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こういう小説では必ずいる陽気なおねいさんの登場です。
そして、それにともなって、キャラ紹介やらも更新しました。
数日後の学校帰り、ぼくたちは灰谷と夏樹に声をかけ、四人で明日の林間学校で作る料理の材料を買いに来ていた。
「何か食べたいものとか、あるか?」
なぜか買い物を一番張り切っているのは夏樹だった。先陣切ってかごを手に取り、食材売り場に足を進める。
「オレは肉が食べたい」
灰谷が真っ先にそう答える。
「肉っつってもよ、もう少し具体的な料理名とかだな。なあ、拓」
「あ? ぼくは作るのも楽だしカレーでいいかなって思ってたんだが」
「肉は絶対に入れろよ」
「わたしはみんなに任せるよ」
というわけでカレーに決定。定番でベタベタだが、やっぱり作りやすいものがいいだろう。それに、少し多めに作れば翌日の朝食に転用できる。
「じゃあ、拓は肉を。灰谷とリゼちゃんは好きなルーを。俺は野菜を選ぶ」
勝手にそう役割を分担して指示を飛ばす。普段の馬鹿はどこに行ったと言いたいところだが、こういうイベント事に対してこういう先導するタイプの人間がいることはいいことなので、あえて何も突っ込まないことにした。こいつはきっと、イベント事に対するとステータスが急上昇するのだろう。
「待て」
灰谷がそのステータスの上昇した夏樹の采配に異を唱える。夏樹は何が不満なのかわからない、と言いたげな顔で灰谷に振り向く。
「オレを肉係にあてろ」
「駄目だ」
「どうして」
「お前が肉係になると、お前は良い肉を買ってくるだろ。高い肉なんて買えねぇんだよ」
「ぐっ」
灰谷が言葉に詰まる。確かにここに来る道中、灰谷はやたら肉について語っていた。どうもドラゴンであるゆえに、肉に対しては舌が肥えているらしい。
「だから安アパートで生活してる拓に肉を任せるんだ」
「諦めようよ、コトネ」
諭すようにリゼが灰谷の肩に手を置いた。それで灰谷も諦めがついたのか、しぶしぶと歩いていった。
「あ、そうだ。リゼちゃんも食べるよね? カレー」
「え? うん。食べるよー」
うなずいて灰谷の灰色の雰囲気が降りた背中にかけていった。
「じゃあ肉を漁ってくるよ」
「ああ、頼むぜ」
夏樹と別れて肉売り場に進む。牛肉は高いので豚肉を買うことはもう決めているのだけど。でも、あれほど肉に対して熱い思いを持った灰谷がいるのに、それもなんだかなという感じだ。しかし、牛肉はもったいない。
「どうしようか」
しばらく考える。
結局、ぼくは豚肉を購入したのだが、灰谷のために四人分にしては少し多めに購入した。
一同が集合してレジに並ぶ。一応それぞれの持ち寄ったものを確認したが、特に異常は無かった。こういう場合、大抵誰かがおかしなものを持ってくるというのがお約束なのだけど。どうもぼくたちにはそれはないらしい。
「牛肉買えよ、牛肉をよー」
灰谷が憎々しい目でぼくを見る。どうやら豚肉はこのドラゴンのお気に召さなかったらしい。
「高いって。その代わり豚肉を少し多めに買ってるから我慢してくれ」
それでも小声で文句は言っていたけど、とりあえずは納得してくれたようだった。
「明日かー」
「明日だな」
「掃除は面倒くさいからオレはサボってもいいか?」
「駄目だよ、ちゃんとやらないと」
「リゼは真面目だな。大体よ、捨てる奴が悪いだろ」
灰谷がぼやく。
「でも捨てる人は拾わないからね」
「全く。嫌な世の中だな。人の世ってのは」
確かにそうなのだろう。利己的な感情というのは、必ず人にはつきまとう。人間以外の生き物には、人間の世の中というのは嫌なものなのかもしれない。
そんなことを思う理由が『掃除が面倒くさい』だなんていうことは、この際忘れてしまおう。
歩きなれた道というのも、歩く状況が違えば違って見えてくるもので、ぼくはこの四人で歩くこの道が新鮮に感じられた。特に灰谷とは学校で話すことはあっても、校外ではなすことは今までなかったように思う。リゼが吸血鬼で、人外同士っていうのもあるんだろうけど。
ふと腰に吊るした〈虚構殺し〉の重さを感じた。文字通り、虚構、すなわちリゼや灰谷のような存在を殺すことに特化された魔銃。今はまだこれを使うようなことはおきていないけれど、使わなくてはならない日が来るのだろう。そう思うと、あまり良い気分ではなかった。初めてあったのがリゼ……いや、灰谷で、次にリゼ。どうも殺さなければならないような、そんな存在を想像することができない。
これを撃つ日は来るのだろうか。
少なくとも、こいつらにだけは撃つことはないのだろうけれど。
「どうかした?」
無口になったぼくの顔を、不思議そうな顔でリゼがのぞき込んでいた。
「いや、なんでもない」
魔銃を意識の外に出す。あまり魔銃については考えたくない。
殺すとか、殺されるとか。
そんなのはごめんだ。
それから学校生活の話や、明日のこと、どうでもいいような世間話をしながら歩いた。気がつけば、ぼくたちはもう別れなくてはいけなくて、少し寂しいような気がしつつも二人と別れた。
「じゃ、明日な」
「おう」
「ばいばーい」
「じゃあな」
それぞれに別れを告げ、ぼくたちは歩き出した。二人もまた歩いているだろう。あの二人がどんな話をしているのかは全く想像つかないけれど、少なくともぼくたちの会話はあの二人のことについてだった。
「ナツキって思ったよりしっかりしてるんだね」
「らしいな。ったく。普段からあれくらいしっかりしてたらいいのにな」
「でも、それじゃタクとキャラが被るよ?」
「それは困るな」
なんて。
「しっかし、灰谷もなんだか砕けてきたな。前はもっとトゲトゲしい雰囲気だったのに」
「付き合ってみたら印象がガラッと変わることはよくあることじゃない?」
「たしかにな」
だったら、あの石動とリゼや灰谷は打ち解けることはできるだろうか。難しいかもしれないけど、できればそうであってほしい。ぼくがどうこうできる問題じゃないよな。
アパートの階段を上がって部屋に入る。1Kの部屋は、二人で過ごすには少し狭く感じるが、それにももう慣れた。
「じゃ、風呂入ってくるよ」
「いってらっしゃーい」
そうやってリゼはぼくを送り出す。
一緒に住み始めて数日たって、ぼくは彼女が風呂に入っていないことに気づいた。で、入らないのかと聞いたところ、
「吸血鬼はお風呂に入らなくても、常に最善の状態で維持されるんだよ」
と教えてくれた。もっとも、〈虚構殺し〉のようなもので著しくダメージを負った場合は例外らしい。
「自分ひとりで完結しちゃってるよな。リゼって」
最近ぼくはよくそう思う。吸血鬼のアイデンティティであるところの『吸血』でさえ、彼女は行わなくても生きていくことができるのだから。それがどんな気分なのか、ぼくにはわからない。寂しいかもしれない、なんて思うのは、ぼくの驕りなのか。
「あいつが来てから考えてばっかりだ」
あいつと会う前なら、ぼくはコンビニで立ち読みをしながら、退屈な夜と毎日を過ごしていた。あいつと会ったあの夜から、ぼくの生活は激変した。考えることも増えたし、やらなければならないことも増えた。
結構楽しんではいるけれど。
もはやどうでもいいことばかり考えてしまっていた。そんな思考はループし、自分でも何を考えているのか分からなくなった。
「重傷だな、どうも。……あがろ」
体を拭いてシャツを着る。ズボンをはいて、よし出ようと思ったとき、ドアがノックされた。驚いて返事が一瞬遅れる。
ドアが勢いよく開かれた。
「あ」
「お」
そこに立っていたのはこのアパートの住人の黒木さんで、怠け者な一面があるが美人な女性だ。
「ここでぼくがまだ服を着てなかったらおいしいイベントが起きてたのに」
「ちょっ! 何言ってるんですか! あんたは!」
「いやー、あれよ、あれ。あたしは少年の心の代弁者なのさ」
そう嘯いて、黒木さんはのっそのっそと脱衣所に入ってきた。
「ほら、出た出た。それともお姉さんと一緒に入るかい?」
うなずけば本当に一緒に入れそうだったけど、ぼくは遠慮することにした。
「遠慮しますよ。取って食われそうですし」
さすがに言われ慣れている冗談に、ぼくは動じたりはしない。これ以上無駄に絡まれる前においとまするとしよう。
「ああ、そうだ」
「はい?」
「風呂上がったら少年の部屋に行くんでよろしく。その時に部屋の子、紹介しなよ」
やっぱりバレていたか。
「わかりましたよ。どうぞ勝手に来やがってください」
ドアを閉める。ドアの向こうから、上機嫌な歌声が聞えた。