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【1】春を忘れた国

 遡ること、数時間前。

 カーディアーカ王国最西端の都市、ワグナール。



 どれだけ朝に弱くとも、窓を開ければたちまちに眠気が吹き飛ぶのが、この冬の唯一のイイところだとエコウは思っている。

 物心ついた頃から変わり映えのしない鈍色の空が、年中地上に雪化粧を強要するからだ。


 暦の上ではとうに春は過ぎているというのに、分厚い雪雲は今日も飽きずに雪を吐き出している。

 エコウたちの世代ではそれが当たり前。


 祖父母の時代では朝になればタイヨウとやらの光で自然と目が覚めたというので、羨ましい限りである。

 いまの時代ではタイヨウの役目は教会の鐘が担い、朝の到来を伝えている。お蔭で朝の気持ちのイイ微睡みとは二十年間縁がない。

 しかし今日という日は冷気にも鐘の音にも頼りことなく、一瞬で眼が醒めた。


「やばいやばい、寝過ごしたあああ!!」


 時刻は間もなく午前十時を迎えようとする頃。

 朝と言い張るには大変無理がある時間帯に、宿の一室でエコウは悲鳴を上げた。


 ベッドから飛び出たエコウは、昨日の内に手配していた蒸気機関車の切符を確認すると、ちょうど窓の外から汽笛の音が聞こえてきた。

 要するに寝坊をブチかましたことで切符は紙くずになりつつある、ということだ。


 冗談ではない。旅費は最低限しか持ってきていないのだ。買い直す余裕などないし、そろそろ小うるさい後見人からの追手が来る頃合いだ。

 何としてでもあの汽車に乗らなければなるまい。


 間違いなく人生最速で着替えを済ませると、ちょうど悲鳴を聞きつけて宿の従業員がドアをノックしてきた。


「お客様、どうなさいました?」

「ごめん! お金はベッドに置いておいたから、私はこれで失礼するよ!!」

「え? お客様!?」


 言いながら使い古したトロリーバッグと傘を手にして、窓を開け放った。

 容赦のない冷気が吹き込んできて、身体が縮まりそうになるが、窓の淵に足を掛けて身を乗り出す。


「お、お客様ッ!!? 早まらないで下さいっ!」


 異変を察した従業員が合鍵で部屋に入ってくる頃には、エコウは外に飛び出していた。


 エコウが泊っていた部屋は三階。高さにして約十メートルであり、飛び降りれば大怪我は免れない。眼下の通りに雪かきがされたばかりの固い地面が剥き出しになっている。


 しかしエコウの顔には焦燥はあっても恐怖は無い。

 飛び出すとほぼ同時にフリルが付いた傘を開くと、落下速度が大きく減衰。綿毛のようにふわりと風に乗り、隣の建物の屋根に苦も無く着地した。


「そ、そんな馬鹿な……」


 窓辺に駆け寄った従業員は何度も眼を擦った。

 当然だが傘を使ったぐらいで、人間は風に乗ることなど出来はしない。多少落下速度は落ちるだろうが、それだけだ。


「お金が足りなかったら、私の名前を出して王政に請求してくれ! あ、昨晩のご飯は美味しかったよ~!!」


 宿に振り返りながら、しかしエコウは建物と建物との間を傘で飛び越えていく。

 雪を被った屋根を危なげなく走る程度には運動神経は良いようだが、それだけではやはり説明は付かない。


 まるでお伽噺の妖精のように風に乗り、時には煙突の上昇気流を利用して高く飛び上がって、空の道を一人走る。


 街の大通りに近づけば嫌でも人目に付く。

 大人たちは先の従業員と同じく我が目を疑い、子供たちは無邪気にはしゃぐ。


 金の刺繍が入ったドレス風のローブを靡かせて、重そうなトロリーバッグを携えて傘で空を駆ける。

 この国では神聖視される、エコウに宿る特別な力を流用した荒業なのだが、寝坊を帳消しにするには至らなかったようだ。


 ようやく見えてきた駅から勢いよく水蒸気を吐き出す汽車が出てきた。

 切符は紙くずとなり、代金は単なる寄付と相成ったようである。


「くう……こうなったら!」


 急ブレーキをかけて、エコウは方向転換した。

 こうなったら飛び乗るまでた。


 まだ蒸気機関車は街の中だ。今ならば間に合うし、何より駅から乗らなければならない決まりはない……はずだ。


 先回りするように走りながら、エコウは左右に視線を走らせた。

 このまま愚直に走っても微妙に間に合いそうにない。先の煙突でやったように何かからエネルギーを貰わなくては。


 目当てのものはすぐに見つかった。

 というより、この国では必ずどの街の中心にはあれが聳えている。


 雲を縫うように枝葉を広げる、天を貫くような大木が。

 ――あれこそがこの国の象徴。


 王族貴族でさえ許可なく近づくことを禁じられている『世界樹』、その気根だ。

 幹の直径は五十メートルを超え、樹高八千メートルに迫る。


 その大気根へ目掛けて、エコウは走った。

 大気根はどの都市も高い壁に囲われて、その街の憲兵に守られているのが常だ。


 しかし屋根の上に警戒を払っている筈もなく。

 憲兵が頭上の人影に気付いた頃には、エコウは壁を越えていた。


「あ、ちょ――」

「ごめんよ。でも緊急事態なんだ。私に免じて見逃しておくれ」


 大気根に近づけば罪にさえ問われるというのに、法を犯した人間の顔でどう免じろというのか。

 責任を問われる警備の人間にとっては、弁解にもなっていない支離滅裂な言い分だ。

 真っ青になって憲兵が携行するライフルに手をかけた時だった。


 ふいに淡く緑かかった風が吹いた。

 身が竦むような冬のものでは無い。

 周囲に居合わせた誰もが自然と足を止めて、その温かさに顔を上げる。


 彼等の視線の先には傘で風を掴まえて、大きく弧を描くように上昇と加速を行うエコウの姿。

 大気根が彼女を運んだような不可思議な現象。


 しかし風にフードが外れ、押し込まれていた銀髪が露わになると――その光景は奇跡へと昇華された。

 誰ともなく膝を着き、両手を組んだ。


「世界樹の化身――エクシーダー様。どうか我らをお救い下さい」


 当の本人は祈りを捧げられていることなど露知らず。

 目論み通りに速度と高度を確保できたエコウは、街を高速で横断。足元で家々が高速で過ぎ去っていく。


「ふう……ギリギリ乗り込めそうかな」


 全力疾走でじんわりと掻いた汗が容赦なく冷えてかなり寒いが、無茶をしたおかげで蒸気機関車より先回り出来た。

 あとは重力に身を任せれば、丁度最後尾の車両に着地できるだろう。


 寝坊から一転、余裕が生まれて安堵の息が零れた。

 眼をひん剥いて驚く機関室の車掌に手を振ったりしながら、煙突の水蒸気とすれ違うと、いよいよ足元が汽車と近くなって来た。


 まだ汽車もそれほど速度は出ていない。着地は容易だろう。

 あとはどうやって乗務員に説明しようかと、早すぎる心配をした事が失敗だったのか。

 狙い通りに最後尾の車両の屋根に着地したその時に、汽車が大きく揺れた。


「わ、わわ、やばっ――!」


 慌てて両脚に力を込めたが、追い打ちをかけるように再び車体が揺れる。

 バランスを立て直す暇もなく、あっ思った時には足元から屋根が失せていた。


 今度は傘で落下を和らげる暇もない。

 やっぱり駅からちゃんと搭乗しなかったいけなったのか。それとも大気根を私的に利用した罰か何かか。だとしても体罰反対!


 などと自業自得の災難を誰かに責任転嫁していた刹那。

 ガクンという衝撃に見舞われたかと思えば、エコウは宙づりになっていた。

 足元を見れば駅へと繋がる二本のレールと、等間隔に並ぶ枕木が次々と流れていく。


 知らず、安堵の息が零れた。

 落ちた場所――連結部のデッキ部分に運よくいた人が救けてくれたらしい。


 それにしても大変な腕力と握力の持ち主だ。ちょっと息苦しいのはローブの首根っこの当たりを掴んでいるからだろう。

 エコウは比較的小柄とはいえ、落ちて来た人間を難なく掴んで止めるとは。そこも含めて幸運だった。


「いやあ、捨てる神あれば拾う神ありだね。おかげで」


 助かった――とは言葉は続かなかった。

 宙づりになりながら振り返った先に立つ人物、その異様な出で立ちに息が詰まったからだ。


 山羊の悪魔――そんな言葉が脳裏に浮かんだ。


 第一印象に相応しく、その頭は人ではない。

 剥製を元にした仮面だろうか。捻じれた双角が眼を引く動物の頭を被り、宝石や羽根で装飾している。見るからに分厚い毛皮のマントに身を包むその人物はかなりの高身長で、エコウとは頭一つ以上の身長差があるだろう。


 しかし外見以上に、エコウは眼の前の人物が纏う圧に気圧された。

 武芸がからっきしの彼女でも感じ取れるほどの、強大な力。もしくは生物としての性能の差ともで言うべきか。

 以前、王都の保護施設で肉食獣を間近に見たことがあるが、その時の感覚によく似ている。


 だが、どれだけ恐ろしくとも命の恩人だ。

 エコウを掴む腕は紛れもなく人間のものだし、ちゃんと汽車に乗っているではないか。

 生唾を飲み込んで、意を決したエコウは改めて感謝の意を述べた。


「た、助けてくれてありがとう。おかげで命拾いしたよ」

「……」


 ガタンガタンと、汽車の揺れる音だけが虚しく響く。


 聞こえていなかったのだろうか。

 山羊頭の人物はエコウを吊ったまま微動だにしていない。


 いや、気のせいか怒っている様な雰囲気さえある。もしかして乗務員の人だろうか。だとしたら飛び乗ったのはやはりマズかったか。

 出来るだけ朗らかに、かつ声を張って話しかけた。


「えっと……救けてくれて有難う! 君は命の恩人だ。御礼とその……こうなった説明もしたいから降ろしてくれないかい? あ、もちろん汽車にだよっ」

「…………ッ!」


 やっぱり怒っている!?


 ローブを掴む手に音がするほど力が込められ、剥製の眼が妖しく光った。実際には眼が光るわけでは無いが、今のエコウにはそう見えてしまった。


「ちょ、ちょっと待ってくれたまえ! 確かに正規の乗車手段じゃないけど、ちゃんと切符は購入しているんだ! 右の胸ポケットに入っているから、疑うなら確認してくれっ」


 慌てて弁明するが、山羊頭は全くエコウを下ろそうとしない。

 それどころかマントを払った反対の手が、腰の長剣に伸びようとしている。

 サァ、と元々色白なエコウの肌から血の気が失せていった。


「き、君!? いくら何でもそれはあんまりじゃ――」


 後ろ向きに掴まれているので碌な抵抗も出来ず、エコウはわけも分からず叫び散らした時だった。


「なんの騒ぎだッ!」


 デッキのドアから制服姿の男が出て来た。

 胸の記章を見るに、鉄道会社の乗務員のようだ。


 山羊頭より話が通じそうな人物だと安堵するのも束の間。乗務員が手にしている細長いものにエコウは眼を見開いた。

 見間違いでなければ、それは旧式ではあるがライフルだ。れっきとした兵器。


「どうして乗務員が銃を……」


 エコウの疑問を置き去りにして、状況は動いていく。

 武装した乗務員はこの状況を一瞥すると険しい表情を浮かべ、手にするライフルを山羊頭へと突き付けた。


「その人をどうするつもりだ、仮面憑き《グリームニル》!? 今すぐその人を降ろせッ!」


 エコウは焦った。

 この状況では無理もないが、乗務員は山羊頭がエコウに危害を加えていると勘違いしているらしい。

 詳しい説明をしようにも経緯が特殊で、なおかつ不明瞭だ。


「ゆっくりその人をこちらに渡せ。従わないようなら貴様の仲間を同じように叩き落すぞッ。当然報酬も無しだ!」

「……ちっ」


 山羊頭は舌打ちをすると、エコウを乗務員へと押し付けた。

 乗務員はたたらを踏みながらも受け止めると、後ろに待機していた仲間にエコウを預けて車内まで下がる。


「今度妙な真似をしてみろ。その場で射殺してくれる。貴様らのような罪人が法の庇護下にあると思うなよッ」


 脅しで無いことは乗務員の鋭い目つきと、引き金に指を掛けた銃を見れば容易に察せる。


 銃口を突き付けられながらも、山羊頭は動じる様子もなく直立不動。

 銃を構えたまま乗務員が車内へ完全に入った瞬間、ドアが閉められた。


 鍵が掛けられたところで、張り詰めていた空気が弛緩し、緊張が解かれていく。

 それは乗務員だけでなく、乗客も同様であるようだった。


 誰もが剣呑な、あるいは忌避や恐れを露わにし、それを象徴するようにドア付近の座席は空席だった。

 唯一状況が飲み込めないままのエコウに、振り返った乗務員が怒鳴り散らした。


「死にたいのかアンタ!? 何だって仮面憑き《グリームニル》に近付いたんだッ!?」

「えっ、いやその……」

「かつて国家転覆を企てた辺境の民の話ぐらい、アンタだって聞いた事があるだろッ! 奴らはその子孫。中でもあれば魔獣の血を引いた化物だ」


 凄まじい剣幕にエコウは怯んだが、仮面憑き《グリームニル》という言葉にあの山羊頭が何者であるかを思い出した。

 実際にこの眼で見るのは初めてだったが、思い返せば噂通りの姿をしていた。


 カーディアーカ王国は千年に迫る歴史を持つ国だ。歴史を振り返れば他国に支配されてきた時期もあったが、現在まで国が存続しているのは王族と政治手腕と『世界樹』の威光によるもの。


 しかし一度だけ、国そのものが危ぶまれる内乱が起きた。


 王国に反旗を翻したのが『辺境の民』と揶揄される一族であり、その中でも恐れられたのが仮面憑き《グリームニル》と呼ばれる戦士たちだ。


 詳細な記録は残っていないが、内乱は鎮圧され、辺境の民は大規模な粛清と国外追放に処されたという。

 辺境の民と呼ばれる所以は一族の名を剥奪されたことと、彼等が王国の国境付近の未開拓地でひっそりと暮らしている為だ。


 その彼等が何故汽車の、それも連結部に立っていたのか。

 疑問は解消されないが、エコウは捲し立てる乗務員を手で制した。


「勘違いしているようだけど、私は彼に乱暴をされていたわけじゃない。むしろその逆で、危うく汽車から転げ落ちそうになるところを救けてもらったんだ。あまり彼を悪く言われると、こちらとしても気分が良くない」


 山羊頭はエコウの何かに憤ってはいたようだが、命の恩人に無実の罪を着させるのとは別の話だ。歴史もまた現在の彼を忌避する理由にはならない。


 だが乗務員にとってはそうでは無いらしい。

 柳眉を逆立ててエコウに詰め寄る。


「あんた北側の人間だな。南側がいまどうなってるのか、知ってて言ってんのかっ」

「それは、噂程度にしか……」

「こっちはここ最近酷えもんだ。南側は世界樹から遠い分このクソッタレな冬が更にイキり散らしてやがる。本来だったら温い北に移住したいもんだが、生憎と南には鉱山都市がある。あんたもエーンジライト鉱石は知ってんだろ?」

「もちろん、この国固有の燃料資源だからね」


 エーンジライト鉱石は化石燃料の数倍以上のエネルギーを秘めた鉱物資源だ。暖房器具から軍事兵器まで広く利用されており、産業技術を下支えしている。


 鉱山都市とはその名の通りこの資源の主要産出都市だ。

 王都が人体の言うところの頭部であれば、鉱山都市は心臓部といっても過言ではない。


 さらに言えば物資の輸送路となる鉄道は血管に該当するのだが、カーディアーカ王国は地理的に北と南を繋ぐ道が一本しかない。

 標高が八千メートルを超えるオリンピア山脈に、南北を殆んど分断されているからだ。

 西側から大きく迂回する陸路が南北を繋ぐへその緒となっている。


 しかしそこさえも長い年月によって川に侵食され形成された、数百キロメートル超の大渓谷が走っており、鉄橋がなければ渡ることさえ満足に出来ない。


 つまり、いまエコウ達を乗せている汽車が走っている区画は王国の大動脈。

 北からは食料、南からは燃料資源の供給。

 逆にいえば此処で何かがあれば、最悪の場合この国は立ち行かなくなる。


「誇張無しに鉄道はこの国の生命線。だがなこの辺りに『魔獣』が出没するようになってから、安全な旅路とはお世辞にも言えなくなった。この汽車も自衛のために武装して、俺達ですらこんな物騒なもんの携帯を義務付けられた」


 忌々し気にライフルを叩いて、乗務員はそう吐き捨てる。

 空から乗車する際に見えたが、汽車の屋根にはカバーで覆われた何かがあった。事情を知らずとも、カバーの膨らみからそれが『銃座』であることは容易に察せるというもの。


 車内に目を向ければ極端に窓が少なく、切れかけの電球が気紛れに明滅していた。

 陰鬱といた空気に満たされ、乗客は皆不安な面持ちでエコウらを静観している。

 乗客の心境とは裏腹に、乗務員はヒートアップしていく。


「だがな、王政から軍備増強と燃料資源の増産命令が下ったせいで、鉄道に割かれる防衛力はお世辞にも十分とは言えねえ。汽車そのものを武装して自衛しろとのお達しだ! はっ! ふざけた御上もあったもんだ。軍人でも無え俺達に国民数十万の生活を守れってんだからな」

「おい、その辺にしとけ」


 流石に見かねた同僚が止めに入るが、肩に置かれた手は乱暴に払われる。

 憤る彼の表情には焦りや恐れが見え隠れしている。


「お蔭であの化物どもを当てにしなくてはならなくなった。真面に魔獣を相手出来るのは軍の精鋭部隊なんかを除けばあいつ等しかいないからだ。馬鹿高い報酬と俺達の面子を引き換えにして、罪人どもに国の生命線を守らせてるんだッ」

「いい加減にしろッ! その人に当たっても何にもならんだろうが。口を閉じろ、乗客に不安を与えてるだけだ」


 鋭い叱責を受け乗務員は我に返る。

 乗客の誰もが表情を蔭らせ、蟠っていた陰鬱とした空気が重く圧し掛かる。


 皆それぞれの事情で南へと向かっているのだろうが、共通しているのは楽観的なものが何一つ介在していない事だろう。

 多くが兵役か、仕事を求めて鉱山都市へ向かうかのどちらか。


 乗務員は髪を掻きむしって、項垂れた。


「なあ……あんた。その身なりから察するに王都かその近辺の人間だろ? 王政は何してんだよ。何十年も冬が明けねえなんてどう考えても異常だろ。ましてや例の天災もある。この国はどうにかなっちま――」


 そこで不意に乗務員の言葉が途切れる。

 悲壮に影っていた表情が、不思議なものを見たようなものへと移ろいでいった。


「あんたどうやってグリームニルの所に行ったんだ? 俺はずっとこの車両にいたから、気付かないわけがない」

「ここで話を振り出しに戻すのかい?」


 散々言いたいことを言っておいて、身勝手過ぎやしないか。

 今度はエコウが憤りを覚える番であった。


 改めてここで「空を飛んで来た」と正直に告白したところで、茶化していると思われるのがオチだろう。

 どう誤魔化したものかと頭を悩ます時間は、しかしエコウには無かった。


「その髪の色……」


 誰かの震えた声に、エコウはハッと頭に手をやるが遅きに失した。

 普段はフードで隠している銀髪が、惜しげもなく露わになっていた。


 その昔、今と同じように長きに渡る冬に大陸は閉ざされたが、一人の賢者が育てた世界樹によって人々は救われたという。

 エコウの銀髪は、賢者の血筋の証。


「え……エクシーダー様っ!」


 エコウの正体に気付き、その場に居合わせた誰もが一斉にその場で跪いた。少し前に街の人々がそうした様に。

 乗務員は無礼を一心不乱に詫び、乗客は口々に祈りを捧げている。


「はあ……やっぱりこういう反応は苦手だな」


 初めてのことではないが、あまり気分の良いものでは無い。

 確かにエコウは少々特殊な能力と地位を有しているが、それだけだ。

 乗務員が語った惨状を覆すものではなく、伴ってこうして敬われる人間でもないのだ。


「顔を上げてくれよ。確かに私はエクシーダーだけど、だからと言って私自身が何かを成し遂げた事は無いんだぜ? ほら、こんな綺麗なお姉さんが眼の前にいるんだ。どうせなら思う存分堪能したまえよ」

「滅相も御座いませんっ! 数々の無礼をお許しください。何卒、何卒!」


 場を和ませようとしても、畏敬の言葉が返るばかり。

 遠い先祖の偉業に対しての敬いというより、王族貴族に匹敵する権力に対しての恐れが比重としては大きそうだ。

 染料を全く受け付けない自分の髪を恨めしく思い、エコウは大きく溜息をついた。

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