表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

こころのサプリメント

ハヤブサ山のばあさま

作者: イトウ モリ


 むかーしむかし、ハヤブサ山と呼ばれるたいそう険しい山があっての。

 そのハヤブサ山に、ばあさまが一人で住んでおった。


 ばあさまと一緒に住んでた相棒のじいさまは、夏のはやり病でぽっくりとあの世へいっちまってな。

 ばあさまはそれからというものひとりっきりで裏の畑を耕し、少ない食べ物でほそぼそと暮らしておったそうな。


 だけどもな、ひとりぼっちでも、ばあさまは全然さみしくなかったんだと。


 それというのも、毎晩ばあさまが床につくとな、決まって夢の中にハヤブサが現れて、ばあさまを夜の空へと連れ出してくれたんだそうな。



 その山はハヤブサ山と言うだけあってな、たいそうたくさんのハヤブサがおったそうな。



 まだじいさまが元気だったときに、ケガをしたハヤブサを拾ってきたことがあっての。


 その拾われたハヤブサは、そのまま弱って死んでしもうたんじゃが、夢に出てくるハヤブサは、その時のハヤブサだとばあさまは信じておったんじゃ。




 ある晩のこと、それはそれはひどい風の吹く寒い夜じゃった。


 ひとりの坊さんが、山越えできずに寝床を貸してほしいと訪ねてきよった。


 ハヤブサ山はめったに人が寄りつかん山じゃったからの、ばあさまはたいそう喜んで坊さんをもてなしたんじゃ。


 すると坊さんは、壁に飾ってある縞模様の羽を睨んでな、こう言ったんじゃ。


「もし、おばあさん。どうもあの羽から、なんとも良くない気が出ているぞ。拙僧めが供養してもよろしいか」


 じゃがばあさまはにこにこと笑ってこう返したんじゃ。


「あれは花子の形見じゃから、そのままにしとっておくれ」


「花子?」


「わしら夫婦にゃ女の子がおらんかったでなあ。じいさまが連れてきたハヤブサの花子は短い間じゃったが、わしらの娘みたいなもんじゃて。

 さみしがってたわしらのために、こんなきれいな羽を形見に残しとってくれたんじゃ。こりゃあわしの宝物じゃ、いくら坊さんだってこれはやれん」


 坊さんは納得いかずにウンウンとうなっておったが、ばあさまがあんまり強情だったもんで、結局そのまま床につくことになったそうな。



 翌朝、坊さんは泊めてもらったお礼にとありがたい御札をばあさまに渡して、山を降りていったんじゃ。


 ばあさまがその御札をどうしたかというとな、火にくべて燃やしてしまったんだと。


 坊さんが来た晩から、ハヤブサが夢に現れなくなってしもうての、ばあさまはさみしくてさみしくてたまらんかったらしい。



 ばあさまが御札を焼いたその晩のことじゃ。


 ばあさまが床の支度をしているとな、家の戸を叩く音がしたんじゃ。


 ばあさまが戸を開けるとな、若い女が一人で立っていたそうな。


 ばあさまはそれはそれは喜んで迎えたそうな。



 その晩、ばあさまはそのまま床につくとな、そのままもう目覚めることはなかったそうな。



 ほい、おしまい。






「ちょっとまってよ、じっちゃん。それで終わり?」


「ん。終わりじゃ」


「ばあさまはどうして起きなかったの? 若い女の人はどうしたの?」


「うんうん、あの世でじいさまがさみしがってると聞かされてな。そりゃ大変だ、行かんばならんと、ばあさまはその夜のうちに旅立っていきよったんじゃ」


「え? どうやって?」


「あんまりじいさまがさみしそうだから、見かねた花子がばあさまを迎えに来たんじゃよ」


「花子? 花子ってハヤブサの?

 もしかしてさっきの若い女の人が?」


「そうじゃ。あのじいさまはさみしがりやで困ったもんじゃ。わしゃとっても恥ずかしい」


「じっちゃんはそのじいさまと知り合いなの?」


「そのじいさまは、わしの親父さまじゃ」


「えー! じゃあ……じゃあ……今の話って……」


「本当の話じゃよ。

 ばあさま……つまり、わしのお袋さまが花子と一緒にわしの夢ん中に現れてなあ、全部説明していきよったのよ。

 あわててハヤブサ山に駆けつけてみりゃ、なんとも穏やかな顔の仏さんになっとった。

 いやー、ありゃほんにたまげたたまげた。はっはっは」


「えー! じっちゃんずるい! おらもハヤブサ山のばあさまとハヤブサの花子に会いたいー!」


「ほらほら、そんなに大声出すんじゃない。

 わかったわかった。じゃあいつかその日が来たら、じっちゃんがお前の夢に遊びに行ってやるから」


「えー! じっちゃんじゃなくてハヤブサ山のばあさまとハヤブサの花子がいいー! 普通のじっちゃんは別にいいよー!」


「おいおいそりゃああんまりじゃろうが」




 おしまい。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 素朴な日本昔話風の物語で、ちゃんと恩返しで、人情味豊かで、私のように汚れた物語しか書けない者には清涼剤でした。 語り手の構造も素晴らしい。 [一言] はやぶさの花子が出来過ぎの娘だと思いま…
[一言] わわわ、お話に続きがあったんですね。 おばあさん、それで良かったのかなぁ。
2024/01/03 14:07 退会済み
管理
[一言] 最後の孫がじいちゃんに対して言った言葉に ちょっと吹き出してしまいました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ