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スクランブルワールド  作者: 人鳥
第一話 初めての吸血鬼体験
10/38

7

GW中は投稿が止まるかもしれません。


 結局、夏樹はリゼが解いた分の問題を全て書き直した後、無駄に居座ることもなく帰っていった。

「これだけが目的だったからな。ばーい、リゼちゃん。またよろしくー」

 と、そんなことを言いながら、この部屋を出、すぐに何かにつまずいたのか、派手な音を鳴らしていた。

 馬鹿だけど、自分の目的以上の何かをしようとしない男なのだ。夏樹は。

 そして今は夜。夕食を食べ終わった後の、とりあえず風呂に入ろうか、それともゆっくりとしようかを考えている時間である。

 が、今日ばかりはそうもいかない。

「なあ、明日もあいつは来るのか?」

 昼に突然部屋にやってきた♯と名乗る男を思い出す。夏樹が来るのがもっと早かったらと思うと、ぞっとする。

「たぶん来るんじゃないかな? それも日中に」

「日中? どうしてそう言いきれるんだ?」

 敵方の行動時間なんて、そんなものわかるはずもないのに。何か、そう言いきれる根拠があるのだろうか。

「タクって理解早いけど、あんまりモノは知らないのかな?」

 少しだけイラッとしたが、我慢して続きをうながす。

「夜は吸血鬼の時間だよ。夜はわたしの力が完全な状態で発揮されるの」

「あー、なんかそんなことあの男も言ってたような」

 昼の貴様は、夜よりも死にやすいだろう? 男は確かにそう言っていた。その言葉の通りなら、確かにやって来るのは日中ということになる。

「けど、あいつの魔銃にそれは関係あるのか? 夜でも君を殺しきる自信があるんだろ?」

 曰く、『その世界に存在し得ないもの』『存在が不自然なもの』をコロスことに特化した魔銃。今ぼくの目の前にいるリゼが、どうしてその定義に当てはまらないと言えるだろうか。いくら世界の仕組みからこの世界に顕現しているとはいえ、『自然な存在』であるとは到底思えない。

「わかんない」

「わかんないって」

「わからないものはわからないよ」

「にしては魔銃に詳しかったよな」

「当たり前だよ。タクだって、自分の目で見たものしか知らないってわけじゃないでしょ?」

 言われてみればそうだ。自分が見たことないものでも、聞いた覚えすらないものでも、いつの間にか知っている。それがそうであることを知っているなんてことは、普段から当たり前のように起こっていることだ。

「それに、今までだってアイツが夜にわたしに向かってきたことはないの。夜はわたしの時間だって知ってるから」

 夜は吸血鬼の時間。確かにそうなのかもしれない。では、あの男の時間はいつなのだろう。あの男は吸血鬼退治を生業としているのだから、あの男の時間も夜になるのではないのだろうか。

「ないと思うよ。今まで夜に殺された吸血鬼なんて、吸血鬼同士の戦いでしか聞いたことがないし」

「吸血鬼同士で戦うのか?」

「戦うよ。人間だってそうでしょ? 領土。獲物の取り合い。つまらない諍い。吸血鬼なんて、結局そんなもの。他の生き物との違いなんて、それこそ不死力くらいのものなの」

 あと馬鹿力も付け加えてもよさそうだ。吸血鬼は力が強いとも聞くし。

「だからね。まあ、うん。夜にはこないよ、♯は」

「そっか。安心した。寝ているあいだにあいつが来たらと思うと、オチオチ寝てられないからな」

「あのさ、タク」

「なんだよ、改まって」

()()()()()()()()()?」

「はあ? どうしてそうなるんだ?」

 出て行く理由なんて、何もないのに。どうしてリゼは出て行くなんて言いだすのだろう。そんなに寂しそうな顔で、どうしてそんなことを言いだすのだろう。

「♯が、ううん、機関の他の人間も来るかもしれない。そうなったら危ないよ。今日みたいなことなんて、滅多にないんだから。次は、普通に殺されちゃうよ」

 今日は♯の興が冷めたのだったか。勝手な奴だ。勝手に殺しに来て、勝手に殺す気が失せたと言い出すなんて。

「出て行ってどうするんだよ。行くあてあるのか?」

 吸血鬼としてこの世界に顕現して、行くあてなんてあるはずがない。元いた世界なんてさっきから話しているけれど、それはあくまでそういう『設定』なのだから。それが世界の仕組みなのだから。

「そんなのいらないよ。わたしは吸血鬼だよ? それにわたしは寝なくても、食べなくても、そんなの全然平気なの。タクの料理はおいしいから食べてたけど、食事は基本的に嗜好品と同じなんだ。昨日と今日は、その嗜好品に助けられたけど」

 血を滅多に吸わないといい、食事は嗜好品。一体こいつの体はどういう構造になっているのだろう。興味は尽きないけれど、それを聞くような空気じゃないことも知っている。

 出て行ったあと不安で仕方ないっていうことも、顔を見ればわかる。

「君は――」

 だから。

「本当に――」

 ぼくは。

「そんなこと思ってるのか?」

 聞かなくちゃいけない。

 思えば、これがターニングポイントだったのかもしれない。

 非日常から日常に回帰する、最後のチャンスだったのかもしれない。

 けれど。

 ぼくにはそうすることはできなかった。

 むしろ、もっと積極的に関わりたいと、そう願ってしまった。

 この吸血鬼。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「そんなこと……」

 呟くリゼは、苦しそうに顔をゆがめていた。

「でも、死んじゃうかもしれないよ。わたしがこの部屋にいることで、タクは死んじゃうかもしれないよ」

「その時はその時だよ。死んでから考える」

 思い残しがあるとすれば――いや、そんなことは考えない。そもそもぼくたちは死なない。もはや死ぬという見込みがない。

「意味わかんないよ……その自信」

 もはや泣きそうな声で。

 リゼはそんなことを言った。

「この世界は人の『思い』が形成してるんだ。君の存在がその証明だ。だから、ぼくは明日からも生きていると、そう信じるんだ」

 こんな劇的な出会いボーイ・ミーツ・ガールをして、それですぐに死ぬような物語なんてぼくは知らない。見たことも、聞いたこともない。それは物語のクリエイターが、すぐに死なれたら、すぐに終わらせてしまったら、それは出会いに意味がないと、そう『信じている』からにほかならない。信じているということは、それが現実として起きてもおかしくないことだ。

 少なくとも、この世界の仕組みでは。

「死なないよ。だから出て行くなんていうなよ。狭くて汚い部屋だけど、二人で生活する分には全く問題ないだろ?」

 それはどこかプロポーズめいた言葉だったけれど、自然に口から出てきた言葉だった。

「いても……ここにいても、いいかな?」

「駄目なら――君に飯なんて食わせないさ」


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