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第46話 怖いもの

「ただいま、ゴメン、遅くなった」


 サリアが潜伏している建物に現れた全身を真っ赤に染めたノヴァ、その姿を見たサリアはほんの一瞬だけ目を見開いた。

 言いたいことが沢山あった、だが彼女はノヴァが何かしらの怪我を負っていないのか確認する事を最優先とした。

 そしてノヴァの被った血が只の返り血であると分かると何も言わずに飲料水を頭から掛ける。

 

 ノヴァの頭から流れる水が血を、こびり付いた肉片を洗い流していく。

 それは単に身体を清潔に保つだけの行動である、それがノヴァには身を清める儀式の様に思えて仕方がなかった。


「中で大勢の人が捕らわれていた。彼等を助ける過程で人でなし共、39人殺して来た」


「はい」


 『素材保管庫』と名付けられた牢獄、クリーチャーの素材である人間を一時的に閉じ込める施設。

 其処には街を占拠する無法者に反旗を翻す者達だけでなく多くの人が収監されていた、大人も子供。男も女も関係なく、そして等しくクリーチャーの素材になる運命だった。

 彼等を助けようと思った、それが出来るだけの力はあると自負があった。


 結果として助ける事は出来たと思う。


「地下で化物にされてしまった元人間、4人殺した」


「はい」


 クリーチャー、怪物になってしまった元人間、戦う前に見た実験記録では彼らの変異が事細かに記されていた。

 その記録は有無を言わさないだけの情報が書き込まれていた、不可逆の変化であり彼らが元に戻る確率は無い、救う手立てはない。

  

 だから殺した、そうする事が慈悲と思ってしまったからだ。


「それでさ、あれだけ殺したのに何も感じなかった」


 自分達が殺される事なんて露にも考えていなかった無法者達、隙だらけの彼等に鉛弾をプレゼントする事は造作も無かった。

 一人、また一人と機械的に、作業的に処理していく、その過程で何かを感じた勘の良い奴は近付いて首を折った、鼾を掻いて寝ている者には短剣を突き立てた。

 誰にも見つかる事無く皆殺しにしてきた。


 そして、その事に対してノヴァは何も感じるところは無かった。

 殺人に対して罪悪感も嫌悪感も無い、心を揺さぶる事なく殺せた。


「マリナが言っていた怪物、間違ってなかったよ」


 今日この日、容易く積み上げられた死体の数が物語っている、ノヴァという器は大量殺戮を可能とする力と技術を持っていると。

 戦いになれば動じることなく最善手を打ち続けられる、それが可能となる程の経験と呼べるものがこの身体には宿っていた。

 その経験は何処から来たものなのか、心当たりがあるのはやはりゲームしかなかった。

 ゲームの中で資源回収の為と言って多くの敵を殺してきた、ミュータント、アンドロイド、人、敵対する存在は等しく殺し誰一人として生かさなかった。

 無論それはNPCだ、定期的にポップする存在、決められたプログラムに従うゲームで欠かせないモノでしかなかった。

 そのNPCを殺し続けた、身に着けた全てを奪い素材とした、殺す事で膨大な経験を得た、その全てがノヴァの身体を動かしている。


 ノヴァの身体は兵器である。その器に入った魂が悪性であれば文字通りこの世界を破滅させる事も可能だろう、それでなくても小さな組織や村を滅ぼすには十分過ぎる。

 だがそうはならなかった。ノヴァという器に入った魂は偶然か必然なのか分からないが善性だった、善悪関係なく自分本位に無暗に災禍を振りまくものではなかった。

 

 だがそれがどうしたと言うのか。ノヴァという器に入った魂が軋みを上げている、拒否反応を示そうとしている、本来であればあり得ない組み合わせの身体と魂なのだから。


 ノヴァはノヴァが怖い、今まで感じてこなかった異質な感情に飲み込まれそうだった。


「ねえ、サリア」


 水はもう流れてない、身体に振りかかった血の大部分は落ちている。

 穢れは洗い流した筈である、そうであってほしい、そんな事を思いながらノヴァは水に濡れた身体、その両手を動かして目の前に立つサリアの顔を優しく掴む。


「俺が怖い?」


 サリアの顔をノヴァは見る。

 自分で作った顔である、時に歯に衣を着せない毒舌を吐き、常にノヴァの傍に立ち、アンドロイドらしい冷静沈着さをもった彼女に似合う様に丹精込めて作った顔である。

 その顔を動かすシステムは彼女のメンタルに連動している、悲しければ、面白ければ、腹立たしければ、その感情を表情に出せる様になっている。

 彼女が何を思っているのかノヴァは知りたかった、恐れてるのか、怒っているのか、悲しんでいるのか。

 目の前に立つ男、今日必要に迫られて43人も殺して来た異常者にサリアが向ける感情は何なのか。


「はい、怖いです。貴方が人知れずにどこかに行ってしまうと考えると怖くて仕方がありません」


 サリアは恐れていた、怒っていた、悲しんでいた、だがそれはノヴァの思っていたものとは違っていた。

 ノヴァの両手の上からサリアは手を重ねる、機械式の硬い手が壊れない様にノヴァの手を優しく包む。


「ノヴァ様、私は私の狂った復讐を肯定して頂いたとき、マリナとの再会が叶った時に決めたのです、貴方に私の全てを捧げる事を。貴方が怪物であろうとそれは変わりません」


 ノヴァが大勢の人を殺した、それが何だと言うのだ。

 サリアにとってノヴァは己を全てを捧げて尽くす人なのだ、人であろうと怪物であろうと変わらない、サリア自身が決めた事なのだから。

 たとえノヴァが人類を殺し尽くしたとしても傍を離れるつもりはない、サリアにとって善悪は絶対ではなく価値基準の一つでしかないのだから。


「そうか……そうか」


 自我を手に入れたアンドロイドと言えど今のノヴァの姿は恐ろしく悍ましいモノ、そんな風にノヴァは考えていた。 

 だが、サリアの言葉はノヴァにとって予想外の物であり、何よりその言葉は揺らぎ掛けたノヴァを落ち着かせた。


「ゴメン、色々ありすぎて変に思い詰めていたらしい」


「そうですね、此処は長く滞在するべきではありません。一刻も早く退去するべきでしょう」


 ノヴァの表情が暗く自傷めいたものから柔らかいものへ変わったのを見てサリアは安心した。

 そして何より問題なのがノヴァの精神が疲労している事だ、その原因がこの無法の街にあるのは明らかでありサリアは可能な限り早く街から離れる事を提案する。


「そうだな、必要な物は手に入れたから直ぐに此処から離れよう」


 そう言ってノヴァは懐から医療アーカイブに関するデータが収まったストレージをサリアに差し出す。

 ストレージは何の変哲もない金属製の長方形の形をしている、だが中に詰まっているのはこれまで連邦が積み上げて来た医療知識、それをアーカイブ化した物だ。

 その中身を損なわない為にも念の為に用意した保管用の器材の中に厳重に保存する。


「それと……これも頼む」


「このストレージは何ですか?」


「病院の地下にあった生物兵器、クリーチャーに関する記録、そしてルナリアの詳細なカルテが収まっている」


「……やはりこの街の関係者でしたか」


「ああ、だけど俺達の想像外の境遇だった。記録によればルナリアには父親も母親もいない、只の素材として生み出されていたよ」


「……そうですか」


 地下で見つけた生物兵器に関する記録、素材として集めた人間から不要な卵巣と精巣を摘出、廃棄するところを卵子、精子を摘出し人工授精させ母胎となる子宮に移植する。

 母体に選ばれたのは失敗作のクリーチャー、その中で子宮が利用可能なモノを選んで再利用していた。

 

 白衣の集団によって計画的かつ効率的に行われた人の繁殖だった。

 

 使い捨ての母胎、胎児への悪影響を全く考慮せずに行われた遺伝子操作と投薬によって急速に成長していく彼等は出産と同時に隔離され最低限の育成期間を経て素材として消費される運命だった。


 だが地下で事故が起こった、生物兵器の一体が突如制御不能となり暴走を起こした。

 地下施設を散々に破壊し暴れ殺し回ったその最中にルナリアは他の素材とされる子供達と殺される筈であった。

 たがそうはならなかった、施設が破壊され剥き出しになった配管、海に通じている其処へルナリアは吹き飛ばされた。

 記録はそこで終わりだ、最初から生存は不可能と判断され捜索が行われる事はなかった。


 その結果として彼女は街の下水から海へ流され、そしてノヴァ達の所で打ち上げられた。


「知られたくなかったんだろうな、だから街へ行かないでと引き留めたんだろう。サリア、ルナリアの様子は分かるか」


「マカロンからの定期通信によれば不安がっています。それで彼女をどうしますか?」


 サリアにはマカロンからルナリアの情報が常に伝えられている。

 ノヴァとサリアが街に向かった後に布団に包まりながら泣いていた事も、泣き疲れて今は眠っている事も知っていた。

 その様子から裏など無く、本気で悲しんでいる事をサリアがノヴァに伝える。

 それを聞いたノヴァは少し間を置いてから口を開いた。

 

「サリア、俺はあの子の父親になろうと思う」


「でしたら母親が必要ですね、ノヴァ様一人では子育ては無理でしょうから。ですが大事な事ですので彼女の前で言うべきと思いますが」


「そうだな、ルナリアのところに行こうか」


 サリアはノヴァの考えに反対する事なく同意する。

 それだけでなく自ら母親役に名乗りをあげ、ノヴァの足りない部分を指摘する。

 全くの正論であり反論も何も無いノヴァは苦笑いをしながら頭を掻くしかなかった。

 だがノヴァにとっての1番の問題は解決した、後は畜生に対する対策だけなのでやるべき事を順次こなしていくだけであり気が楽であった。


「沿岸部拠点を一時的に破棄しようと思う」


「街の無法者がそれ程危険ですか?」


「いや、街にいる大部分の奴等への対処は可能だろう。個人の戦闘能力は如何に見積もっても低いのは間違いない」


 個人で見れば弱い、ノヴァが時間を掛けられるなら一人で殲滅する事も可能だろう。

 だがそれは無法者がゲームの様に決められた単純なルーチンに従っている場合だ。

 奴等は馬鹿であるが愚かではない…いずれ気付くだろうし何より一人一人を丁寧に殺すには数が多すぎる。

 だが態々一人で戦う必要は無い、アンドロイド達を動員すれば正面から早くねじ伏せる事が可能だ。


「問題はそれ以外だ、ドクターと呼ばれる人物が率いる白衣の集団が生み出す生物兵器、いやクリーチャーが厄介だ」


 不確定要素の一つが奴等が運用しているクリーチャーの数と種類だ。

 幸いにも実験記録は入手できたので解析を進めれば弱点や対応策を見付ける事は簡単だろう。

 だがそれに対応した装備を整えるとなると時間が必要だった。


「最後にあの街を支配するゾルゲと呼ばれる男の戦闘能力、全身サイボーグで強いらしい」


 ノヴァ達がいる街は最初から荒れ果てた無法の街ではなかった。

 平和な街を無法者とクリーチャーを率いてゾルゲが攻め落とし支配した事で今の様な街に変えられてしまった。

 街の自警団達は懸命に抵抗したが数と質が揃った暴力には叶わなかった。

 そんな凶悪な存在を率いるゾルゲが弱い訳がなく、自警団やボスの座を掠め取ろうとした馬鹿を一方的に殺せるくらいには強いらしい。


「敵の正確な戦力評価が出来ていない、それが此処を一時的に破棄する理由ですか」


「そうだ、元からミュータント相手には対策は取れているが街に巣くう畜生共に対する用意は皆無だ」


「分かりました、航空偵察を要請して監視を強めます。それと段階的に施設を分解して本拠地への輸送も並行して行います」


「ああ、頼む」


 ノヴァの指示に対しサリアは適切な行動を部隊に通達していき、他の場所の隠れていたアンドロイドも集まり街を離れる準備を整える。

 その作業を廃墟の壁に寄りかかりながら見ていたノヴァ──だが突如病院から爆発が起こった。

 視線を病院に向ければ一度の爆発だけでなく、二度、三度と立て続けに爆発が起こっていた。

 この爆発はノヴァが企図したものではない、ならば誰が行ったと考えるが答えは直ぐに分かった、爆発に紛れて何人もの雄叫びが聞こえて来たからだ。


「あれは……いわゆるレジスタンスか」


 ノヴァが病院で助けた男達も何人かいる。

 彼等は粗末な武器と無法者達から剝ぎ取った武装で暴れている。

 それが何を目的にしたものかは分からないがこれでノヴァが暴れた痕跡は上書きされ、正体が露見する可能性は低くなった。

 

「助けはしたけど、その分彼らの目を引いておいてくれよ」


 このままであれば近い将来レジスタンスは跡形も無く潰されるだろう。

 それでゾルゲが街を完全掌握したら行動範囲を広げる可能性がある、それを防ぐ為にもレジスタンスには頑張ってほしい。

 今日の助けがどれ程の影響かは分からないが多少はレジスタンスの延命が出来た筈だろう。


「ノヴァ様、撤収作業は終わりました」


「ああ、それじゃ帰ろうか」


 闇に紛れノヴァ達が街を去る、もう二度と此処に来ないとノヴァは決めていた。

 爆発と雄叫びと悲鳴が沸き上がる病院に目を奪われた誰もかもがノヴァ達に気付くことは無かった。 






 拠点に帰ったノヴァ達は各々がすべき仕事を行う、施設を解体し輸送、巡回範囲を広げて警備を固めた。

 そしてノヴァはルナリアに街で見た事を包み隠さず伝え、改めてルナリアの父親になる事を伝えた。

 信じられないと泣きながら言い出すルナリアだが最後には受け入れてくれた。

 改めてパパと呼ぶルナリアをノヴァは身体の本格的な治療の為一足先に本拠地に送ることにした。

 第一陣に交じりながらルナリアは本拠地に向かう予定だった。

 手抜かりは無い、護衛のアンドロイドを十分に配置しての移動だった。

 

「緊急連絡、ルナリア様の乗った第一陣が何者かに襲撃されました!」


 沿岸拠点に詰め掛けるアンドロイドからの知らせを聞いたノヴァは手に持った端末を落した。

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