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序章

ノベルアップ+に投稿している作品と同一のものです。

完結まで執筆済。

 一つの国として存続する代償に、滅びが約束された仮初の理想郷。

 国家を二分するかも知れないが、自然環境を完全掌握した完璧な理想郷。

 私たちは国土と国民の半分を切り捨てて前者を選んだ。


                   エコウ・チェンバース 日記より抜粋。


   ✝   ✝   ✝


 缶詰の中身の気分の様だった。

 分厚い鉄板が巨大な爪で切り裂かれていくその光景に、エコウ・チェンバースは渇いた笑みが零れた。


 あるいはこの蒸気機関車に取り付いている奴らからすれば、本当に缶詰を開けている程度の事なのかもしれない。

 十二丁の大口径機関銃や野砲などの小賢しい抵抗はあったにせよ、中身はしっかりと詰まっているのだから。


 空腹に苛立っているのか、邪魔臭いと言わんばかりに汽車に幾度となく爪が振り下ろされ、装甲がこじ開けられていく。

 乗客の悲鳴の中には救けを乞う祈りの言葉もあったが、この状況では皮肉にしかならない。

 彼等の信仰対象の力が未だ健在であるならば、魔獣に襲われることもないのだから。


「参ったね……南は北よりもずっと世界樹の加護が薄いみたいだ」


 どうりで祈りが通じないはずだと、ぼやいた次の瞬間に眼の前から壁が無くなった。

 装甲に深く食い込んだ爪が横薙ぎに振るわれ、車両の側面が引っぺがされたのだ。


 途端、突き刺すような風雪に縮こまる暇もなく、血生臭い吐息が全身を舐める。


 人間を小魚のように噛み砕くであろう巨大な咢。削岩機のように乱立する牙に破れた布きれを見付け、屋根で迎撃に当たっていた射撃手の最後を悟った。


 逃げ場などない。

 いや、この汽車は必至に逃げていたのだが、今では走る棺桶になろうとしている。


 例え今ここでホールドアップしたところで、相手は言葉の通じない怪物だ。

 せめて一思いに噛み砕いて欲しいものだ。


 自らの立場を顧みればエコウは何としてでも生き残らなければならないのだが、汽車から飛び降りたところで、魔獣は追ってくるだろう。死ぬのが少し先送りになるだけだ。


 何より、子供の頃から心の何処かで諦めていたのだ。

 この国はもうお終いだと。


 生れた頃からずっと冬。春の訪れはお伽噺に成り下がり、川は底まで凍り付き大地と見分けが付かない。

 大昔に一度、このような冬を克服したというが、二度目の今はお世辞にも抗えているとは言えまい。


 凍死しようが、怪物に食われようが結果に大した差はない。

 脆弱な人間にとってはあまりにも苛酷な世界だ。


 だからなのだろう。

 持って生まれた身一つでこの理不尽に抗って見せる彼は、何よりも鮮烈に映った。

 今まさに、エコウを噛み砕かんとする魔獣の眼玉が血飛沫を上げた。


「GYA――!?」


 耳障りな悲鳴がエコウの鼓膜を痛いほど震わせる。


 見れば人間の頭ほどもある眼玉に柄が生えていた。

 毛皮の外套を翻した誰かがエコウと魔獣の間に割って入ってきたと思えば、その人物は投擲した剣を掴み取ると、腕が霞むほどの速度で振り抜いた。


 煌めく剣閃の後を追うようにして、先ほどとは比較にならない血飛沫が吹き上がる。

 眼窩から頭蓋ごと断ち切られた魔獣は断末魔さえ上げられず、汽車から剥がれ落ちた。


 助けられた。命を救われた。

 礼を言うべきなのに、頭から浴びた血液の熱がそうさせたのか。

 気付けば畏怖に打ち震えて彼等の忌み名を口にしていた。


「仮面憑き《グリームニル》っ……!!

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