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スクランブルワールド  作者: 人鳥
第一話 初めての吸血鬼体験
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お待たせしました。

本編の始まりです。


一応縦読みを推奨しています。

まあ、横でも問題はありません。

 まだ寒さが残っている春の夜。

 ぼくはこの町に一つしかないコンビニで立ち読みにふけっていた。まだ深夜と呼べる時間ではない。夜の九時といえば、ぼくくらいの年齢ならば外にいても、まあ表立って文句は言われないだろう。

 親も、既に死んでしまっていないことだし。

 話は変わるが、世界学という学問は知っているだろうか。世界学というのは、世界のあり方、仕組みの一部を学問としておいたものだ。ただし、それはかなり哲学的な話で、完全に理解できる人は少ないだろう。いや、いないのかもしれない。簡単に言ってしまえば、世界学はこういうものだ。

 世間に広く浸透し、人々の記憶に残り続ける物語や概念、架空の生物などは現実に存在するものとしてこの世界に顕現する。

 ということらしい。つまり、『ヘンゼルとグレーテル』だとか『三匹の子豚』だとか、『桃太郎』そういった物語すら、この考え方、つまり世界学の分野においては現実に存在し得る、ということである。

 ただし、こういう学問や考え方によくある『条件』というか『制約』というか、そういったものがある。

 それ――例えば『桃太郎』が現実の存在として現われる――が起こる可能性はかなり低い、ということだ。つまり、浸透しているからといって、必ず現実になるかといえば、それは違うということで、つまり、ぼくたちがこの世界学が正しいかどうか、ということはわからない。ただ、人の思考がある種の存在を生み出す可能性だけは考慮しなければならない、ということらしい。学校の先生いわく、「世界学の真偽は正直わからない。けれど、それを知っているなら真であることを前提に行動するべき」らしい。まあ、それはぼくも同感だ。

 長々と世界学について語ったのは、別に世界学のことを知ってほしいからではない。今読んでいるこの雑誌が、あまりにも面白くないために自らに施さなくてはならなかった釈明である。世界学の存在があるから、あることないこと、ある出来事を誇張して書くことは出来ない。だから、インパクトや意外性に欠けてしまっているんだ。そう思うように自分に仕向けているのだ。

 結局、ぼくはその雑誌を本棚に戻した。残ったのはぼくのため息だけで、得られたものはささやかな徒労感だけである。ま、そんなことはいつものことだから気にはしないのだけど。

 いつまでもこうしてコンビニで立ち読みをするのも、やっぱりあまりいいものではない。田舎ゆえに人とのつながりはそれなりに強いし、なによりこちらが知らなくても、回りの大人というものは、地元の子どもの顔と名前くらい覚えているものなのだ。だから、こうして日夜コンビニで立ち読みをしていると、ふとしたときにそれが話題に上がってしまったりもする。両親が健在だった頃は、それで何度か痛い目を見たこともあった。というわけでコンビニを出て帰宅する。

 田舎の道というのは、存外真っ暗というわけではない。そりゃもちろん、都会のような明るさなんて望むべくもないけれど、だからといって暗くて仕方がないというわけでもない。冬になると五時になれば暗くて夜のような有様だけど、月明かりで十分に歩くことができる。人工の無機質な光の代わりに、自然の光で生活することが出来る。もちろん街灯だって、それなりにはあるのだけど。

 とまあ、それほど帰りに困らないというのが普段のこの町で、けれど今は雨が降っていた。雨が降ると空は当然のように雨雲に覆われ、町に月明かりは届かず、漆黒に包まれる。申し訳程度に設置された街灯が、唯一の光源となる。

「うわぁ……さっきまでは晴れてたのに」

 こんなところで傘を買うのももったいない。それほど家から離れているわけでもないので、とりあえず雨に濡れながら歩いて帰ることにする。

 ぼくは、実は雨に濡れながら歩くというのは嫌いではない。むしろ好きな部類に入る。理由を聞かれると困るのだが、そう、なんとなく好きなのだった。一つ難を言うなら、靴から染み込んだ水が靴下と足を濡らしたあの感覚だけは、どうしても気持ち悪さが拭えない。それを除けば、今のこの状況はかなりいい環境だった。もちろん晴れていることのほうがいいのは、言うまでもないことだけど。

 

 安アパートの一室、玄関のドアを開けて、その場で靴下を脱いで上がる。そのままスリッパに履き替えて風呂場へ直行。共同の風呂場なのだけど、この時間は他の住人の人はあまり風呂を使わないので、誰かが入っていることを心配しなくてもいい。

 思ったよりも体は冷えていたようで、控えめにシャワーから出てきたお湯に体がジンジンと温まるのを感じた。

「この感覚が好きなのかな……?」

 もしかしたらそうなのかもしれなかったし、違うのかもしれなかったけれど、どっちでもよかった。あまり意味があることでもないし。

 適当に温まって部屋に戻る。明日も学校はある。サボるとか、そういうことをする生徒ではぼくはない。よって、真面目に明日も登校するのだが、どうしても面倒くさく感じてしまう日だったあるわけで、今のぼくがそれだった。

「でも、皆勤賞を逃すのはもったいない」

 そう。ぼくはいまだ欠席を一度もしていないのだ。

 種を明かせば、まだ入学して間もないというだけのことなのだけど。

 学校生活はそこそこだ。なにぶん田舎の学校で、同じ県内なのにもかかわらず、ちょっと町っぽいところから来た連中はこの自然豊かな環境が気に食わないらしい。まあ、そのうちなれるだろうけれど、夏になったら大変だろうなと勝手に同情する。盆地の夏は暑いと相場が決まっているのだ。

 さっきから田舎だ田舎だと強調しているけれど、決して山村といわれるほどまでの地域ではない。普通に道路は整備されているし、大型の店舗だって二つある(本屋と雑貨屋)。コンビニだって一つあるし、小さな商店ならそこらに転がっているのだ。娯楽こそないものの(町中組みの不満はコレかもしれない)、それほど悪い環境ではない。むしろ、便利すぎる今の時代、これくらいを味わっておくほうがいいのではないだろうか。

 そんなことを考えながら夕食の準備をする。コンビニには純粋に立ち読みをしに行っていただけで、何かを買いに行ったわけではないのだ。しかし、時間が時間で、あまり手間のかかる料理をするのも面倒くさい。冷蔵庫から冷凍のうどんが発見されたので、それを食べることにしよう。


 まだまだ入り慣れているとは言えない自分の教室。いや、さすがに一ヶ月くらいにはなるのでそれはおかしいか。とはいえ、まだ新鮮な気分というものは抜けないものだ。クラスメイトが一体どういった人間なのか、ということもまだ分からない。

 ぼくは一切取り繕うようなことはしていないので、完全に地なのだが、恐らく多くのクラスメイトは第一印象を悪くしないように、少し自分を抑えていることだろう。もしくは、中学時代の自分を脱却するように、自ら自分を盛り上げている奴もいるのかもしれない。ただ、どうあれ、うちのクラスは賑やかだった。

「あ、おはよう、平野くん」

「おう、おはよう、細江さん」

 立っていたのはショートカットで身長があまり高くない女の子だった。

 名前は細江八重さん。去年の夏にこの学校の体験入学で知り合った。受験でも会ったし、このクラスメイトの中では縁の深い人だったりする。

 鞄を自分の机の横にかける。

「おっす、細江に拓っち」

 細江さんの後ろから顔を出したそいつは、足立夏樹という男で、いわゆる馬鹿だった。まあ、こいつの馬鹿さは俗に言う『愛すべき馬鹿』という種類に属するタイプと思うので、あまり不快ではない。

「おはよう。足立くん」

 ぼくが普段よく一緒にいるのは、この二人だった。入学から一ヶ月もすると、ある程度グループと呼べるような固まりができてくる。細江さんは女子のグループにいることもよくあるが、ぼくと足立はよく二人で行動をしていた。というか、勝手に足立がついてくる。ぼくは友達関係において、広く浅くをモットーとしているので、あらゆる場所を点々としている。

「そういえば、夏樹ってぼくいがいにツルむ友達いないのか?」

 ふと疑問に思って聞いてみる。こいつは馬鹿だけど、見てくれはいい。あまり交友関係に外見は影響して欲しくはないけれど、ぼく以外にもツルむ友達くらいいてもよさそうだ。

「もちろんいるぜ? でも、やっぱりお前らと一緒のほうが楽しい」

 邪気のない笑顔を向ける。

「でも、細江さんはともかく、ぼくは基本的にお前の行動はスルーしてるだろ」

「それがいいんだよ」

「…………?」

 よくわからなかった。細江さんのほうを見てみたが、彼女もぼくと同じように、よくわかっていないような、あいまいな表情を浮かべていた。

「それよりさ、細江さん。今日の一限ってなに?」

「え? えーと、世界学かな。ちなみにニ限は数学」

 数学は嫌いだが、世界学はかなり好きな授業だった。もちろん理解するのは難しいが、引き込まれるような魅力を感じる。

「そう……これがいいんだよ」

 なんて、夏樹がそんなことを呟いていた。


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