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スクランブルワールド  作者: 人鳥
第二話 クラスメイトはドラゴン
20/38

6

「いやー、かわいいねぇ、ほんと」

 予告どおりにやってきた黒木さんは、リゼの前に腰をかけると同時にそう言った。ちなみに、まだお互いの名前も知らないし、それどころかこれが初対面だ。

 黒木さんは心底楽しそうにリゼを見ていて、リゼは困惑気味に黒木さんを見ていた。

「うんうん。君はかわいいなあ。名前はなんていうんだい?」

「リ、リーゼ・ブリュスタン」

 さすがに『吸血鬼だよ。よろしく』とは言わないか。年齢としては圧倒的に上でも、少しだけ押されているようだ。そりゃそうだよな。初対面の人間にこんなに慣れ慣れしくされたら誰でもこうなる。

「ほー、リーゼちゃんか。呼びにくいな。リゼって呼んでいい?」

「う、うん。どうぞ」

「あたしは黒木芽衣子っていうんだけど。知ってる? わけないよね。うんうん」

 勝手にしゃべって勝手に納得していた。

 どうでもいいけど、いや、よくないけど、こちらから話すような隙は全くない。

「って、君、外人さんだね。日本語ぺらぺらだね。凄いよ。いいよ。せっかくだからお姉さんにも教えてくれない? あ、やっぱやめとくわ。覚えられんもん。あー、で? 君と平野少年との関係は? もしかして付き合ってるの? まっさかねー。少年みたいな平々凡々な少年にこんなかわいい彼女できないよね「平々凡々は余計ですよ」いやいや、みなまで言わんでもわかるよ」聞いちゃいねえ。「大丈夫。お姉さんに任せておきなさいな。リゼちゃんが相手にしてくれなくてもあたしが相手してあげるし、少年が相手にしてくれないなら、リゼちゃんの相手をしてあげる」

 そこまで一息に言って、リゼがようやく何かをしゃべろうと口を開こうとした時、また黒木さんの口が開いた。

「まあ、うん。一番気になるのは、どうしてリゼちゃんがこの部屋で生活してるのかなってことくらいだよ。うん。じゃ、話し手パート交代」

 疲れた、と黒木さんは水を飲んだ。

 疲れるならそんなにしゃべらなければいいのに。さっきぼくと話したくらいのテンポで常に話してほしいものだ。

「え、えっと…………」

 どう返事をしていいものか困っているのだろう。

「と、とりあえずわたしたちは付き合ってないよ」

「そだよね。うん。わかってるよ」

 ちら、とリゼがぼくのほうを見て、またすぐに視線をそらした。

「……?」

「わたしがここで生活してるのは――」

 今までに何回目かの、ぼくたちが出会った時の一連の出来事を説明する。説明している途中、黒木さんは小気味いい相づちを返していた。饒舌である以上に、聞き上手なのかもしれない。聞きに入るのが遅いけど。

「まさか吸血鬼とはね」

「信じるんですね」

「当たり前じゃないか、少年。あたしは世界学なんてどうでもいいけど、今のような説明を受けて信じないほうがおかしいさ。それに、たとえそれが嘘でも、信じたほうが(ロマン)があるだろ?」

 黒木さんは茶化すようにそう言った。

「でもま、リゼちゃんが吸血鬼ってんなら、案外気づいてないだけでもっと身近にそういう存在がいるかもしれないな」

 灰谷琴音。

 ドラゴン。

 それを殺す竜殺し。

「黒木さんがそういう存在でも、ぼくはちっとも驚きませんけど」

「はは。あたしは人間だよ、人間。それとも、何か不思議なオーラ的なものでも見えるかい?」

 両手でなにやら気を溜めるような構えを取って、ハー、と手を突き出す。

「何やってるの? メイコ」

「いやいや、少年漫画風にね。しっかしリゼちゃんがあたしよりも年上なんて驚きだよ。こりゃうっかりお姉さんなんて言ったら恥ずかしくて死んじゃうね」

 だったらあんたはもう死ななきゃいけないようですよ。なんて、そんなことを言う勇気はない。

「あれ? 少年」

「今度はなんですか?」

「いや、あれはなんだ? ペットか?」

 黒木さんがぼくの後ろのほうを指差す。もちろんぼくはペットなど飼っていない。

「ペットなんて飼ってま……せん……よ?」

 そこにいたのはペットと呼ぶにも呼びたくないよう、()()()()()()()()()()()い《、》()()()()()()

 何か粘液のようなものが丸い体を覆い、動くたびにビクビクと体の肉がうごめいている。皮膚はないように見えるけれど、ないわけがないのであれが皮膚なのだろう。どうも肉塊が動いているようにしか見えない。

「さすが少年。悪趣味だ……トイレで吐いてくる」

 口元を押さえて黒木さんが立ち上がった。

「ど、どうぞ」

「あ……」

 リゼが立ち上がって、その肉塊生物に近づく。

「お、おい」

 ぼくが戸惑っていると、リゼはその肉塊生物を持ち上げ、かぷりという擬音が似合いそうな()()()()()()()()()()()()

 リゼに噛みつかれた肉塊生物はみるみるうちにしぼみ、最後にはリゼに丸ごと喰われていた。血が床に垂れているかと思ったが、リゼが絞りつくしていたようで、血痕は全くなかった。

「おいし」

 恍惚とした表情で口元についたわずかな血を指で拭き取り、それを舌で舐めとった。

 こいつはやっぱり吸血鬼なんだ。

「あ、ごめん。怖がらせちゃったかな?」

 一体どんな顔でぼくは見ていたのだろう。リゼがバツの悪そうな顔でぼくを見ていた。その場に立って、リゼは動こうとしない。

「びっくりしたけどな。リゼが吸血鬼なんだって、実感したとこ。ほら、今までリゼが血を吸うとこ、見たことなかったから」

 本当は、本当は少しだけ怖かったのだけど。

 恍惚としたリゼの赤い目が少しだけ。

「そ、そっか。怖がらせちゃったかもって心配しちゃった」

 少し不安げに笑い、それでもリゼはぼくの隣に座りなおしてくれた。

 安心する。♯の時のように、また出て行こうかなんて言い出すかと思ったから。言わないだろうけれど、それでも心配にはなる。

「黒木さん大丈夫かな?」

 それにしても黒木さんがグロテスクなのに弱いとは意外だ。むしろそういうアニメとか映画とかを率先してみているようなイメージがあるのに。

 ま、勝手なイメージでしかないのだけど。


「平野少年、も、もう奴はいないか?」

 ドアの向こうから、黒木さんの引きつった声が聞えた。

「もういませんよ」

「そ、そうか」

 そう言ってやっと黒木さんは部屋に入ってきた。よっぽど苦手なのか、顔色はさえない。さすがにリゼがあの肉塊生物を食べたことは言わないほうがいいだろう。

「で、さっきのアレは一体なんだったんだ?」

「ぼくにもさっぱりですよ。リゼ、アレはなんなんだ?」

 あの肉塊生物を食べたということは、リゼはあの生物が何かを知っているということだろう。さすがに見ず知らずの生物をいきなり食べようなんて、そんな命知らずなことをするとは思えない。

「あれは残骸なの」

「残骸?」

 どういう比喩だろう。

「搾りかすっていってもいいかな。ううーん。違うなぁ」

 一人悩んでいるが、ぼくたちには一切伝わらない。

「あいつは有害なのか? 無害なのか?」

 一番重要なのはここだろう。無害なら、若干気持ち悪くてもいなくなるまで待てばいい。有害なら、それこそ〈虚構殺し(シグナルグリーン)〉で撃てば消滅する。

無害でも撃てば済むけど、むやみにこの魔銃を使いとは思わないのだ。

「有害か無害かって聞かれたら無害だよ」

「なにか含みのある言い方だね、リゼちゃん。あたしたちはアレについて何も知らないんだから、ちゃんと含んだところも教えてよ」

「基本的に無害ってこと。でも下手に危害を加えようとしたら襲ってくるから注意ね」

「君さっきそいつ喰ってたよな」

 あ。

「く、喰ったのか……? アレを?」

 後ずさったりこそしていないけれど、黒木さんはリゼから心の距離を置いているようだ。

口が滑ってしまった。

「あ、うん。放置しててもいいんだけど、万が一を考えて血を吸ってエネルギーを吸収して処理したんだけど」

 つまりただ喰っただけではないのか。でも、あの恍惚とした表情を見るあたり、食べたかったというのもあるだろう。相当おいしいのだろうか。

 さすがにこれを口に出す気にはなれないけど。聞いてみたい気もする。

「ま、まあ、種族の違いということだな。そういうことだろう、きっと…………」

 自分に言い聞かせるようにぶつぶつと何かを呟く黒木さん。

 それにしても、あの肉塊生物は一体なんの『物語』やら『考え』から出てきたものなのだろう。人化するドラゴンといい、竜殺し――あれは英雄としての存在だったか――といい、果てはさっきの肉塊生物といい、どうもぼくの知らないものが多く出てきているような気がする。

 人の記憶に残り続ける物語や概念などが顕現する、というのが世界学であるはずなのに、こうもぼくが知らないものばかり出てこられたら疑問に思ってしまう。『人外萌え』とか『グロ好き』とか、そういう人が急増してたりするのかもしれない。ただ、それだけのことならこの世界に顕現する条件を満たしているとは思えないのだけど。

 『肉塊萌え』とか、人類の十分の一もいないだろ。そんな属性が好きな性癖の持ち主。

 そんなことで顕現されても困る。

「はあ」

 よくわからないことを考えてしまった。どうしようもないので、黒木さんと話すことにしよう。リゼも黒木さんとは合うようなので、このまま話し続けても大丈夫だろう。楽しい夜になりそうだ。


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