同年同日 福岡県遠賀郡水巻町
伊豆宏明は頭を抱えていた。
店の前には街宣車が止まっていて、大音量で軍歌を鳴らし続けている。日本青年社という右翼団体の街宣車だ。街宣車は朝の6時ごろからずっと店の駐車場で軍歌を流し続けている。ここ最近、というか1週間、朝6時から夜9時近くまで店の前で軍歌を流し続けているものだからたまったものではない。
一応営業妨害と言って本社に連絡したが、本社は地元の警察に届け出ろという。それで警察に問い合わせたが、警察は『結社の自由、宗教の自由は憲法に保障されている権利です』と某左翼政党の様な事を言う。街宣車には人が乗っていない。無人である。街宣車を置いてスピーカーのスイッチを入れるとどこかに行ってしまうのだろう。車の中のスピーカーのスイッチを切ろうとしたが車にはロックが掛かっていて中に入れない。日本青年社の本部にも一応連絡したが、常に留守番電話である。どんな組織なのだろうか。
朝から駐車場で大音量の軍歌を流されては客も気味悪がって近寄らない。売り上げは下がる一方だ。本社からは売上が下がっているので何とかしろと言われるが、「警察に街宣車の件を伝えても取り合ってくれません」というと「それは仕方ありませんが売上を上げてください」と無茶なことを言う。もう八方塞がりである。バイトもことごとく辞めていく。今いるのは宏明と中国人バイトぐらいだ。
午前9時、仮眠を取った宏彰が事務所から出てきた。ぼんやりと天井を眺めながら宏明は中国人バイトに話しかける。
「お客さん来たか?」
「七時からシフトに入ってイマスガ、トモダチが数人アルファケンタウリから」
「あるふぁ?」
「いやマダ誰も来ていません。ご了承ください」
「そうか。こっちは昨日の午後5時に入ったけど、夜中の12時にタバコを買いに来た客が来てから1時間以上誰も来なかったから寝てしまったんだが、その間ベルが全然ならなかった、てことは誰も来なかったんだな」
「午前7時に入ったとき、テンチョウがぐっすり寝ていたので、アエテ起こしませんでした。ご了承下さい」
「だからその、ご了承ください、はやめなさい」
「もうクセになっていまス。ご了承ください」
「はあ」
宏明はため息をついた。そして無言で事務所に入ろうとした。
「寝ますカ?ご了承ください」
「客がいなんじゃ仕事にならんからな」
と、そのときである。空気を揺さぶる音がした。コンビニの外壁が崩れる音がした。窓ガラスも強烈な音を立てている。雑誌がバタバタと落ちていく。
「な、何事だ?」
宏明と中国人バイトは慌ててドアを開けようとしたが、突風で自動ドアが緊急停止してしまいうごかない。裏口から店の外に出たがあまりの突風でずっこけた。軍歌は相変わらず流れ続ける。丈夫な街宣車である。
強風の中、なんとか這って店の前に行くと、街宣車しか止まっていない広い駐車場に空飛ぶ物体が降りてきていた。プロペラが二つある灰色の機体だ。この機体は最近UFOだと巷を騒がせた…、中国人バイトが叫ぶ。
「オスプレイですね!ご了承ください!」
オスプレイ?
そうだった。
先日のUFOはオスプレイだと政府が認めたせいで、メディアにはオスプレイの写真がたくさん出回っていたから見覚えがあったのだ。まさかこんなところで出くわすとは。しかし、何でここにくるのだ?車で走る人たちも車を止めてオスプレイを見ていたが、オスプレイそのものだとわかってみなかったふりをして去っていった。広い駐車場に、軍歌を流し続ける街宣車とオスプレイが止まっている。この店はどうなるのだろう。
宏明と中国人バイトがぼんやりしているとオスプレイのハッチが開いた。そして、白い装束、いや、白いTシャツを着た三人の男が降りてきた。あれは土地転がしだ。そしてその間で縄に縛られているのは…。
「弓彦!」
弓は叫んだ。なぜ息子がこんなところに?土地転がしは2人で歩きながら話している。
「伊丹から30分でこれるんやんか。福岡は近いな」
「青年社のオスプレイがこんなところで使えるとは思いませんでしたわ。お義父さん」
「ここでは社長と呼ぶんや」
「すんまへん、社長」
土地転がしは漫才のような会話をしながら宏明の前に立った。オスプレイのプロペラが止まった。ようやく立てるようになった。
「伊豆宏明はん」
「ハイ?」
「時間や。約束の期限や。断ると息子はん、コンクリ詰めて大阪湾に沈めたるで」
浅黒い顔をした社長が言うと、怪獣のような顔をした付き添いが答えた。
「社長、ここは洞海湾やないんですか?」
「せやな。洞海湾でも響灘でも周防灘でも好きなところに沈めたるで」
「おいって!やめろってもんよ!」
縄で縛られた息子が悲痛な声を上げた。
「このままウン、と言わへんとあの街宣車店にぶつけるで」
社長が脅す。宏明はいよいよ焦り始める。
「それだけは勘弁を」
「さあどうや?うんと言わんか?」
「でも私が退職金をはたいて買った店なんです。そんなことされると私の未来が…」
「あろうがなかろうがこん土地は日本青年団に取られてしまいや。ほな、さいなら」
社長は白い歯を出して笑うと、ポケットからリモコンを取り出した。
「スイッチ、オンや。この車は敵対勢力への特攻用やから馬力があるんや。よくサヨクのアジトをこの車で突っ込んで破壊しとるからな」
「やめてください!」
社長はスイッチを押した。オスプレイの下降中もびくともせず、軍歌を流し続けていた街宣車のエンジンがかかる。街宣車は突如スピードを出すと店に突っ込んだ。
一瞬だった。宏明と弓彦は叫んだ。
「やめてください!」
「おいって!」
街宣車が突っ込む瞬間はなぜかスローモーションに見えた。ホームラン王の王貞治は全盛期の頃、ボールが止まって見えたらしい。きっとそれと似たようなものなのだろうか。
店が爆発した。カ〇アゲくんの油が街宣車のガソリンに引火したのか。
宏明は爆風で吹き飛ばされた。
数秒、いや、数時間が経ったのか。よく時間感覚がつかめない。
早期退職した旅行代理店に入社した当時のフレッシュな自分と、2人の子供に恵まれた夫婦円満な結婚生活がまるで走馬灯のように過ぎ去ってゆく夢を見ていた。二日酔いの次の日のような強烈に重い頭をもち上げてようとしてもなかなか持ち上がらない。
金縛りにあったような全身を引きずりながら、ゆっくりと宏明は起き上がった。青と白のストライプのユニフォームが砂で汚れている。
「あれ?」
宏明の目の前には何もなかった。開店前の更地があるだけである。
街宣車も、オスプレイも、土地転がしも弓彦もみんな消えていた。
「え?ちょ、ちょっと…」
宏明はぼんやりと立ち上がってほこりをはたいた。隣には中国人バイトが立っていた。
「チョット店長がアンマリなのでミンナ消えてもらいました。ご了承ください」
「その言い方は正しいぞ。だいぶ日本語が上手になったんじゃないのか?」
「でもちょっとヤリスギタノデ私はカエリマス。ご了承ください」
「え?」
宏明はもう一度中国人バイトの顔の姿を見た。その姿はなかった。
「あれ?誰かいたっけ?まあいいや」
更地になったコンビニの前で、宏彰はぼんやりと空を眺めた。
同年同日 大阪府大阪市
私が籾井と京都観光を終え、大阪市内のお好み焼き屋「おもろい女」に帰ってきたのは18時過ぎだった。富士山のおばちゃんと3人でお好み焼きを食べていた。2日連続で粉もんなのになぜか飽きずに食べ続けていた。
おばちゃんが聞く。
「どこに行きはったの?」
「朝一で出かけましたから、いろいろ回れましたよ。市内見て、大原の三千院にも行きましたし。さすがに鞍馬は無理でしたが。でも大原のバス乗車音はいずみたくなんですね。笑っちゃいましたよ」
「よかったですな」
たわいもない会話をしていると、店のドアが開いた。弓彦が疲れた顔をして突っ立っていた。
「あら、飲塚はん。疲れ切って」
富士山のおばちゃんが憔悴しきった顔の弓彦を見て驚いた。
「どないしたの?」
「おいって、宗右衛門横丁でキュンと…」
「キュン?」
私が聞く。ついに出てしまったのか、禁断の不倫相手の名前が。まさか本人の口から出るとは。弓彦は動揺する。
「お、おいって、そんなことどうでもいいって。俺っち疲れたから休むって」
「あ、そう」
籾井は関わりたくないそぶりを見せた。私は弓彦が疲れているのを引き留めなかった。宗右衛門横丁で何が起きたのか、あえて聞かなかった。聞いたとしても何も答えてはくれまい。弓彦はよたよたと部屋に戻っていった。
次の日は、京都から少し離れた宇治の平等院や伏見稲荷を回ったが、泰彦は昨日の疲れがあるのか、相変わらず私たちの相手をしようともせず、観光名所に興味も示さなかった。福岡へ帰る最終日も、鈍行列車に乗り1日がかりで福岡に移動したが、泰彦は宗右衛門横丁で何が起こったのかを一切語ろうとしなかった。




