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林間学校、ね。
まず実家が山の中だからそんなもの経験したこともないや。
というわけで、よくわからないから適当にでっち上げてみました。でも、どうせ学校行事だからこんなものでしょう。
昼休みになった。リゼを囲む輪は、小さくなるどころか大きくなっていた。昼休みと言えば昼食の時間であり、新たな仲間を昼食の輪に入れることにみんな必死なのだ。けれどぼくたちが出会ったときならまだしも、万全の力を取り戻したリゼにとって、食事は嗜好品でしかない。
「わたしお昼食べないから」
と、昼食の誘いは全て断っていた。今までの休み時間中に誘いを断ったことがなかったので、あまりこれは級友たちには悪く思われていないようだった。別に答えなくてもいいような質問にも答え、どうでもいい話も笑って聞いていたのが効いているのだろう。
「あれ? タクたちはどこで食べるの?」
階段を下りようとしていたぼくたちを、丁度教室から出てきたリゼが呼び止めた。
「ぼくたちは中庭で食べるんだ」
「中庭?」
「ああ。静かな場所なんだけど、来るか?」
「うん」
「リゼちゃん、俺覚えてる?」
階段を下りながらタクが言う。
「うん、覚えてるよ。前にタクの部屋に遊びに来た人だよね。確か……ナツキだったかな」
「そうそう、足立夏樹」
覚えててくれたのがそれほどうれしかったのか、夏樹はうれしそうに笑っていた。
外に出て中庭に設置されたテーブルに向かう。いくつか設置されているけれど、昼休みに利用しているのはほとんどの場合、ぼくたちだけだった。
「へー、うん。学校にもこんな場所あるんだ」
椅子に座り、周りを見回しながら感心したように言う。
「出てくるのが面倒なのか、ほかの生徒はあんまり来ないけど」
上級生も来ないのはちょっと意外だけど。
弁当を広げ、各々食べ始める。ただ、やっぱりリゼは弁当など持っていない。今朝も作ってやろうかと言ったのに、食べないと言ってそれを断ったのだ。
「それにしても昼の灰谷は凄かったな。ていうか、ドラゴンってやば過ぎるだろ」
忘れてしまえばいいのに、夏樹は朝の話を蒸し返した。
「そうだね。それも人化できるなんてかなり上位のドラゴンなのかな?」
「……上位でも人化はできないだろ」
少なくとも、ドラゴンと人は別種でドラゴンから人に成り代わるなんて、そんなことはできるとは思えない。
「でもできてるじゃん」
「それも世界が調整してるかもしれないね」
「それだったらドラゴンとして顕現してきた意味なくないか?」
「存在を意味ないなんて、拓は酷いこと言うな」
「いや、そういう意味じゃなくてだな」
言い訳をしても、あまり意味があるとは思えなかった。
「まあ、言いたいことはわかるぜ」
「にしても強かったねー」
「当たり前だ。オレはドラゴンとしての力を圧縮して人の姿になってるからな」
「そうなんだ」
「ああ。だから、人間にしては破格の身体能力を持ってる。ドラゴンのときよりは弱いけどな。ちなみに体重のほうは都合よく人間サイズだ」
それが許されるのも、世界に顕現した存在の特権という奴なのだろう。いろいろ特権の多い存在だ。
…………。
………………あれ?
「いつからいたんだ!」
ぼくとリゼの正面。夏樹の隣にいつのまにか座っていた灰谷は、さも当然のようにそこでペットボトルの水を飲んでいた。
「人化できるとかなんとか、そんなことを話している頃くらいからだ」
ということは。
「悪い。酷いこと言っちまったな」
「気にするな」
水を一口飲んで、ゆっくりと蓋を閉める。
「オレだって、最初から人間の体だったわけじゃない。最初はドラゴンとしての姿だった。だが、あまりに目立つから人化しただけの話だ」
「でも、ドラゴンがいたら話題になるだろ」
少なくとも、ドラゴンが出てきたのなら世界学の正しさが実証されたことになる。となれば、テレビでも連日のように報道されているはずである。そうなったなら、ぼくたちが知らないはずがない。
「オレは確かに巨大で目立つが、谷の中に身を潜めていた。主に獣を食べてな。ただ、竜殺しも出てこないから退屈で仕方なくて、人になってここにやってきた」
「竜殺し?」
聞きなれない単語だった。
「ああ。リゼにもいただろ? ヴァンパイアを殺すヴァンパイアハンターという、人間の味方が。ドラゴンにもいるのさ。ドラゴンを殺す英雄がな。そして、これも人間の味方だ」
人間の味方。
でも、その言い方じゃ……。
「まるで君たちが人間の敵みたいな言い方だな」
「事実そのとおりだろ。どんな物語でもヴァンパイアは人の血を啜り、ドラゴンは文明を破壊する。オレやリゼのような存在はあまり見かけるようなものじゃないし、オレだってこの世界に来る前は色々悪さもやったんだ。竜殺しに殺される前は」
「殺される前?」
もうすでに灰谷はその竜殺しというものに殺されているというのだろうか。だとしたら、どうしてここでこうして生きているのだろう。
そこに、矛盾はないのだろうか。
「そうさ、殺される前。ドラゴンは竜殺しに殺される。そして異次元に落とされる」
体じゃなくて、精神を。
「精神を?」
「死んだとはいえ、暴力の精神を世界に残しておくのはあまり良くないからな。そういうのは破棄する。オレは運がいいのか、異次元に落とされた後にいろんな有象無象と溶け合いながら再形成されたけどな」
それがこの世界に顕現されるっていうことなのか? この話の流れならば、もしかしたらリゼも前の世界では死んでいる、ということになるのか? いや違う。こいつらの存在はどうしようもなく本物だが、過去の記憶はそういう『設定』だろう。世界学の考え方なら、顕現するのは人の記憶に大きく関係するからだ。
灰谷はもう一度水を飲んだ。
「なー難しい話はわかんねーよ」
今まで話の輪に入ってこなかった夏樹が、テーブルに力なく突っ伏し、力なくそんなことを愚痴る。できればこれくらいの話は理解してほしい。
「大体よー、どうして灰谷はここにいるんだ? いや、悪いってワケじゃないんだけど、なんか用事があったんじゃねえの?」
そこで灰谷は思い出したように手を打った。
「完全に忘れていた。林間学校のグループ、お前らは決まっているか?」
「林間学校?」
聞いたことがないのか、リゼは首を傾げている。
「え? まじ? この学校そんなのあるのかよ。やっべー、わくわくしてきたぜ」
「お前が知らないのはおかしいだろ。先週だって色々話はあったんだから」
「嘘?」
「嘘じゃない」
こいつの馬鹿さは人の話を聞けばかなり改善されると思う。
「大体な、足立。そんなに喜ぶものでもないぞ。やることといえば、山を登りながらの缶拾いだ。まあ、到着すればある程度の自由時間もあるようだが」
つまりはボランティア活動の一環なのだろう。それを林間学校などと、それらしい名前をつけることにより、生徒のわくわく感を無駄に引き出そうとしているのだ。もしくは、その面倒くささを軽減させようとしているに違いない。
「なんだよー。つまんねー」
結局のところ、それは反感を買う程度の役割しか果たさないのだけど。
「で、グループは決まってるか?」
夏樹のせいでそれてしまった話の筋を灰谷が戻す。こいつと話していると、主導権は自然とこいつに渡ってしまっているような気がする。
「確か細江さんは女子グループのほうを優先するって言ってたから……リゼ、お前ぼくたち以外のクラスメイトとグループ組んでみるか?」
リゼはきょとんとして、それから困ったように首を振った。
「さすがにちょっと……まだまだ慣れが」
「っていうことで、今ぼくのグループは三人になったから、あと一人女子の枠があるけど」
「お前たちは六人制にしないのか?」
林間学校に行くグループは六人制グループと四人制グループがある。行うことに違いは無いけれど、その動きやすさとか色々と違いが出てくる。
「ああ、そんなに友達もいないしな」
「そうか。で、その枠にオレを入れてくれないか?」
「お、お前女だったのか!」
足立がわざとらしく驚いた仕草をする。
「残念ながら女だぜ。惚れるなよ?」
「へへ、俺はおしとやかな子が好きなのさ」
「よく言う」
そう言って灰谷と夏樹は笑いあう。
なんだかんだで、この二人は仲がいいのかもしれない。話をしているところなんて、今まで見たことがないけれど。
「じゃあ林間学校のグループはこの四人で行くからな」