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今回はいつもの半分くらいです。
リゼ、初登校の夜です。
その夜、リゼは少しだけ疲れた様子で部屋の隅に座った。
「どうだった?」
「うーん、結構大変だね、学校って」
「そうだな。まあ、休み時間にクラスメイトに囲まれるのは明日か明後日には収まるだろうよ。授業のほうは頑張れとしか言い様がない」
教えてやろうにも、たぶんリゼのほうが勉強はできるだろう。
「勉強は大丈夫。千九百年のキャリアは中々のモンでしょ」
千九百年生きていていても、学校に行ったことがないのだけど。けど、だったらどこで学校の授業で習うような内容を理解することができたんだ? あんなものは普通に生活しているだけだったら絶対に使用しないし、必要としないのだから頭に入ってくるとも思えないのだけど。
これも顕現した存在の特権だろうか。だったら特権が多すぎると言いたい。いやまあ、ただの八つ当たりのようなものなんだけど。
「そういえばタク、今日は〈虚構殺し〉持ってなかったね」
「当たり前だろ? 学校にあんなもん持って行けるか」
言うと、リゼは少しだけ怒ったような顔になった。
「わたしと会ってるのにそんなこと言えるんだ。それにコトネとも会ったのに」
「どういうことだ?」
リゼと会ったことも、灰谷と会ったことも、ぼくがあの魔銃を学校に持っていかなければならない理由にはならないだろうに。
今度は呆れたようにため息をついた。
「だからね、わたしたちみたいな存在はそこらへんに溢れてるって言いたいの。あのヴァンパイアハンターだってそうだし、コトネの言う竜殺しだってそうだよ。ほら、もう四つの存在が集まってる。コトネが殺されたのは『向こう』だけど、生存がわかったら追ってくるかもよ? 竜殺し」
「…………」
「これから新しい存在と会うかもしれないよ?」
「でも、世界学の中にはそういう存在がこの世界に顕現するのは稀だ、という考えがあるんだ。事実そうだろ?」
けれど、リゼはそれに黙って首を振った。
「違うよ。そんなことない。顕現するのが稀じゃないんだよ。それに『気づく』のが稀なだけ」
「気づくことが……?」
「そう。そして、一度気づけば、自分の力で気づいちゃったら後はそれに魅かれていくの」
それはつまり、どんどんとそういう存在に出会っていくということで。それこそ『来るなら来やがれ』の精神がないとやっていけない。
「わたしとコトネは無害だけど、有害な存在もある。それは昼休みにコトネが言ったとおり。だから、タクはそういうのと出会った時のためにあの魔銃を持っていて」
これ以上の反論は許してもらえそうになかった。
「わかったよ。明日からはちゃんと持っていく」
「うん」
やっと、リゼにいつもの笑顔が戻った。正直ほっとする。リゼの赤い目ににらまれるのは、本当に怖いのだ。本能的に恐怖の対象になっているようで。笑顔ならそれはいいものなのだけど。怒りの感情が混じると、それは、その色はぼくを捕らえて離さない。
「ねえ、何か作ってよ」
無邪気な声でそんなことを言う。
「いや、リゼにとって飯は嗜好品なんじゃ」
「なによー、タクはお茶を飲まないっての?」
飲みます。飲みますよ。
「……わかったよ」
部屋の主はぼくなのに、主導権をリゼに握られてしまったような感覚に陥る。というか、もしかしたらもう半分くらいは握られているのかもしれない。
さすが千歳の年の功、とでも言おうか。
「今、何か邪な考えを感じたんだけど」
「い、いや、気のせいじゃないかな?」
心が読めるのか? こいつ。油断の隙もない。
ささやかなため息をついて、ぼくは夕飯作りに取りかかった。