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Q:ちょっと短くない?
A:そういうこともあります。
林間学校の日である。山を登りながらごみを拾い、キャンプ場を目指す。上り始めてから数時間がすでに経っていて、いい加減に疲れてきているのだが。
「おーい、タクにナツキー! おっそいよー」
なんて、人外少女二人組みは(二人とも少女とは言えない年齢なんだけど。灰谷は未確認)まだまだ元気が有り余っているようで、一足先に坂を上ってはごみを少しだけ残して拾っている。
「どうせなら全部拾ってくれよ」
ぼやいてみても、それは彼女たちには届かない。むしろ届いたらどんな目にあわされるか。そもそもぼくたちの班はあの二人の進行速度のおかげで、全部の班を比べてもダントツで先に進んでいるのだ。少しくらい休んだところで文句を言われる謂れは全くない。
「おー、リゼ見てみろ。小川だぜ、小川。水飲んでかないか?」
上のほうで灰谷の声。
あいつもテンション高いよな。
「なー、少し休もうぜ。あの二人と一緒に行くのは無理だろ」
肩で息をついてひざに両手をついた夏樹が諦め顔でそんなことを言う。確かにぼくもそれには同感で、彼女たちのペースはぼくたちには速過ぎる。ただ、班の荷物を全て灰谷に任せているので(ドラゴンの力は半端ではない)、ここで休むのも何か後ろめたいものを感じる。
「真面目だよな、お前。……細江がうちの班にいたらもう少しゆっくり進めたのにな」
「そうだったらこの班は六人制になるだろ。あと一人がかなり問題だ」
基本的に細江さんが付き合っている女子のグループの面々とは、ほとんど交流がないのだ。仮にあのグループの中から誰か一人来たとしても、ぼくたちは会話に困る。
「つっても、それ以外でも同じだろ?」
同じだった。
友達がいないのか、なんて以前夏樹に言ったことがあったけど、ぼくも全く人に言える立場ではなかった。
リゼと灰谷についていくのは完全に諦め、ぼくたちは自分たちのペースでゆっくりと坂道を登る。何か合ったら困る、と普通の女の子になら思うのだけど(リゼと出会った夜のぼくがそうだ)、あの二人に関してはその心配は全くない。それこそ機関の人間や、竜殺しが出てこない限りは。
そういう意味では、むしろぼくたちのほうが心配の対象だろう。
「しっかし灰谷とリゼちゃんがあんなに意気投合するなんて意外だよな」
「灰谷に関しては意外だけど、リゼは基本的に誰とでもやっていけるような気がするよ」
少し問題もあったけどクラスメイトともうまくやっているし、黒木さんとだってうまくいったのだから。
「ま、お互い似た境遇だから感じるものでもあるんだろうな」
「それなんだけど夏樹。あの二人が言ってる前の世界っての……本当に存在してるって思うか?」
ぼくにはそれがわからなかった。彼女たちはよく『自分がいた世界では』とか『前の世界』とか言うけれど、ぼくにとっての世界はここだけで他に世界があるとは思えない。むしろ、彼女たちのような存在の記憶というのは『設定』だと思っているくらいだ。この世界に登場してからが、彼女たちの始まりだと思う。
「あー、どうだろうな。あったほうが俺はいいけどな」
「どうして」
「あいつらの心が本物だから、かな?」
「どういう意味だよ。わかりにくいな」
「駄目だ。自分が言ってる意味がわからん」
こいつ、馬鹿だ。
「どっちにしろ、あの二人が『ある』って言ってるんだから、『ある』でいいじゃんか。俺たちがそんなこと考える必要なんてないだろ」
「そうだな。確かにそうだ」
あってもなくても、あの二人の存在が別のものになるなんてことはないのだから。何も変わらない。そもそもこんなことで悩むこと自体、おかしい話だ。
ドラゴンが人化するんだ。別の世界があっても不思議じゃないだろう。
山を歩く速度はやはりゆっくりとしたもので、もはやあの二人の気配すら感じない。さすがにちょっと離れすぎたように思うけれど、今から坂を上る速度を上げたところで追いつくのはキャンプ場だろう。
二人が残していったごみを回収しながら歩く。明らかに目に付くだろうごみを、あえて回収していないのはぼくらに対する何らかの意思表示なのかもしれない。
「ぼくらの後ろにも上ってくる連中はいるんだけどな」
坂の下を見る。やはり距離が離れていて誰も見えない。
「なんか、俺らだけが取り残されたみたいだぜ」
「やめろよ。大体一本道だからそんな心配しなくていいし、まずぼくたちがクラスの連中よりも先行してただろ」
有り得ないとわかっていても、そんなことを言われたら不安になってくる。
「くそっ。お前のせいで不安になってきた。一気に上ってあの二人に追いつくぞ」
「うへぇ、まじかよ」
信じられないと唸って見せるが、ぼくに不安要素を与えたのは夏樹なので自業自得だ。
しつこく唸っている夏樹の背を叩き、ぼくは山道を駆け上がった。
落ちているごみも、それなりに拾いつつ。