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或る回心

〈鰤大根齒に挾まれる骨もがな 涙次〉



【ⅰ】


突然だが、テオは* 薩田祥夫が嫌ひだつた。いくら彼が基督教カトリック教理に** 修験道をも包摂した、そして「聖水」製造に蘊蓄を持つ、「エクソシスト一代男」として【魔】祓ひを極めた男だつたとしても、處詮は神頼りぢやないか、さう考へて、忌み嫌ふのには裏付けがあつた。IQ200の天才(猫だが)としては當然と云へたが、【魔】退治は神祕ぢやない、じろさんの強さにも武道の「理」がある、つまり彼は非理學的なものは受け付けないタチで、例外に当たるのはカンテラのみ、カンテラの神がゝり的な活躍だけが例外だつたのだ。テオは猫としての習性と人間的思考の常にせめぎ合ふところにゐるのである。カンテラが何故「例外」なのかと云ふと、彼がテオの「拾ひ主」だつたからだ。まだ野の者とも山の者とも付かないテオを拾ひ上げ、こゝ迄の五年間育て上げたのはカンテラなのだ。さう、テオは猫らしさを其処だけは見せて、カンテラには「懐いて」ゐたつて譯。



* 當該シリーズ第96・97話參照。

** 當該シリーズ第146・147話參照。



【ⅱ】


テオは* 菜津川暑子のカンテラ一味美化とは似て非なる観點から、カンテラを見てゐたのだが、カンテラは「そんな事どつちでもいゝ」と、テオが聞いたら「そんな〜、兄貴〜」と云ひさうな態度で、テオのその敬愛を疎んじてゐた。尾崎一蝶齋などは「莫迦にしちやいけない、テオくんにはテオくんなりの『思ひ』がある」と彼を擁護したが、カンテラは、自分への思ひ入れは、テオの買ひ被りだとつれない。



* 當該シリーズ第4・5話參照。



【ⅲ】


で、話變はつて鰐革Jr.(前回參照)。カンテラ・じろさんは氣付いてゐないやうだつたが、彼の弱點は、「人間界では一人で移動出來ない」と云ふものだつた。從つて彼は、負の心を持つ者(利用し易い)に憑依しなければ身動きならぬ譯で、薩田に負けじと頑張るテオをも、その視野に入れてゐた。テオには一味の實働部隊と、後方支援役を兼ねて勤める自分なしでは、一味は立ち行かないと云ふ自負があり、その自負をも、鰐革Jr.は、利用出來ないものかと目を着けてゐた。何故なら自負も文字通り「負」の一種だつたから。それは何かの皮肉だつたのか-



※※※※


〈人間は疲れの有り處を知る度に強くなるのだあなたは勝利者 平手みき〉



【ⅳ】


テオは「謎の【魔】」である鰐革Jr.のデータを集めやうと躍起になつてゐた。然し、粗忽者の鰐革男らしくない事だが、息子のデータは、一切殘さずweb上から抹消してしまつてゐたので、テオの執念でも、Jr.について何ら知る事は出來なかつた。そればかりか、Jr.はテオを「恰好の乘り物」と考へ、テオに憑依した。怪盗もぐら國王のやうに、人間としても大兵なら兎も角、躰の小さな、猫であるテオには、それは苦痛を齎す原因となつた。要するに、積載量オーヴァーである。



【ⅴ】


Jr.に躰を乘つ取られたテオ、その(實感としての)違和感で、調子が崩れ、遂には倒れてしまつた。で、テオはその結果、薩田の「聖水」のお世話になつた。プールしてあつた「聖水」を、じろさんがテオに振り掛けたのだ。鰐革Jr.、一耐(ひとた)まりもなく潰走。消え去つた。



【ⅵ】


「あれ、僕は-」とテオ、目醒めた。カンテラ「良かつた。氣が付いたか」と優しい聲。じろさん「薩田さんに感謝しないとな」-で、テオ、事の次第を理解した。「『負』の心が今回の一件のキイだ」-それで何となく薄ぼんやりと、「神さまつてゐるのかなあ」と、テオらしくなく素朴な疑問を抱いたりした。



【ⅶ】


テオは、谷澤景六と云ふもう一つの顔を使つて、薩田に渡す禮金を稼ぎ出さうと、* 木嶋さんに次回作の豫告を云ひ聞かせた。その作、長篇小説である。タイトルは『或る回心』。頑迷な無神論者である小説家が、末期癌との壯絶な闘ひに於いて、新約聖書を讀み耽る。そして無神論者なりの「回心」を經て、この世に蘇へる。聖書からの引用を多數含むその小説、遠藤周作ばりの重厚なカトリック小説で、木嶋さんも「今度こそ芥川賞間違ひなしです、先生」と大乘り氣。彼女は某出版社から出版契約料をせしめて來てくれた。



* 前シリーズ第1・200話他參照。



【ⅷ】


薩田「このおカネは、頂く譯には行きませんよ」と困惑顔だつたが、テオ「僕らの流儀です」と譲らない。何故なら、「聖水」は、負意識をも超越した「神祕の」ギア。そんな譯で、このエピソオド、幕を閉じたいと思ふ。鰐革Jr.との戰ひはまだ端緒に付いたばかりだ-



※※※※


〈夕刊を眺む有閑冬ひとひ 涙次〉



いつも作者、下書きをしてから本篇に向かふのだが、今回はアドリブでやつてみた。如何でしたか? お仕舞ひ。


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