声が聞こえる
「絵を描くの得意だろう。絵を描いてくれないか」
先生から頼まれた。 学園祭のクラス展示のことを言っているのはすぐにわかった。
「何でも良いですか?」
「好きに描いて良い。あ、映画にちなんだ絵にしてくれよ。紙はこっちで用意するから」
クラスの展示は「映画について」だった。
学園祭の出しものを決める時、誰も意見を言わなかったので先生が決めて作業を生徒に割り振った。うちのクラスの学園祭なんてそんなもん。
特にやりたいこともなければ、みんなで協力するとか、仲間意識とかそういうのはない。仲が良くも悪くも無い人たちと強制的に何を協力し合うの? でも、私の中で描きたい絵はその時にすぐに決まった。
次の日の放課後、先生は私が想像していたよりもずっと大きな紙を壁に貼った。縦横それぞれ2メートルくらいはありそう。こんなに大きな絵は描いたことがなかったので少しびっくりした。
「机を後ろにやってスペース作るぞ」
教室に理由もなく残っていた生徒たちは先生の言う通りに机を運ぶ。今から何が始まるのかと、みんな壁に貼られた大きくて真っ白な紙を見ていた。
「こんなに大きな絵を描くの? すごいじゃん」
友人の真緒が机を運びながら言った。
机を後ろにどかすと、先生は動きの悪い台車のついた古いプロジェクターを運んできた。透明なシートに文字を書いて黒板に大きく映すやつ。
「河田、ちょっと来い。これで下書きができると思う。紙、乗せてみ。どうだ?」
事前に描いていたA4の下書きをプロジェクターに乗せると、薄くて太いぼんやりとした線が壁一面に映し出された。
遠くから見るとわかるあの映画のあの場面。
「あー、すっげ。あれじゃん」
教室にいた生徒たちから、感嘆の声が漏れた。まだ完成はしていないけれど私は既に誇らしい気持ちになっていた。
「これを廊下にどんっと貼ってメインにしたいんだよ。良いだろう? お前たちも手伝えよ」
その日から私の作業が始まった。学園祭までに放課後残って絵を完成させる。あまり日にちはない。とても一人では終わらないので真緒が手伝ってくれた。他の生徒たちもその日から教室に残って先生より割り振られた自分の作業をし始めた。
プロジェクターで拡大をさせた線はほんの少し置く位置がずれるだけで大きく歪む。自分の思い描く線と何だか違う。
「プロジェクターいらないかも」
壁に貼っていた紙を床に敷き直し、直接自分の目でバランスを見ながら描く方が早かった。
「おお、さすが」
そうでしょう。そうでしょう。私、結構器用なんです。
下書きはその日のうちに出来上がった。
「やっぱり朋美って絵が上手いね。色はどうする?」
「薄いのと、濃い茶色を作って、苔は深緑にしよう。一色で塗らないで、何色か重ねて塗る感じ」
「オッケー」
私が手本を塗ると、真緒がそれを真似てぎこちない手つきで色塗りをしてくれた。
少しずつ見えてきたかな。
私の描きたかった絵、それは大きな木と、その木の枝に座る精霊の構図。今年、一番ヒットをした映画のとある場面。人間と自然の共存を考えさせられる映画。素晴らしい音楽と映像。私はその絵を描くことに決めていた。
次第に色がついていくと見物の生徒も増えてきて、
「すっげ、マジうめぇ」
絵に全く関心のなさそうな派手な男子たちが、自分の作業の合間に絵を見てはそう呟いていく。
そうでしょう。そうでしょう。私、絵を描くのが実は得意なんだ。知らなかったでしょう?
日が経つにつれて、絵には少しずつ色が塗られ、全体の姿が見えてきた。
幹が塗られ枝を伸ばし、枝からは緑の葉が青々と茂る。木が徐々に出来上がっていく。最後に色を塗る精霊の部分だけは、ぽっかりと白いままにしておいた。
ある日、同じクラスの山田君が「俺もやっても良いですか」と聞いてきた。彼が敬語なのは、私との距離を表している。
断ることもできないので筆とパレットを渡した。
「山田、色塗り上手いじゃん。ウケる。はみ出たらお前責任取れよなー」
「うっせえよ」
山田君とその取り巻き数人がはしゃぎながら色を塗っていく。
友達とふざけながらやっていたけど、はみ出すこともなく彼は生い茂る葉を塗ってくれた。
山田君から他の男子生徒に筆は渡り、男子生徒から他の女子生徒へ。私とはあまり会話をしたことのない人たちが、私の絵に色を塗っていく。
みんな少しもはみ出さずに丁寧に塗ってくれ、作業は一気に進んだ。
右側の枝には人とも鳥とも違う精霊が静かに座っている。最後に私が精霊に色を塗ってとうとう絵は完成した。
教室にいた生徒たちは、みんな口々に「上手い、すごい」と褒めてくれて、山田君とその友達は、ペットボトルを飲みながら絵を見ては騒いでいた。
「ここ、俺の塗ったところ」
「明らかに周りより濃いじゃん。浮いてんじゃん。河田サンに謝れよ」
「うるっせぇよ。これでも一生懸命やったんだよ」
クラスの展示物も決められないクラスだったけど、真っ白だった紙には大きな木が鮮やかにめいいっぱい描かれていた。
私だけではなく、真緒も山田君も、他の人の手がいくつも加わった絵。濃い部分や薄い部分、全体的にむらがあって私一人で描いた絵じゃないのはすぐにわかる。でも、私には出せないアジがある。
「まぁまぁ良いんじゃない。ねぇ? そうでしょう。そうでしょう。こういうのもたまには良いじゃない」
横にいた真緒をふと見ると、真緒はじっと絵を眺めていた。
木の枝に座ってこちらを見つめている精霊が、そう答えたような気もした。
2021年8月作成。




