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スクランブルワールド  作者: 人鳥
最終話 叛徒の魔法使い
31/38

2

「あ、拓さん!」

 アパートに戻ると、さっそく人影兄妹の出迎えを受けた。ぼくよりも先にもどっていたらしい。京香ちゃんはぼくのほうに走ってきて、隣を歩くリゼに気づいて立ち止まった。

「拓さん、その人は?」

「あ、ああ。新しくアパートに住むことになったんだ。リーゼ・ブリュスタンっていうんだ」

「よろしくね」

 リゼが京香ちゃんに笑顔を向ける。京香ちゃんは戸惑いながらも、小さく礼を返した。

「で、この子がさっき話した人影京香ちゃん」

「よ、よろしく。リーゼ、さん」

「リゼでいいよ」

「は、はい。リゼさんは海外の人なんですか?」

「ううん、違うよ。わたしは吸血鬼」

 またこいつはこうも堂々と……。石動のときのことは忘れてしまっているのか。

「吸血鬼、ですか」

「そ。吸血鬼」

 京香ちゃんは少しだけ怯えの色をにじませた。

「へえ、吸血鬼なんですか」

「あ、お兄ちゃん」

「どうも、京香の兄の宗次です」

「リーゼ・ブリュスタン。リゼって呼んで、ソウジ」

「さて、立ち話もなんですし、黒木さんの部屋に行きませんか?」

 宗次が提案するが、ぼくたちには意図が見えなかった。

 ふつうこういう時は自分の部屋に招くものだと思う。

「どうも僕たちの全快祝いをしてくれるようでして。今アパートにいる人で鍋を囲むみたいです」

 黒木さん、そんなことを計画していたのか。ちゃらんぽらんな一面をよく知っているぼくにとっては、それは少し意外なことだった。

「ちなみに、今誰がいるんだ?」

「黒木さんと千堂さん、それから吉岡さんですよ。あ、あと、京香のクラスメイトの佐倉くんも」

 同い年のぼくに対しても丁寧語なのは、宗次のキャラだ。

 というか、今いるメンバーがアパートの住人全員なのは気のせいか。

「佐倉って、佐倉陽平?」

「そうですが、知り合いですか?」

「あ、ああ、ちょっとな。じゃ、とりあえず鞄置いてから行くよ」

「わかりました。では僕たちは黒木さんの部屋で待ってます」

「拓さん早く来てね」

「ああ。じゃ、とりあえず鞄置いてくるぞ、リゼ」

「うん」

 小走りで各々の部屋に向かう。ぼくは二階に上がらなくてはいけないので、階段は一段飛ばして上った。音を出して怒られることも、今はない。鞄をベッドの上に置き、私服に着替えて黒木さんの部屋に向かう。

「……絶対狭いよな」

 林間学校の帰りに四人で遊んだ時でさえ、狭さをひしひしと感じたのだ。今日は全員で八人だから、もしかしたら部屋に収まりきらないのではないのだろうか。

「おじゃまします」

 黒木さんの部屋のドアを開けると、もはやどう移動していいものかもわからないような有様だった。幸いだったのは、黒木さんがベッドではなく布団を使用していたことだった。布団を押入れに入れておくことで、布団分のスペースが使えるようになる。

 ぎりぎりだが、八人が座れた。

「陽平。君、京香ちゃんと同じ中学だったんだな」

「まあな」

「でも、どうしてここにいるんだ?」

 すると、陽平はあからさまに慌てた風に、

「同じクラスのやつが事故って今まで入院してたんだろ? そりゃ退院したら様子も見に来るだろうが」

 早口でそう言った。京香ちゃんは黒木さんと話しているらしく、陽平の言葉にぴくりとも反応しない。

「京香ちゃんのこと、好きなのか?」

 耳元で囁くように言ってやる。

「ばっ、ちげえよ」

 耳元まで真っ赤になっていた。わかりやすいやつだ。

「わかるぞ。確かに京香ちゃんはいい子だからな」

「ちげえって言ってんだろ!」

 ゴスッ!

 陽平の放った拳が、ぼくの腹に当たる。

「拓さんに何してんのよ! 佐倉!」

「え、あ、悪い、平野」

「平野さん!」

「……平野さん」

 初めて名前で呼ばれたのに、状況が状況だけになんの感慨も浮かばなかった。というか、完全にお前負けてるよな。

「さて、いつの間にか全員揃ってるみたいだし? 始めようか。ほら、人影少年、君が食べ始めないと始まらない。ほらほら、食べろ食べろ」

「そうですか。では、頂きます」

「ほら、京香ちゃんも」

「頂きます」

 豆腐を一口。

 それを見届け、ぼくたちは鍋に箸を伸ばす。

 黒木さんはやはり饒舌で、けれど、今日の主役であるはずの人影兄妹の二人にではなく、クラスメイトであるという理由だけでここまでやってきた陽平に絡んでいた。陽平は年上の初対面の女性に矢継ぎ早に質問されて、完全に動揺していた。

「そういえば拓さんって、どこで佐倉と出会ったの?」

「ああ、林間学校でな。今年は中高が一緒にやったんだよ」

「えー、行きたかったー!」

 本当に残念そうに京香ちゃんが言う。事故に遭ってなかったら、京香ちゃんもあの場にいたことになるのか。そうすれば、もっと面白かったかもしれない。いや、灰谷と佐倉の問題に巻き込んでしまっていただろうから、いなくてよかったのか。

「残念だったね、キョウカちゃん」

 さっき初めて会ったばかりのはずなのに、リゼはさっそく京香ちゃんと打ち解けていた。この他人と打ち解ける早さは天下一品だ。見習いたいと思う。

 豆腐をもふもふと食べていると、正面に座っていた宗次がぼくを呼んだ。

「吉岡さんの姿が見えないのですが、そもそも彼女、さっきここにいましたっけ?」

 そういえば見てないぞ? 誰かに紹介した覚えもない。

「黒木さん、さっき全員揃ったって言ってましたけど、吉岡さんって来てました?」

「あ。よし拓、呼んで来い」

 駄目だこの人。もはやなんともできない。

「わかりましたよ」

 一人立ち上がって、狭い部屋を移動する。なんとかドアまで辿り着き、外へと出る。

「まったく」

 吉岡さんはよくこういうことがある。どこか抜けているというか、なんというか。俗に言うところの『天然』で、ぼくたちの中の認識もそうだった。

「吉岡さん」

「あ、たっくん。()()()()()? あ、ちょっと待ってね」

 どうしたの? どうしたのと言ったか、吉岡さん。さすがにそれは、ひどいだろう。

 しばらく待つと、部屋から吉岡さんが出てきた。

「どうしたの? たっくんから来るなんて珍しいね」

 楽しげに笑っているけれど、ぼくとしては呆れるしかない。

「人影兄妹の全快祝い、忘れちゃいましたか?」

「あ、いやいや、忘れていないよ? 今行こうとしてたんだよ?」

 それは明らかに嘘だとわかる言い訳だったけど、ぼくはそれについて指摘はしなかった。したら、この人は自分から墓穴を堀り、言わなくてもいいことまで言ってしまうのだ。

「じゃ、行こうか、たっくん」

「そうですね」

「千堂くんも教えてくれたらいいのに」

「それもそうですね」

 そもそも黒木さんだって、ぼくに頼まなくても千堂さんに頼めばよかったはずだ。

 と、黒木さんの部屋に入ろうとした直前、ポケットに入れていた携帯が鳴った。

「すいません、先に入っててください」

「りょーかーい」

 ドアが閉まるのを待って携帯を開ける。電話の相手は灰谷だった。

「もしもし、どうした?」

「さっき、変なやつに襲われてな」

「変なやつ?」

「ああ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()

「ストック?」

「ああ。オレ、この姿だと一日に五回までしか吐けねえんだよ」

「そうだったのか」

「ま、一回ありゃ、大抵片付くけどな」

「たしかにな」

「心配ないと思うけど、一応伝えておくぜ」

「ああ。ありがとう」

「じゃあな」

「おう」

 電話が切れた。

 空からインプ、か。子どもたちがゲームに登場する敵を実在と信じ込んだか? 世界学ってそんなもんだっけ? どうも最近世界学にほころびというか、矛盾を感じて仕方がない。

「人間が考えたものだから当たり前か」

 全てがこの通りなら、それこそ提唱した人は全てを知り尽くしてしまっているだろう。あれ? こういう説を提唱したって言うことは、その人は『そういう存在』を知っているということか。

 ぼくたちみたいな立場の人が提唱したのかもしれない。

「どうでもいいか」

 心底どうでもいい。

 ドアを開けて黒木さんの部屋に入った。

「さっきはごめんねー、たっくん」

「いいですよっと」

 足場を探しながら、さっきまで座っていた場所に戻る。

「千堂くんに呼びに来てよって言ったら、自分で来いって怒られちゃった」

「当たり前だとは思いますけどね」

「たっくんひどいー」

「サキ、頑張れ」

 リゼが拳を握る。

「がんばるよー」

 もはや打ち解けてしまったらしい。ぼくが電話していた時間って、そんなに長かったっけ?

「そうだ、みんなちょっと」

 食べていた手を止め、こちらを向いてくれた。聞いていないようで、一応全体の声は聞えているようだ。

「さっきドラゴンの友達、灰谷っていうんですけど、その子から電話があって」

「さっきのやつだね?」

「そうです。で、なんか空からインプみたいな変なやつが襲いかかってきたから、みんなも注意してくれ、だそうです」

「物騒だね、どうも」

 黒木さんがぼやく。

「物騒で済ませますか? これを」

「それ以外にどう言えばいいんだい? お姉さんわからないよ」

「まあ、そうですけど」

 それ以外に言いようもないよな。たしかに。

「そのインプみたいなやつも、その灰谷っていう人に撃退されたのでしょう? ではもう大丈夫なんじゃないですか?」

「それはわからないけど、連絡をくれたんだから一応注意していたほうがいいかも」

「それもそうですね」

 少なくとも、あと二日は用心していて損はないだろう。


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