10
後片付けが終わると、テントを張り(さすがにこれは男女別だ)、消灯まで自由時間となった。とはいえ、あってないような、そんな短い時間なんだけど。何もすることがないので、ぼくは適当に歩くことにした。
と、昼のような厳しい目をした灰谷が立っていた。
「どうした?」
「ああ。気のせいじゃないかもしれないな。二度目だ」
鋭い眼光を周囲に向ける。けれど、その視線の先にあるのは林間学校に参加している学生と先生たちだけで、ほかには何もいない。
それこそ吸血鬼が闇に溶けていない限りは。
「そうだと言われて、オレは不思議には思わない。むしろ納得だ」
「?」
「殺気だぜ、これ。明らかにオレに対して向けられた殺意だ」
「殺気って……」
「こりゃオチオチ寝てられんな。同じテントがリゼだけでよかった……いや、違うな」
「うん?」
「夜の点呼は一回だよな?」
「知らんが、多分そうじゃないか? それに寝てたら無理にテントに入ってくることもないだろうし……って、灰谷、君は何をするつもりだ?」
嫌な予感しかしない。
「点呼が終わったらテントを抜け出して、ドラゴンに戻る」
ドラゴンに――――戻る?
「おいおいおいおい!」
「なんだよ」
「大丈夫なのか?」
「オレは長時間飛べないが、上のキャンプ場は使われてないんだからそこに降り立てば問題ない」
「……壊すなよ?」
「当然だろ。そんなことより早く行ってやれ」
一体どこに?
ぼくはそんな約束なんてしていないぞ?
「さっきからちらちらと細江の視線を感じるぞ」
その言葉に振り返ると、少し離れたところに細江さんが立っていて、ぼくと目が合うと気まずそうに手を振った。
「あ、じゃあまた後で」
「相手が誰だか知らんが、多分オレだけで十分だ。ほら、行った行った」
嘆息して細江さんのところに走る。
細江さんは気まずそうに乾いた笑いで迎えてくれた。
「どうした?」
ぼくはさっきのことには触れないことを誓っているので、気まずさの気の字もないだろう。
「うん。ちょっとお話しようかなって」
ぼくがそう振舞ったからだろうか。細江さんからも気まずさは薄れ、とりあえずいつもどおりの雰囲気になった。
「いいよ」
うなずいて場所を移動する。向かったのは、さっきぼくたちが夕食を食べた場所だった。
「楽しかったね」
椅子に座ると、何の前ぶりもなく細江さんが切り出した。
「そうだな。うん。楽しかったよ」
なんだかんだと文句を垂れてみても、やっぱりやってみると面白いものだ。
ごみ拾いはただただ疲れたけど。
「早かったよね。平野くんの班」
「あの二人が事実人間じゃないからな。二人のペースがぼくたちの班のペースになるんだよ」
それはもう仕方ないことで、ぼくにとっては日常的なことだ。リゼと同じ部屋で生活をしていれば、自然とそうなることだ。
それすらも、ぼくは彼女を引きとめたときから覚悟していたことだけど。
改めて考えれば凄いことだよなと思う。
「灰谷さんと足立くんって付き合ってるのかな?」
「確かにかなり仲はいいけど、付き合ってるかって言ったらそうじゃないんじゃないかな?」
少なくとも、あの二人が恋仲になるなんてことはぼくには想像もできない。
「仲がいいことと好きであることは違うだろ? あいつらはあれが一番いい形じゃないかとぼくは思うよ。ま、それもあいつらの勝手だけど」
結局、付き合うかどうかなんて、ぼくたち他人がどうこう言うような問題でもない。
「平野くんとリゼちゃんもそんな感じ?」
「たぶん、そうだな」
きっと。
違うのだと思う。
少なくとも今は、ぼくはリゼに対してそういう気持ちを持っていない。
持っていない……よな?
本当に。
「消灯時間五分前だー。テントに戻れよー」
山岸の声。
「じゃあ、また明日」
「う、うん。またね」
男女のテントの位置は正反対にある。ぼくたちはそこで分かれ、それぞれのテントに戻った。
テントには夏樹がぼくの帰りを待っていた。
「おうおう、細江と夜のランデブーかい?」
「そんなんじゃない。ちょっと世間話してただけだ」
「あっそ」
興味を失ったのか、夏樹はバッグを漁りお菓子を取り出した。
「ほらよ。食え」
袋を破ってぼくとの間におく。
「語らおうじゃないか」
「お前が言葉の意味を理解してくれるのならな」
「なにおう?」
「あ、そうだ。そんなことよりも」
ぼくには重要な役割がある。
細江さんと話しをしていたら完全に忘れていた。
「なんだよ」
「点呼が終わったらちょっと外に出るから。先生が来たら適当にかわしてくれ」
「それはいいけどよ、どうしたんだよ」
お菓子を食べながら、夏樹が聞く。
「世界学がらみでちょっと問題」
「何? かなり興味あるんだけど」
やぶへびだったか。
「来ないほうがいい。リゼのときのバンパイアハンターみたいな展開になりそうだし」
灰谷がドラゴンの姿に戻る、ということは言わないのが正解だろう。もし言ったら、多少の危険は顧みずについてくるに違いない。
「うっ……大人しく留守番してるぜ」
「ま、もう少し時間はあるからそれまで語ろうぜ」
といっても、こいつと語るようなことなんて何もないように思う。
「お前、好きな奴いるか?」
「お前もそれを聞くのか」
一体何なんだ、今日は。
「『も』? 『も』ってなんだ?」
「細江さんにも聞かれたんだよ。細江さんの中じゃ、ぼくはリゼが好きだったらしい」
「へー、細江がね」
何やら納得したように相づちを打つ夏樹が、特に理由にないけど癪に触る。
「いや、なんでもない」
嫌な感じの笑みのまま、そう誤魔化した。
「そういうお前はいるのかよ」
「いねえよ」
即答だった。
そして何の迷いもない表情だった。
「灰谷は?」
とりあえず聞いてみることにする。
「灰谷? あいつは違うぜ。だいたいあいつはドラゴンだろ? 仮に付き合っても俺が圧倒的に早く死んじまう」
そしたらあいつは寂しいだろ? そう夏樹は続けた。
不覚にもカッコいいと思ってしまった。
「そうだよな」
「そうだろ? お前もリゼちゃんと付き合うなら、そこらへんもちゃんと覚悟しておけよ。お互いに」
ぼくがあの時にした覚悟に、それは含まれていたのだろうか。
ただあのときの一瞬、その後のリゼにとっては一瞬のような時間だけを見ていたのではないか。
ぼくの覚悟は、彼女にとっては残酷なことだったのか。
「どうしたよ。突然黙って」
「あ、いや。なんでもない」
「おいおいおいおい。俺の言葉がそんなにショックだったか?」
「そういうわけじゃないんだが」
今は普通に生活をしているけれど、もしかしたらリゼにとってはそれが重荷かもしれない。リゼは決してそうは言わない。それは彼女がそう感じていないからかもしれないし、そうではなくて、思っていても言えないだけかもしれない。
そんなことはぼくには知りようもなく、確認することも嫌だった。
「じゃあなんだよ」
「さあな。気にするな。そんなことより本当にいないのか?」
「いねえよ。俺はまだ友達だけでいい。それ以上は何もいらねよ」
それは何かの誓いのような言い方で、夏樹は過去に何かあったのかもしれなかったけど、それを聞くことははばかられた。
触れてはいけないことなのだと思う。
外から足音が聞える。見回りの先生がやってきたようだ。時刻を確認すると、もう九時半を回っていて、高校生にしては早すぎる就寝時間が近づいていた。




