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我が子が可愛いので、悪逆妃にはなりません  作者: 朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます!


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11/16

11、夜奏

 その夜、皇帝滄月(そうげつ)は寵妃と夕餉(ゆうげ)を取り、そのまま寝所で共寝すると告げた。侍女たち、特に雲英(うんえい)が「寵愛ですわ」「熱愛ですわ」と浮かれて華凛(かりん)の肌を磨き上げた。

 

 今宵も朝まで大変な目に遭うのか、と覚悟した華凛(かりん)であったが、夫は意外にも「今宵は抱かぬ」と言い、笛子(てきし)(横笛)を吹いた。

 明るく爽やかな曲調で、伸びやかな音は、聞いていて心地いい。

 華凛(かりん)はうっとりと耳を澄ました。そして、雲英(うんえい)に目配せして琴を持ってきてもらい、音を寄り添わせた。


 真夏の涼風のような笛の音は、自らに誘われて従う気配を見せる琴の旋律に気をよくした様子でいっそう爽快に鳴り響き、華凛(かりん)は有名な戯曲を思い出した。

 

 江湖(こうこ)における武俠の派閥、正派と邪派……その敵対する派閥に属する男女が、互いの正体を知らぬまま、楽器での演奏を通して心を通わせる――そんなお話だった。華山の道士も出てくるお話だ。

 華山の道士は、仙人になるために修行をしている人だという。

 華凛(かりん)は仙人を伝承上の存在だと思っていたが、考えてみると自分は(おそらく)西王母に助けてもらって人生をやり直したのだ。

 西王母が存在するなら、「作り話だ」と言われていた数々の不思議は実は本当に存在していて、仙人も存在するのではあるまいか。

 

 ――♪


 夫は、注意喚起するように笛子の音を鳴らしている。

 気を散らしているのを見抜かれた想いがして、華凛(かりん)は演奏に意識を戻した。

 

 異なる楽器の音が重なると、互いに音を引き立て合うようで、とても親しい間柄のような心地になる。

 思えば、自分たちも互いをよく知らない仲である。

 しかし、こうして演奏するのは楽しくて、今まで「恐ろしい」と思っていた夫も、段々と「この方は自分にとって、恐れる必要のない方なのかもしれない」と思えてくる。

 ……あの悪夢。妹に言い放った言葉が本当なら。


 確認してみたいと思うが、昼間に「その話はしなくてもよい」で終わっている話でもあるので、話題を蒸し返す敷居が高い。

 言葉での会話は、そうでなくても苦手意識があるのだ。


(もう、あのお話は……いいでしょう……終わったお話、ですわ。父と会う予定もありますし……父に聞けばいいのだわ)

  

 華凛(かりん)は、夫と会話を試みるよりも、無言で演奏している方がよほど心が楽で、安心できるのだった。


 ああ、もう曲が終わる。

 名残惜しい気持ちで最後の一音を奏でると、夫は華凛(かりん)の心を読んだようにもう一度曲を奏で始めた。


 軽やかな笛の音は楽しそうに聞こえて、なんだかやんちゃな子どものよう。

 華凛(かりん)はそおっと顔を上げて、夫の姿を確認した。


 二十二歳の青年皇帝の横顔は麗しく、視線に気付いて妻へと送った流し目には色気があって、華凛(かりん)は心臓をどきりとさせた。

 気付けば、曲がまた終わるところだ。体感時間があっという間で、驚いてしまう。

 終わった後の静寂は、少し緊張した。


 青年はそんな妻の心を感じ取ったのか、手を伸ばして琴をつま弾いた。

 ほろほろと鳴く琴の音は柔らかで、それに寄り添わせるように語る青年の声もまた、音楽的に響く美しい声であった。

 

「もう一度、昼と同じことを言うが、そなたは楽にせよ。子に接するときと同じぐらいだ。俺を三歳児だと思うがよい」

「きゃっ」


 気を抜いた一瞬の間に、滄月(そうげつ)の腕は華凛(かりん)を抱きあげ、臥牀(しんだい)へと寝かせた。そして、自身も隣に寝そべった。

 三歳児はニ十歳の女を抱き上げたりしない――そんな思いを胸に仕舞い、華凛(かりん)が身を強張らせていると、夫はくすくすと笑った。


「俺は三歳なので、独り寝は淋しい。妻よ、抱きしめてくれ」


 甘えるように言う声は普段より高く、確かに子どもっぽいかもしれない。

 まさか我が子の真似をしているわけではないでしょう……、と驚きつつ、華凛(かりん)はそーっと腕を青年に回してみた。

 自分から積極的に彼に触れるのは、初めてかもしれない。


 薄い夜着は上質な生地で触れ心地がいい。

 布の下に隠れた男の筋肉の硬さと肌の熱さがよくわかる。

 呼吸に合わせて上下する肩はがっしりとしていて――「やはり、俺が抱きしめたい」笑いながら言って華凛(かりん)を抱きしめる夫の胸板は頼もしく、どんなに力いっぱい拒んでもびくとも動かないだろうと思われた。


「お……」

「うむ」


 何かを言うのだな、と察した様子で言葉を待つ夫は、少し華凛(かりん)に慣れた気配がある。

「さっさと話せ」とか「苛々する」とか言ったりしないので、華凛(かりん)はこの夫がいい人のように思えてきた。

 子どもに泥団子をぶつけられたりおれおれ退治されても、張り合うことはあっても、声を荒げて怒ったりはしないので、優しい心があるのだと思う。

 ――そう思うと、すっぽりと自分を包む体温があたたかくて、居心地がよく思えてきた。


「お……おやすみ、なさいませ……滄月(そうげつ)様」


 夫の胸板に顔を寄せて囁くと、いい匂いがする。

 それに、心臓の音が聞こえる。

 彼も人間で、自分と同じように生きているのだ――少し、心音が早い気がするけれど。


「おやすみ、我が妻、華凛(かりん)。名前で呼ぶのは、とても()いな。そなたは美しく、可愛らしい。そして、俺に()いことを教えてくれる天女のような妻である……」


 ふわふわとした甘い声で言って、皇帝の手は華凛(かりん)の黒髪をひと房、掬った。

 そして、至高の宝を慈しむように髪に口付けを贈ったのだった。

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