ドッペルゲンガーと『ミーチューバー』やってみたら絶体絶命でヤバい
昔書いてたやつに少し手を加えてみました。
まばたきの直後、そいつは最初からそこにいたかのように現れた。
「おまえは誰だ?」
半ば思考停止状態で訊いてみたものの、目の前に立っているのはどう見ても“俺”だった。
鏡に映った俺じゃない。
正真正銘の実体のあるもう一人の俺だ。
そっくりだ。顔の造形は俺そのものだし、身長もほぼ同じに見える。
だが、だらしなく部屋着に袖を通した俺と違い、こいつは清潔感のあるポロシャツをきっちり着こなしている。背筋もしゃんと伸びている。
いつも鏡で見てる俺ってもっと冴えないんだけどな……。こいつからは陽キャオーラさえ感じるぞ……。
幻覚か?
戸惑っていると、“キレイな俺”がいきなり俺の名前を呼んだ。
「ユーヤ、ちょっと無遠慮すぎないか? あと驚きすぎ。目玉すごいことなってるよ?」
「驚いてるんじゃない、怖いんだよ! 誰だよお前!? ここ俺の家! 住居侵入罪!!」
感情に任せて喚き散らすと、俺の顔をしたそいつは面倒くさそうに嘆息した。
「おれが誰かって? おれは、おまえの【異能力】で実体化したもう一人のおまえさ」
「そんなバカな……」
「本当さ。おまえもなんとなくわかってるんじゃないの?」
【異能力】――超常的な能力を持った人間が近年増え続けていることは知っていたけど、まさか俺が異能力者になるなんて……ない話でもないな。
確かに、見た瞬間からこいつからは何か繋がりのようなものを感じていた。見た目がそっくりで親近感を感じているだけかもしれないが、俺がまばたきした一瞬のうちに目の前に現れたんだ。
というか俺に似すぎている。
俺は試しに“キレイな俺”の顔をつねったが、ル○ン三世のような変装マスクでもなんでもなかった。頭をひっぱたかれた。
念のため清潔感のあるポロシャツも捲ってみたが、俺と全く同じ場所――右乳首のそばに一本ひょろ長い毛が生えていた。無言で腹パンされた。
「じゃあ、お前は本当に俺のドッペルゲンガー?」
「そうだよ。おまえを殺して本物になり替わるためにやってきたんだ」
「冗談はいいよ。で、お前が俺のドッペルゲンガーだとして何の用?」
「何言ってるんだよ。おまえの【異能力】で呼び出したんだから、おれに用があるのはおまえだろ?」
「え、そうだな…………じゃあ、とりあえず帰ってくれ」
「ユーヤ、『ミーチューバー』やってるんだろ? おれも一緒にやらせてくれ」
「話聞けよ」
――――――――
『ミーチューブ』という、誰でも投稿参加できる動画投稿サイトがある。ミーチューブで自分のサイト『チャンネル』を立ち上げて動画を投稿する人はミーチューバーと呼ばれている。
俺もその一人だ。
俺が投稿した動画を一通り眺め漁ったドッペルゲンガーは、「底辺ミーチューバー」とさも愉快といったふうに笑った。
「うるさい。これでも少しずつ人気出てきてるんだぞ? ていうか、チャンネル登録者一万人まで目前なんだからな?」
ドッペルゲンガーは、帰る場所がないらしく俺の家に居候することとなった。一人暮らしだから問題ないし、服のサイズも俺とぴったりだ。
しかも、なぜか部屋のどこに何が置いてあるかまで把握していて、好物も同じだった。ドッペルゲンガーだから本人そっくりで、実体化する以前の記憶まで共有しているらしい。
「名前? 便宜上“ユーゴ”とでも呼んでくれ」
俺とドッペルゲンガー……もといユーゴはすぐに動画作りに取り掛かった。
実写動画、ゲーム実況、○○やってみた、○○あるある、質問返し……。
企画をピックアップして台本を作り、ひとまず撮ってみることにする。
試行錯誤の末、俺が『勢い任せの進行役』、ユーゴが『クールバカなダメ出し役』として微調整をする形に収まった。
「はろーはろー、ユーヤちゃんねるだよー。今日は! なんと! ゲストが来ています! はい、自己紹介どうぞ!」
「ユーヤと双子かもしれないし違うかもしれない。ドッペルゲンガーのユーゴです」
「そっくりだろー? 双子なんだよ。……たぶん」
「座右の銘は『セ○○○とドッキリは相手に不安を抱かせないようやれ』です」
「ねえ、同じ顔で変なこと言わないでくれる!?」
動画の中で、ユーゴはアドリブを入れて俺を華麗にからかった。視聴者からはそのやり取りに定評があった。使い古されたありきたりな企画でも、ユーゴと二人でやれば一定の視聴回数を稼ぐことができた。
一度一人でやったことのある企画でも、二人でやると違ったものができた。二人と言っても、本物とそのコピーだから、結局は同一人物なのに不思議だ。
地道に毎日投稿を続けた甲斐あって、ユーゴがやってきて三ヶ月も経たないうちにチャンネル登録者数が二万人を超えた。
――しかし、ようやく軌道に乗ってきたところで事件は起きた。
というより、俺が起こしてしまった。
俺が、SNSで知り合ったファンの女子大生に、いわゆるエロチャットを送っていたことが暴露されたのだ。
その女子大生もエロチャットに対して「やだあ」などと積極的に可愛らしく返してくれて、俺も友達と仲良く下ネタトークをしているつもりでいた。
だが、女子大生はせっかく仲良くなった俺と関係を崩したくないという社交辞令的なもので返答していただけで、本心ではモヤモヤした気持ちを抱えていたらしかった。
それが今回の暴露に繋がった。ネタに飢えた大手物申す系ミーチューバーが、生放送で視聴者からのタレコミを取り上げたことでたちどころに拡散され、炎上した。
俺より三つ下だったとはいえ、女子大生がまだ未成年だったということも問題になった。他にも、本名や初めて生理を迎えた時期など、デリケートなことを尋ねていたことや「結婚しよう!」という俺の赤面必至の発言も白日の下にさらされた。
俺は、過激な下ネタで傷つけてしまった女子大生と、怒り心頭だった彼女のご両親に謝罪したのち、炎上に区切りをつけようというユーゴの提案でミーチューブにも謝罪動画を出すことにした。
カメラに向かい、膝の上で握りしめた拳の震えが止まらず、俯いて終始たじたじだった俺を、ユーゴは強かに叱責して一緒に頭を下げ、しかし理不尽に俺を詰ることはしなかった。不覚にも目頭が熱くなって、撮影中にもかかわらず最後には涙が零れてしまった。
撮影後、ユーゴに対する申し訳なさがあふれ出し、気持ちがブレないうちに言葉にした。
「ごめん、ユーゴ。俺、もう二度とおまえに迷惑かけないから! 性欲に振り回されたりもしないって誓う!!」
謝罪動画をアップすると、かつてない注目を浴びた。
自ら好き好んで炎上して注目を集める炎上系ミーチューバーなる者もいるようだが、最も視聴回数が多い人気動画に炎上謝罪動画が肩を並べてしまったのは俺にとって不本意極まりなかった。
覚悟はしていたが、高評価に追いつく勢いの低評価の嵐に頭がくらくらした。
コメント欄では、俺に対する批判が殺到した。中には、俺というクズを庇うユーゴを責め立てる言葉もあって、罪悪感に胸が締め付けられた。
しかし、ユーゴの弁護を汲み取った一部の視聴者たちからチャンネルを擁護する声も確かに上がっていた。
かろうじてチャンネルは続けられそうだった。
ユーゴが繋いだチャンスだ。ここで踏ん張らなければならない。
改めてユーゴに謝罪と礼を伝えるべく向き直り――固まった。
俺を固まらせたのは、隣で画面を見つめるユーゴの顔に張り付いていた、凄絶な笑み。
「――ははっ」
ざらついたノイズが耳朶を打ち、それはすぐに堰を切ったように爆発した。
「あははははははははははははははははははははははははっ――!!」
理知的なキャラを売りにしているユーゴには似合わない、けたたましい哄笑が部屋の壁に響き渡る。
「……ユーゴ?」
「ユーヤ。おれはこのときを待ってたんだよ」
「ど、どういうことだよ……?」
「まだ自分の異能力の真の力に気付いてなかったのか。本物のくせに間抜けなやつ」
ようやく嗤いを収めたユーゴは、呆れと侮蔑が混ざり合った声色で説明した。
「いいか、ユーヤ。おまえの異能力“ドッペルゲンガー”は、ただ単に本物の【そっくりさん】を作り出すだけじゃない。作り出したドッペルゲンガーの需要……わかりやすく言うと『人気』が、本物を大きく上回ったとき――」
直後、ぎらついた眼光が俺を射竦めた。
「――本物は消滅する」
「…………嘘だ。さすが俺の相棒。迫真の演技だな」
またユーゴが俺をからかっているんだ。
「嘘じゃないさ。おれはそのために生み出されたんだからな。本物が消滅した後、ドッペルゲンガーは晴れて本物になる」
「じゃあ、なんだよ? このままだと俺は消滅して、おまえが俺になりかわるってことか……!?」
「そういうことだ。そのためにおれは人気を得るべくキャラクターを演じてきた。ミーチューブは『成り代わり』を達成するにはうってつけだったよ」
ユーゴが不敵に笑う。
今回の事件を根に持って、当てこすりの冗談を言っているんだ――そう思って俺もばつの悪い笑みを返そうとしたが、どこか悪魔的なおぞましさが。
俺は信じられずに声を絞り出す。
「で、でもっ! 俺はまだ消滅してねーぞ!? コメント欄見た感じ、俺の評価はどん底、逆にお前の株は爆上がり……人気にはとっくに雲泥の差がついてるのに矛盾してるだろっ……!!」
「オリジナルを完全に抹消するには一定の時間が必要になる。もしかすると、本物が頑張って名誉挽回するかもしれないからね。【異能力】はフェアなんだ。なんでもござれのチートじゃない」
「……これって、ドッキリだよな?」
なおも信じられずにいた、そのとき。
ほんの一瞬だけ、俺の手のひらが薄れた。幽霊のように半透明になって、手を透かして床板が見えたのを目の当たりにして、俺はついに現状を信じざるを得なくなった。
ユーゴは「ほらな」と満足げに口の端を吊り上げた。
「ユーヤ。“みんな”が求めてるのはおまえじゃない。おれなんだよ。おまえがヘマをやらかしてくれたおかげで案外ラクに攻略できたよ」
撮影前の服装チェック用に買った姿見に、幽霊と見紛う俺の蒼白な顔が映っていた。
「おまえはもういらない。これからは、おれが“ユーヤ”だ」
――――――――
――いつも思っていた。
俺もイケメンに生まれていれば……背が高くてスマートだったなら……。
年がら年中イキり倒している同じクラスのリア充なんかよりも、ずっとずっと人気者になれたはずなのに。好きな女の子にだって振り向いてもらえたはずなのに。
もしかすると、この【異能力】は、俺の心の奥底にあった強い願望が具現化して生じたものかもしれなかった。
同じ姿形になって、『内面に隠れた価値』だけで勝負する――。
ずっとそう思っていた。
なのに、実際の俺はどうだ?
同じ姿形をした偽物にさえ勝てていないじゃないか。
――――――
「動画撮ろう」
朝の八時過ぎに起床してきたユーゴに、俺は静かに告げた。
一夜が明けて、俺の体は半透明になることもなく確かな輪郭と存在を保っていた。
だんだん透けて存在感を失って、周囲から認識されなくなっていくのかとも思ったが、雷光の一瞬の明滅のように突然消滅するのかもしれなかった。
だが、今日が最後だとしても、毎日投稿をするつもりでいた。
ユーゴとは昨晩からろくに口を利いていなかったが、ヤツは意外にも一つの文句も言わず撮影の準備を始めた。
撮影が始まると、俺は普段通りに振舞うことを意識した。
炎上しようが憂き目に遭おうが、楽しい時間を提供できなくなればミーチューバーとして終わりだと思った。
ユーゴはいつものキャラクターを無難に演じて、エロチャット事件のことを掘り返してこなかった。あくまでも、今の人気をキープするためにリスクを省いているのだと思ったが、どこか違う気もしていた。
企画内容は、ブロック玩具を大量に使った作業企画だった。
トークがメインの企画をやっても、気持ちのこもっていない掛け合いになりそうだったからだ。撮影が長時間に及ぶ作業系の企画ならば、その分面白いカットを拾いやすくなると踏んでのことだ。
なんやかんやで企画書通りのブロック作品を完成させ、夜のゴールデンタイムには編集を終えて動画を投稿することができた。
どのくらい残されているとも知れぬ、消滅までの猶予に身構えながら――
――――――――
しかし、何も起きることなく二日が経ち、その間に俺たちは二本の動画を投稿して、翌日と翌々日のための動画編集を始めていた。
いつになったら自分は消えるのか、そんな考えは水中の泡のようにふっと頭に浮かんでは、すぐに跡形もなく消え去るだけだった。
あるとき、ずっと口数が少なかったユーゴが、吐き捨てるように怒涛の勢いで喋り出した。
「やれやれ。思っていたより視聴者からユーヤへの信頼は根強かったみたいだね。スキャンダルを起こしても底辺ミーチューバーだから注目度ないし。もっと義侠心に駆られた正義の人や、面白がってムダに騒ぎ立てる野次馬がいればよかったんだけど。残念なことに女子大生側からも起訴されなかったしなあ……未成年オフ○コくらいしてたら話は別だったけど。まあ、そんな度胸ないか」
「急に喋り出して、何が言いたいんだよ?」
「時間切れってことさ。おまえの人気が少しばかり回復したから、もうおれはおまえを消せない」
「なんだって?」
言われたことを咀嚼せずそのままの意味で呑み込んでいいのか、俺はユーゴの真意を測りかねて戸惑っていた。
「あーあ……これでおれが生き残る最後のチャンスも潰えたわけだ」
「最後……?」
ユーゴは、「あー、言ってなかったね。というか、自分の【異能力】の検証くらいしておきなよ」と気だるげに天井を振り仰ぐ。
「時間切れって言っただろ? 『九十九日』。ドッペルゲンガーの効果継続時間さ。本物になり替われないまま九十九日が過ぎるとドッペルゲンガーは消える。そして、同じ人間のドッペルゲンガーは二度と作り出せない」
「……っ! それならどうして最後に俺と動画撮影したんだ!? 俺の人気を回復させたくなければ、動画撮影に応じなければいい。あのときの俺が性懲りもなく一人で動画に出てもマイナス評価しかつかないんだから。そうすれば俺は消えて、お前が本物になることができたんだぞ!?」
自分でもなぜこんなことを詰問しているのかわからなかった。
ユーゴは俺の質問には答えずに、今ここで思いついたように言った。
「ああ、そうだ。ユーヤが望むならドッペルゲンガーの能力のことを明かして、オフ○コの全責任はおれになすりつけてもいいんだよ?」
「オフ○コはしてないし、罪をなすりつけるなんてこと絶対にしない!!」
「好きにしなよ。……じゃあね、ユーヤ」
ふっ――と、まばたきの間にユーゴは煙のように消えた。
最初に俺の前に現れたときのように唐突に。
それっきり、現れなかった。
――――――――
ユーゴが消えてからひと月が経った。
俺は一人でミーチューブを続けていたが、視聴回数も目に見えて減った。ユーゴが来る前よりはずっといいけど。
物申す系ミーチューバーなどに、オワコンミーチューバーとして俺の名前や炎上ネタを掘り返されても、俺は動画撮影をやめなかった。底辺にオワコンもクソもないだろ。意味わかって言ってるのか?
視聴者からは度々、ユーゴの安否を気に懸ける声が寄せられた。
「ごめんな。もうユーゴはいないんだ」
そう答えるしかなかった。
ユーゴを生み出した俺の【異能力】は、一歩間違えればコピー元になる人間を消滅させる危険がある。発動条件はわからないままだが、もう二度と発動させるべきではないのは確かだ。
だが、いなくなってもユーゴは動画とともに視聴者の心に残り続けるはずだ。
少なくとも、俺がミーチューブを続けている限り。
ユーゴは俺の分身だった。
姿形はもちろん、“ユーゴ”として実体化する以前の俺と同じ記憶も持っていた。違ったのは、“本物になり替わる”という【異能力】に課せられた使命くらいだ。
ユーゴは……俺は、クラスのリア充のような人気者になりたかったのかもしれない。
永遠の人気者となったユーゴ。
俺はそれを超えたいと思う。なり替わるのではなく、超える。
たとえミーチューバーじゃなくなったとしても、俺は自力でユーゴを超えてみせる。
頬をつねったり、頭をひっぱたいたり、腹パンしたり……冒頭にギャグっぽいところがありますが、現実ではやらないように……。