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スクランブルワールド  作者: 人鳥
第一話 初めての吸血鬼体験
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5

キャラが増えてきたら、キャラ紹介ページとか作ろうかな。

「わたしね……吸血鬼なんだ……」

「本当、なのか?」

「うん。ほら」

 そう言ってリゼは大きく口を開いた。発達した犬歯は、よく映画などで見る吸血鬼ほどには発達していないけれど、それでも人間的ではなかった。

「あ、でも心配しなくてもいいよ。わたし、吸血衝動は滅多に起きない、衝動が起きてもほとんど吸わないから。間違っても人なんて死なないよ」

「ちょっと待って。考える時間がほしい」

 これは、あれだろうか。あの『世界学』でよく言われている、物語や概念の顕現なのだろうか。いや、そうとしか考えられないだろう。現に目の前の少女は自身を吸血鬼と言ったし、それを殺しにきた人間もいた。あれは平たく言えば()()()()()()()()()()なのだろう。そうだ。まず、昨日の時点でおかしかった。どうしてあの土砂降りの中帰ってきたはずなのに、すぐにあのドレスは乾いていたんだろう。もう、それだけでかなり異常ではないか。昨日、ぼくについてきたのは、単にこの世界に顕現してから身を置く場所が無かったからに過ぎないではないだろうか。

「こっちの世界に出てきてから、どれくらい?」

「三日目だよ。さっきのやつから逃げてきたんだ」

 ほんと、世界が変わるって新鮮な気分。

 何事でも無さそうにそう言う。

「なんであいつに追われてるんだよ」

「そりゃ、わたしは吸血鬼だもん。で、あいつは吸血鬼を殺す機関の執行者」

 吸血鬼と言えば、日光、聖水、ニンニク、心臓に杭を打つのが弱点で、それ以外は不死身。人間の血を吸う西洋の伝承の一つ。鏡に映らず影がない、というのもあったか。詳しくないのでよくわからないけれど。

「でも、今は日中で、光当たってるし、さっきの執行者? ってのも武器にしてたのは銃だっただろ」

「わたしは日光くらいじゃ死なないよ」

 日光くらいって……。日光って吸血鬼最大の弱点じゃありませんでしたでしょうか。

 ぼくの疑問を置いてきぼりにして、リゼは言葉を続ける。

「で、あいつの武器が銃なのはかなりレアなケースでね。あれは異世界、もちろんこの世界っていう意味でも、わたしが元いた世界っていう意味でもどっちの意味においてもって言う意味なんだけど、異世界の武器なんだ。あれは〈虚構(シグナル)殺し(グリーン)〉っていう魔銃なんだよ」

「魔銃?」

 そんなもの、今まで聞いたことが無い。

「うん。数ある魔銃の中でも、『その世界で存在し得ないもの』や『存在が不自然なもの』をコロスことに特化された魔銃なの。だから〈虚構(シグナル)殺し(グリーン)〉。聞いたところだと、あの魔銃で国一つが救われたこともあるらしいよ。今じゃただの吸血鬼殺しの道具だけど」

 つまり由緒あるモノだということか。魔銃についてはまあ、なんとなくだけど理解した。

「魔銃はさておいておいてさ、要するにあいつは君の敵なんだな?」

「そうだね、天敵。ほら、物語とかだと、吸血鬼はヴァンパイアハンターに殺されて終わるじゃない。そんな感じ」

「そんな感じって……」

 そんなに簡単に話を終わらせてしまっていいのだろうか。こいつは生に執着がないとでも言うのだろうか。不老不死というのは、そういうものすら失くしてしまうのだろうか。

 割れた窓から風が流れ込んでくる。

 ガラスの破片が床に散らばり、太陽の光を反射していた。

「あ、割れちゃったんだったね。直してあげる」

「直すって」

 リゼがガラスに手をかざすと、ガラスは元から割れていなかったかのようにその姿を取り戻した。床に散らばったガラスの破片だけが、この窓が割られたことを証明していた。

「物質創造能力。個体差はあるけれど、吸血鬼に備わってる力だよ」

「そんなの初めて聞いたよ」

「そう? まあ、タクが知らないだけかもしれないね」

 確かに、あくまでも顕現するのは『広く浸透し、記憶に残り続ける概念や物語、存在』だ。だったら、ぼくという『一部』が知らなくても、それは顕現しうる。あの魔銃もその一部だろう。

 一般的なヴァンパイアハンターのイメージからは、大きく離れているように思うけど。独立する二つの概念が、セットになって現われたとしてもあまり不思議ではないのかもしれない。今度世界学の先生に聞いてみることにしよう。

「ありがと」

 突然リゼが言った。

 お礼を言うのは窓を直してもらったぼくのほうだと思うんだけど。どうしてぼくがお礼を言われるのだろうか。

「何が?」

 だから、思ったことをそのまま言葉にした。

「タクが昨日声をかけてくれなかったら、わたしは今もまだ力が弱まったままだったかもしれないでしょ? そしたらわたしはもう殺されてた。だから、ありがとう」

 うれしそうに、本当にうれしそうに笑った。

「い、いや、まあ」

 改めてそう言われると、なんだか照れくさい。

「あ、ガラス片付けないと」

 割れた窓は元通りになったけれど、床に散らばったガラスの破片はまだそこらに散乱している。放置しておくのは危険だ。

 破片を一つずつ回収していく。ずいぶんと派手に割ってくれたものだ。ぼくたちが割られたときに怪我をしなかったのが、不思議なくらいだ。

「リゼは怪我しなかったか?」

 窓の近くに座っていたのだから、もしかしたら切っているかもしれない。

「え? ああ、もう治ったよ」

「治った?」

「うん。何箇所か切ったんだけど、吸血鬼特有の不死力で超回復、みたいな」

 ああ、そういえばそういう特性もあったっけ。

 なんとも便利な体だった。

「そういえば、昨日濡れたそのドレスがシャワー上がりには乾いてたのは、あの物質創造能力とかいうあれ?」

「そうそう。理解が早いね、うん。若い人間は凄い」

「君だって若いだろ。少なくともぼくとは同年代に見える」

 言葉遣いだって外見だって、どこからどう見ても、ぼくよりも三歳以上年上にも年下にも見えなかった。時折見せる笑顔も、そんなぼくの考えを肯定する材料になる。

「タクは何歳?」

「十七歳」

「わたしは千九百八歳だよ。まあ、吸血鬼の年齢としては、もしかしたらタクと同じくらいかもしれないけれど」

「せ、千! おいおいおいおいおい、君は神話の時代辺りから生きてたのか?」

 もっとも、神話の時代がいつごろなのか、ぼくはよく知らないのだけど。ぼくにしてみれば、それはもう同じと言っていいくらいの違いしかない。

「? それはよくわからない比喩だね。それに、この世界の年号で計算するのは間違ってるよ。わたしの世界とこの世界じゃあ、創世からの時代の進行具合は全然違うんだから」

「いやいやいや、それはそうだけど、ぼくにしてみればそれは同じようなことなんだよ」

「ふうん? そうなんだ」

 どうもそこら辺の価値観は全く違うようだ。

「あれ? そう言えば言葉が通じてるけど、こっちとそっちの世界じゃ、言葉は全然違うんじゃないのか?」

 こうやって普通に会話ができているけれど、これはひどく不自然なことじゃないのだろうか。大体、吸血鬼なんてこっちの世界でも西洋の伝承なんだし。

「? わたしはわたしが元いた世界の言葉をそのまま話してるよ? 母国語じゃないけど」

「え?」

 ということは、日本語がリゼのいた世界でも使用されていて、けれど日本は母国じゃないから、日本語に変換しながら話しているということだろうか。

「うーん、たぶん、わたしはこの世界にイレギュラーとして介入してきてると思うんだ」

「うん?」

「だからきっと、そこらへんのことはこの世界に調整されちゃってるんじゃないかな?」

「調整って、それじゃあまるで世界に意思があるみたいだ」

「あると思うよ。そうでなけりゃ、わたしみたいなのがこの世界に介入できないでしょ」

 そうなのだろうか。ぼくたちはこういうことは、世界のシステムのひとつとして今まで教えられてきたから、そういう風には考えられない。

「まあ、どっちでもいいと思うよ。わたしは。今こうしている事実がちゃんと理解できれば」

「そりゃそうだ」

 世界に意思なんてあってもらっては困る。もしそんなものがあったなら、ぼくたち人間はすぐに絶滅させられるに違いないのだから。

 ただ、もし意思があるというのなら、感謝してもいいかもしれない。こうしてリゼと出会えたのは、それは世界の意思のおかげということになるのだから。……どうして会って一日も経っていない吸血鬼に(言葉を交わしてからまだ半日だってたっていない)にこんなことを思ってしまうのだろう。

 と、そこでインターフォンが鳴った。リゼはあからさまに驚いていて、さっきの男――♯だったか――が現われたときのように、すばやく身構えていた。

「お客さん。そんなに身構えなくてもいいさ」

 それにしても誰だろう。このアパートの人だろうか。もしかして、黒木さんがまたお金を借りに来たのだろうか。一応貸した分は全額返してもらっているから、貸すのは別にいいのだけど。

「はいっと」

 ドアを開けると、そこに立っていたのは夏樹だった。

「夏樹お前……」

「よっすー。突然の訪問でびっくりしてるだろうけど、まあ許せ。ちょっとしたサプライズさ」

 そう言って、リビングへ歩く。いや、正直に言おう。1Kだ。リビングとか、そういう言い方をしたけれど、押入れと、出入り口、トイレ以外に扉はない。だからぼくの一歩後ろに立つ夏樹には、部屋の片隅に座るリゼが見えているに違いなかった。

「拓よ」

「なに?」

「あの子は誰だ」

「本人に聞くといいさ」

「お前は鬼か?」

「軽く自己紹介から始めればいいだろ」

「俺を紹介してくれ」

「簡単になら紹介してあげるさ」

「タクー、その人だれー?」

 リゼがこそこそと話をしていたぼくに声をかける。

「足立夏樹。ぼくの友達」

 同級生と紹介しようかと思ったが、もしかしたら、本当にもしかしたら、リゼは学校を知らない可能性もあった。下手にそういう紹介をして、リゼが吸血鬼でこの世界に顕現した異世界の住人であることがバレてしまえば、面倒なことになりかねなかった。

「よ、よろしく。あ、あなたの名前は?」

 面白いくらいに緊張していたが、一応友達として笑わないでいてあげた。

「わたしはリーゼ・ブリュスタン。リゼって呼んでね。吸血鬼だよ。よろしく」

 なんて、リゼは馬鹿みたいに正直に、自分の正体を明かしたのだった。


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