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七時も過ぎ、陽平は家に帰っていった。ぼくたちも解散し、今は部屋で一人だ。
「退屈だな」
とはいえ、今からコンビニ行く気にもなれない。リゼと会ってから、ぼくがコンビニに行く頻度がかなり下がった。店員の人が心配しているかもしれない。
「そんなことより、二人が元気そうでよかった」
事故に遭ったと聞いたときには、もう駄目かと思った。事故も怪我も大したことはなかったが、あんな心臓に悪いことはもう勘弁してほしい。
コンコン、とドアがノックされる。
「拓さん、あたし」
「あ、京香ちゃん。上がって」
ぼくはノックされても、このアパートの住人なら部屋から出て対応しないというスタンスを決め込んでいて(というか、吉岡さんとリゼ以外はみんなそうだ)、ぼくは座ったまま京香ちゃんを部屋に招いた。
「どうしたの?」
京香ちゃんはぼくの前に座り、照れたように笑った。
「久しぶりに会ったから、もうちょっと話したいなって」
「そっか。ちょっと待ってて。お茶でも入れる」
お茶の準備をしながら、京香ちゃんの様子を見る。特に何も変わった様子はないし、本当にただ話しに来ただけのようだ。
「熱いよ」
「ありがとう」
湯飲みを受け取り、一口だけ飲む。
「びっくりしたよ。退院したら新しい人が来てるんだもん」
「色々あってね」
「うん。大体リゼさんに聞いた。拓さん、カッコよかったよ」
まっすぐな目でそんなことを言われたら照れてしまう。
「あたしだったら、絶対拓さんみたいにできないよ」
ぼくみたいに、か。
正直な話、ぼくのあのときの判断が正しかったのかどうか、ぼくにはわからない。ぼく個人の感情としては正しかったと自信を持って言えるけど、人間という種としての判断として、あれは正しかったのだろうか。
「京香ちゃんだって、ぼくと同じ立場だったら、自分が正しいと思ったとおりに動けたと思うよ」
それがどういう判断なのかはわからないけど。
「そうかな?」
「たぶんね」
ぼくがそうであったように。
誰だって自分で判断する。
「明日から学校かー」
「みんな心配してるだろうから、ちゃんと安心させてきなよ」
「それはわかってるんだけど、やっぱり学校行くのヤだなー」
「? 嫌なことでもあるのか?」
苛められているとか、そうでなくても何か嫌なことでもあるのだろうか。
「ううん、そういうことじゃないよ。ほら、ふつうに行くのが面倒くさいっていうか」
「まあ、気持ちはわかるけど」
今まで入院していてずっと学校には行っていなかったのだ。いざ登校できるようになると、行くのが面倒になるのは仕方の無いことで。
「でも、こういう場合は行くのが楽しみに感じるものだと思うけどな」
「あたしは感じないよ、そういうの。学校は学校で、それ以外の何でもないもん」
「友達は?」
「あ、そうだね。心配させちゃったもんね。同じ町内なのに、誰もお見舞い来てくれなかったけど」
「そうだったのか」
「うん」
京香ちゃんの表情が曇る。けれど、すぐにいつもの明るい表情に戻る。
「けどね、今日みんなが全快祝いしてくれたし、佐倉も来てくれたから元気でたよ」
「京香ちゃん……」
人影兄妹がこの町にやってきたのは、四年前。ぼくがまだこのアパートに住み始めて間もない頃だ。ぼくは中学生で、後見人の人に仕送りをもらって生活をしていて(それは今でもだけど)、友達もロクにいなかった。そこに、兄妹二人でやってきた彼らは、兄の宗次は学校にも行かずにバイト三昧、妹の京香ちゃんは小学生でそれでも宗次のバイトのおかげで学校には通えていた。
宗次は中学にもほとんど登校せずバイトをし、生活費を稼ぐ。貧しい生活だったため、京香ちゃんは学校のクラスメイトたちから、からかわれたこともあるらしい。その話はぼくに聞かされ、宗次には内密にしておくように言われた。
今もまだ、そのようなことが続いているのだろうか。そんなことはないとさっきは言ったけれど、そんなことはないのではないか。
「本当に大丈夫だよ」
そう言って京香ちゃんは笑う。ぼくが何を言っても、きっと彼女は笑うだろう。ぼくたちに心配をかけないようにと。ぼくの考えすぎということも考えられないでもないことだ。
「何かあったら言いなよ?」
「うん」
そうして、今日も夜が更けていく。




