ハヤブサ山のばあさま
むかーしむかし、ハヤブサ山と呼ばれるたいそう険しい山があっての。
そのハヤブサ山に、ばあさまが一人で住んでおった。
ばあさまと一緒に住んでた相棒のじいさまは、夏のはやり病でぽっくりとあの世へいっちまってな。
ばあさまはそれからというものひとりっきりで裏の畑を耕し、少ない食べ物でほそぼそと暮らしておったそうな。
だけどもな、ひとりぼっちでも、ばあさまは全然さみしくなかったんだと。
それというのも、毎晩ばあさまが床につくとな、決まって夢の中にハヤブサが現れて、ばあさまを夜の空へと連れ出してくれたんだそうな。
その山はハヤブサ山と言うだけあってな、たいそうたくさんのハヤブサがおったそうな。
まだじいさまが元気だったときに、ケガをしたハヤブサを拾ってきたことがあっての。
その拾われたハヤブサは、そのまま弱って死んでしもうたんじゃが、夢に出てくるハヤブサは、その時のハヤブサだとばあさまは信じておったんじゃ。
ある晩のこと、それはそれはひどい風の吹く寒い夜じゃった。
ひとりの坊さんが、山越えできずに寝床を貸してほしいと訪ねてきよった。
ハヤブサ山はめったに人が寄りつかん山じゃったからの、ばあさまはたいそう喜んで坊さんをもてなしたんじゃ。
すると坊さんは、壁に飾ってある縞模様の羽を睨んでな、こう言ったんじゃ。
「もし、おばあさん。どうもあの羽から、なんとも良くない気が出ているぞ。拙僧めが供養してもよろしいか」
じゃがばあさまはにこにこと笑ってこう返したんじゃ。
「あれは花子の形見じゃから、そのままにしとっておくれ」
「花子?」
「わしら夫婦にゃ女の子がおらんかったでなあ。じいさまが連れてきたハヤブサの花子は短い間じゃったが、わしらの娘みたいなもんじゃて。
さみしがってたわしらのために、こんなきれいな羽を形見に残しとってくれたんじゃ。こりゃあわしの宝物じゃ、いくら坊さんだってこれはやれん」
坊さんは納得いかずにウンウンとうなっておったが、ばあさまがあんまり強情だったもんで、結局そのまま床につくことになったそうな。
翌朝、坊さんは泊めてもらったお礼にとありがたい御札をばあさまに渡して、山を降りていったんじゃ。
ばあさまがその御札をどうしたかというとな、火にくべて燃やしてしまったんだと。
坊さんが来た晩から、ハヤブサが夢に現れなくなってしもうての、ばあさまはさみしくてさみしくてたまらんかったらしい。
ばあさまが御札を焼いたその晩のことじゃ。
ばあさまが床の支度をしているとな、家の戸を叩く音がしたんじゃ。
ばあさまが戸を開けるとな、若い女が一人で立っていたそうな。
ばあさまはそれはそれは喜んで迎えたそうな。
その晩、ばあさまはそのまま床につくとな、そのままもう目覚めることはなかったそうな。
ほい、おしまい。
「ちょっとまってよ、じっちゃん。それで終わり?」
「ん。終わりじゃ」
「ばあさまはどうして起きなかったの? 若い女の人はどうしたの?」
「うんうん、あの世でじいさまがさみしがってると聞かされてな。そりゃ大変だ、行かんばならんと、ばあさまはその夜のうちに旅立っていきよったんじゃ」
「え? どうやって?」
「あんまりじいさまがさみしそうだから、見かねた花子がばあさまを迎えに来たんじゃよ」
「花子? 花子ってハヤブサの?
もしかしてさっきの若い女の人が?」
「そうじゃ。あのじいさまはさみしがりやで困ったもんじゃ。わしゃとっても恥ずかしい」
「じっちゃんはそのじいさまと知り合いなの?」
「そのじいさまは、わしの親父さまじゃ」
「えー! じゃあ……じゃあ……今の話って……」
「本当の話じゃよ。
ばあさま……つまり、わしのお袋さまが花子と一緒にわしの夢ん中に現れてなあ、全部説明していきよったのよ。
あわててハヤブサ山に駆けつけてみりゃ、なんとも穏やかな顔の仏さんになっとった。
いやー、ありゃほんにたまげたたまげた。はっはっは」
「えー! じっちゃんずるい! おらもハヤブサ山のばあさまとハヤブサの花子に会いたいー!」
「ほらほら、そんなに大声出すんじゃない。
わかったわかった。じゃあいつかその日が来たら、じっちゃんがお前の夢に遊びに行ってやるから」
「えー! じっちゃんじゃなくてハヤブサ山のばあさまとハヤブサの花子がいいー! 普通のじっちゃんは別にいいよー!」
「おいおいそりゃああんまりじゃろうが」
おしまい。