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雨の山

「雨の山ってここからどうやって行くの?」

 晴生がアンジーに聞くと

「城内に国内の他の馬所に移動が出来る魔法陣が描かれた転送の間があるので、そこから山の麓へすぐ移動出来ます」

 思ってた以上に簡単に行けることを知り

「じゃあ、国外に逃げることも簡単に出来そうじゃん」

「雨の魔女は以前、大洪水を起こして山から1番近い村を大雨で飲み込んだこともあります。それから恐れて誰も山へは行けないのです」

「大洪水………」

 簡単に山には行けそうだと安心するのも束の間で、思っていた以上に雨の魔女が恐ろしい存在であることを思い知らされた。

 しかし、このまま何もしないでいてもターニーに処刑されるだろう。

「アイツに殺されるくらいだったら、魔女に会いに行こう」


 晴生は決意してアンジーに転送の間へ案内をしてもらった。

 入口で兵士が警備をしていたが、高校の制服姿の晴生を見るとすぐに異世界から来た勇者だと判断し、すぐに通した。アンジーも入れた。

「これが雨の山の麓に繋ぐ魔法陣です」

 部屋の奥にの床に描かれた緑の魔法陣の脇に立ち、アンジーが指を指して晴生に教える。

「わかった。行ってくるよ」

「お気をつけて」

 リュックサックの肩紐をぎゅっと握り締め、晴生は魔法陣の中心に立つと眩い光に包まれながら消えたのだった。


 ほんの数秒後、別の場所に晴生は現れた。

 魔法陣が一つしかない小さな部屋。まるで物置のようだった。窓もなく魔法陣の明かりだけで灯された部屋を見回すと、木製の引き戸の扉が背後に有り、晴生はそこから部屋を出た。


 部屋から出るとそこは山の麓だった。


 どんよりとした雲が空を覆い、ぽつぽつと雨が降っていた。コンクリートなど無いこの世界で晴生のスニーカーが泥まみれになりそうだ。

「山登りするのに足元が滑りやすいんじゃなぁ。晴れろ! 晴れろ! 土が乾くくらい晴れろ!」

 両手を掲げて疑心暗鬼で唱えると、たちまち雲に切れ間が出来て太陽が顔を出し、ぐんぐんと日差しが次々と降り注いで来た。

「よしっ! 俺には晴れ男パワーがある!」

 自分に言い聞かせ、山を見上げ、晴生は力強く入山した。




「待て、雨の魔女ってどこにいるの?」

 入山して5分後、早くも晴生は問題を抱えていた。頂上にでもいるのだろうか。しかし、立て看板等で道順を示す物などあるわけがなく、勘だけを頼りに登るのは危険だ。

「とりあえず、山に入っても雨で追い出されなかったわけで」

 ぶつぶつと独り言を言いながらこれからどうするか考える。

 すると息を吐いて、すぅ〜っと大きく吸うと

「雨の魔女さーん! いませんか〜!?」

 上に向かって大きな声を上げた。

 だが返事はない。ぽつぽつと葉から雨滴が落ちるばかり。

「ノーリアクションですか。しょうがないか」

 見知らぬ山、それも異世界で一人になるのはプラス思考の晴生でも心細くなる。時には日陰の泥濘みで滑りかけたりと危険を伴っていた。

「はい、こ〜ろんで〜も、わっはっは〜」

 転びそうになると自分を奮い立たせるために、晴生は歌を口ずさんだ。幼児向けの歌を。

「雨………晴れ………そうだ」

 大きな楠木が並ぶ山道で晴生は上を向いた。

「私はお花、かわいいお花、雨が降れば喜ぶの。僕は草、若い草、晴れになれば伸びていく。雨とお日様、仲良し天気、空に虹をかけていこう」

 幼い妹とテレビで見て覚えた幼児向けの歌を朗らかに歌い、無意識に増々晴れを呼び起こしていた。


 ぴちょん、ぴちょん。ちょろちょろちょろちょろ。


「川?」

 水の流れているような音が聞こえ、晴生は山道を外れて楠木の間を進んでいく。

 だが、途中で苔を踏んでぬるっと滑ると忽ち派手に尻餅をついた。

「いって〜…………」

 制服のスボンに思い切り泥が付着した。これで帰宅をしようものなら

「どこぞの未就学児よ! あーあ、今からクリーニングだしても明日に間に合わないわよ」

 と母親に叱られただろう。

 母に。

 ぐっと涙を堪え、晴生は

「はい、こ〜ろんで〜も、わっはっは〜!」

 と歌って自身を奮い立たせた。


「あの、大丈夫ですか…………?」


 楠木の陰から足元まで長くウェーブのかかった水色の髪の少女が恐る恐る顔を覗かせていた。

「君は…………?」

 晴生が声をかけるとひゅっと木の陰に隠れてしまった。

「あの、俺、晴生! 雨の魔女さんと、えっと、お願い事があって来ました!」

 またゆっくりと木から顔を出すと、少女は長いまつ毛に潤んだ大きな瞳で晴生を見つめた。

「ハルキ………」

「うん、そう!」

 自分には敵意が無いと晴生は必死に笑顔を繕うと、少女は木に手を添えながらも姿を現した。

 晴生と同い年ぐらいに見える。

 今にも泣きそうな顔の少女だが、その美しさに晴生は一瞬笑顔を忘れてほぅと目を奪われていた。だがすぐにハッとして、

「あの、君が雨の魔女?」

「そう……です」

 少女の声が小さ過ぎて晴生はもっと近寄ろうと歩くと

「そこ、滑りやすいですよっ」

 彼女の忠告と同時に再び尻餅をついた。

「ててて」

「……………」

 じーっと少女が何かを待ってるように晴生を見たので

「はい、こ〜ろんで〜も、わっはっは〜!」

 と歌うと、心做しか少女が嬉しそうな表情を滲ませた。

「あーあ、すっかり泥塗れ」

 立ちながら晴生が汚れた手の平を見ると

「こっちに泉があります。洗えますよ」

 少女が楠木のさらに先に進んで行くため、晴生は慌てて追いかけようとすると、またズルッと転びかけるのだった。




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