
「少しだけ」と言って、
声を聞いて、
それで落ち着く。
それは、
甘えじゃない。
寄りかかりだ。
(……頼むな)
声に出さずに、
自分に言う。
玲奈は、
頼られることを拒まない。
だからこそ、
ここで頼ったら、
全部崩れる。
迅は、
スマホを机に置いた。
両手を、
膝の上で組む。
深く、
息を吸って吐く。
(……俺の夜だ)
(誰のもんでもねぇ)
そう言い聞かせながら、
震えが収まるのを待つ。
時間が、
ゆっくり進む。
しばらくして、
スマホが震えた。
——玲奈。
『ちゃんと寝てますか』
それだけ。
心臓が、
跳ねる。
迅は、
一瞬だけ目を閉じてから、
短く返した。
『ああ。大丈夫』
嘘ではない。
でも、
本当でもない。
その後、
何も続かなかった。
それでいい。
一線は、
越えなかった。
けれど——
越えなかったという事実が、
どれだけ近かったかを、
迅ははっきり自覚していた。
依存は、
まだ完成していない。
でも、
もう輪郭を持っている。
それが、
この夜の結論だった。




