1999年8月 京都府京都市
午後4時。私は無事京都太秦広隆寺にたどり着いた。
朝、午前6時に山手線西日暮里駅を出発し東海道線をひたすら西に向かう。ほぼ10時間電車に乗っていたことになる。首都圏は快速が多いのでスムーズに抜けるが、静岡県に入ると鈍行しかなく、茶畑と富士山を眺めていた。しかし、愛知県に入ると状況は一変する。人が増え快速列車が進み、かなり快適になった。おかげで後半はストレスを感じずに旅を進めることができた。
広隆寺に着いた。京都市内では街宣車がひっきりなしに軍歌を流し続けている。
境内には、うろうろしながらタバコをふかしている弓彦と、その隣でぐったりしている籾井の姿があった。対照的である。泰彦は相変わらず小汚い「1MARK」と書かれたシャツを着ている。
「隣にいると臭いしうろうろするし座ってても肩揺らしたり貧乏ゆすりしたりして全く落ち着かなくて気疲れしたよ」
「俺っちはそうでもないってもんよ」
「あんたはね」
桃井はぶつぶつ言うが、弓彦は平然と煙草をふかしている。お寺の境内である。国宝であり、世界遺産にも登録されているお寺なのだが。
籾井と弓彦は鈍行列車だと博多発の始発に乗ったとしても午後四時の京都には集合できないと判断し、深夜バスに乗って岡山まで向かい、そこから鈍行・快速を乗り継いで京都に着いた。到着したのは比較的早く、昼過ぎには京都駅をぶらぶらしていたという。
いくつか観光名所を回ったらしいが、弓彦は拝観料がかかると言って入らない。かといって拝観料のかからない神社に入ったところで何の興味もないようで、ぶらぶらしながらタバコをふかしている有様。さすがに籾井は怒り、「何しに来たんだ」と言うと「俺っち京都に興味ないってもんよ」という始末。関西に興味はあっても京都には何の思い入れもないことが十分わかったと籾井はため息交じりに語ってくれた。私たち3人は広隆寺の観光を手早く済ませ、大阪府に向かうことにした。
弓彦の目が変わったのは京都から大阪に向かうJR京都線の中である。午後6時を過ぎ、ラッシュ時でせわしなく人が動き回る中、ただでさえ落ち着きのない弓彦はいつも以上に肩を揺らしながら、というか震わせ、目はきょろきょろしている。私たちはJRと地下鉄を乗り継ぎ、駅に降り立った。駅周辺には『宇宙人襲来Ⅲ』のポスターが並んでいる。先日の『UFOは実は米軍の新型ヘリだった』という政府発表の燃料投下もあって大ヒットでロングラン公演だそうだ。
最近全国展開し始めた右翼組織・日本青年社の街宣車が大音量で軍歌を流し続ける中、私たちが降り立ったのは天下茶屋というものすごい名前の駅だった。天下茶屋はなんでも楠木正成の子孫がやっていた茶屋であり、水がよく、かの関白秀吉がこの水を使ってお伴の千利休に茶を点てさせたところ、味の良さに感激。そこでこの泉に「恵の水」の銘を、この茶屋に与えた。そこから関白殿下の「殿下茶屋」、天下人の「天下茶屋」と呼ばれるようになったという。
また、「天下茶屋の仇討」という歌舞伎の演目もある。備前国の戦国大名・宇喜多秀家の家老・林玄蕃は、当麻三郎右衛門に闇討ちにあった。その子・重次郎と源三郎の兄弟は苦心の末、当麻が伊藤将監と変名して豊臣氏の家臣・大野治長の家来となっているのをつきとめた。兄・重次郎は返り討ちにあったが、弟・源三郎は家来の助力によって、天下茶屋で父と兄との仇を討った。そんな歴史の舞台である。
駅の前では籾井の親戚のおばちゃんが出迎えてくれた。
「遠いとこからよう着たわね。富士山です」
ふくよかなおばちゃんである。名の示す通り、そんな名前の喜劇俳優にそっくりである。今にも舞台に立って夫婦善哉をやりそうな勢いだ。
「あそこはうちの家です」
富士山のおばちゃんは指差した先にはうまいのか下手なのかわからない、しかも巨大マジックで書いたかのような極彩色で、縦書きの「お好み焼き・おもろい女」というすごい看板が立っていた。こういうセンスは関西位にしかないと私は感心した。店は閉まってる。いつもは営業しているが、平日だし週末でもないので閉めたという。私たちが滞在中はお休みするのだそうだ。それで経営はうまくいくのだろうか。少し心配になったが、おばちゃんはあまり気にしてなさそうである。
「ここです」
案内されたのはそんなお好み焼き屋の2階だった。おばちゃんによると普段はここに寝泊まりしているが、家に帰るので3日間は自由に使ってよいとのことである。寝るところはこっち、と連れていかれた先が大阪松竹の舞台だったらどうしようかと思っていた私はほっとした。
お好み焼きの焦げた匂いがこびりついた部屋に入ると、富士山のおばちゃんはさっそくホットプレートを取り出し、「本場のお好み焼き見ときいや」と威勢のいい声を出して三人前をあっさり作ってくれた。弓彦のTシャツを見てマルクって何やと笑いながら。私たちは絶品のお好み焼きを口にほおばりながら、鞄の中から荷物を出した。
「これはお土産です。ご家族で」
「あら、おおきに」
籾井と私は暑さで少し傷んだ明太子と何種類かの箱ラーメンを渡した。明太子は樽に入った駅で売っている一番高級なものだ。こんなものは福岡県民でもそうそう食べたことはあるまい。富士山のおばちゃんはたいそう喜んだ。そして弓彦も何かをくれるだろうかと思って鋭い目を向ける。
「おいって。これって」
「おおきに」
弓彦は某コンビニの袋に入ったお菓子をがっさりと渡した。おばちゃんの目がひきつる。
「売れ残りってもんよ。中には河童神社のせんべいも入ってるってもんよ」
「あ、そう」
富士山のおばちゃんは袋を投げるように置くと、私たちの顔を見て笑顔で話しかけてきた。
「明日はどこ行くの?」
「京都のいってないとこ。少し早めに出て大原あたりに行ければと思っています」
「あら。あっちは空気もきれいだからね。大阪も回ってくれればうれしいんだけど」
「子供の頃に行ったから今度は京都なの」
籾井がそう言うと、弓彦が口一杯にお好み焼きをほおばりながらおばちゃんに話しかけた。
「おいって、宗右衛門横丁はどこだってもんよ?」
「そーえもん?誰それ」
籾井が聞く。おばちゃんが投げやりに答える。
「そえもんちょうね。ここから地下鉄ですぐや。なんばからすぐ。何でそんなとこ行くの?新世界や道頓堀や戎橋やら見るとこいっぱいあるのに」
「それはまあいいってもんよ。おいって、明日は別行動って」
「あ、そう」
籾井はうなずいた。たしかに別行動を取った方がゆっくりと観光できると踏んだに違いない。
「いってもいいけど変なトラブル起こすなよ。道に迷うとか」
「まぁ」
籾井の言葉に富士山のおばちゃんはケタケタとふくよかな体を揺らして笑った。会って20分足らずで弓彦の人となりは大体わかったようだった。
旅行2日目にして別行動をとることになった私たちだったが、この宗右衛門横丁で、弓彦に人生最大の事件が降りかかるのである。




