異世界の女たち
周りは薄暗く、窓の無い部屋で蝋燭を持ってローブを纏った6人の少女たちと、厚手のマントを身に着け背が高く中年の男に囲まれ、晴生はチョークで描かれた魔法陣の中心でゆっくりと起き上がった。
男だけが「勇者様だ! 勇者様だ!」と興奮した様子で喜び、少女たちは緊迫した表情を浮かべている。
この異様な空気は何だ………………っ!?
晴生は忽ち冷や汗が額や背中に流れ、とりあえず身の安全を優先にするため、抵抗などせず無言で直立した。
「この奇妙な服装! 間違いない! 異世界から勇者様が来られたのだ! 我が国を雨の魔女から救うために!!」
「雨…………魔女…………?」
おいおいおいおいおい、マジかよ、魔女とか本気かよ。
顔面蒼白になる晴生を他所に男は高校の制服を眺めながら狂喜の笑い声を上げている。
「そうだ、あの災害をもたらす魔女。雨を操り、一度国を水浸しにした。我が国の脅威。貴方は魔女討伐のために我々の前に姿を現した!!」
魔女討伐など現実として受け入れ難い言葉を一方的に投げられ晴生は頭がパンク寸前だった。
だが一方で雨の魔女と聞き、対照的な晴れ男の自分が呼ばれたのも妙に納得してしまう。
それでも命懸けの戦いなんて御免だ。何せ自他共に認める晴れ男だが、それ以外は単なる高校生。剣術や魔術なんてゲーム以外で発動なんて不可能だ。
「あのぉ……お言葉でございますが、多分自分は勇者なんてそんな光栄的な男では無いと思います。帰宅部で運動音痴ですし、人違いかと……なので帰らせていただけたらなぁ、と」
「ほぉ、何もせず帰りたいと……?」
声色が低くなった男のマントから剣の鞘が姿を見せ、男が鋭い音を立てながら抜いた。
「あ…………いや、その……本当に……あっちの世界で、自分は単なる庶民で………」
じりじりと晴生が後退りをしたその時だった。
「ターニー国王陛下!! 外が晴れてます!!!」
唯一部屋の中にある扉が突然開くと、兵士らしき格好をした女性が息を切らしながらやってきた。
「何と…………!!! この男は勇者で間違いない! 今宵は宴だ! すぐに準備しろ!!」
晴生はリュックを背負ったまま異世界の者たちに黙って付いて行った。
大部屋に招かれ、豪華な食事を振る舞われ、露出の多い女の人たちの舞を見させられた。
晴生としてはいかにもセクシーなショーよりも某子ども向け番組のおねえさんとおにいさんのファミリーショーの方が断然心が踊るタイプなため、終始どうやったら帰れるか考えていた。食事も喉が通らない。女性たちに酒を注がれたが断り、全く気の休まらない宴となった。
大部屋には窓があり、外はすっかり夜だった。ネオン街など無さそうなこの世界では、月と星の光が眩い。まるで星が降って来そうだ。
美心にも見せたいなぁ。
妹は泣いていないだろうか。友達は心配しているだろうか。両親は憔悴していないだろうか。
今夜は眠れるだろうかと不安になっていたが、客室に案内をされると思いの外すぐに眠りに落ちてしまった。
―――――流れ、流され。
あぁ、あの時豪雨に飲み込まれたんだ。
目の前が見えなくなるほど強い雨水に流され………その前に、祠があって、竜の銅像が祀られてて…………。
―――――っく……………っ…………。
ああそうだ、泣き止んでほしかったんだ………。
「お目覚めでございますか、勇者様♡」
ゆっくりと目を開くと、横に透けた薄手の寝間着姿の知らない少女が隣に横になっていた。
「うわぁぁあああああ!?!?」
昨晩の記憶ななんて全く無いぞ!?
えっ!? 俺ヤッちゃった!? 嘘だろ!?
昨日はあんなに激しかったのに♡ なんて言われたら俺はどうしたら良いんだ!?!?
晴生は叫んで起き上がり、慌ててベッドから飛び出した。
「昨晩はお部屋に入ったらもう眠っていらっしゃってました。お疲れでいらっしゃるんですね。よく眠れましたか?」
「え、ええ、まぁ、はい…………」
目の行き場に困りながら晴生はおずおずと返事をした。
すると女性は掛け布団を退かして自身の艷やかな全身を露わにし、
「朝のお鎮めのお相手お願いしますわ、勇者様♡」
晴生は何も考えずに部屋を飛び出した。
何だ!? 何だ!? もっとファンシーな世界ならまだしも、反発しそうになれば殺されかけるし、あっはんうっふんな女の人たちばかりだし!!!
「帰らせてくれぇぇぇ〜〜〜〜!!!!!」
長い長い廊下を脇目も振らずに全力で駆け抜けて行った。
ただひたすら廊下を駆けると、突然廊下の真ん中に一人の少女が立っていた。あの昨晩召喚された部屋にいた内の一人だ。晴生より少し年下で晴生の世界なら中学生ぐらいだろう。紫の瞳と肩ぐらいの同じ色の髪、今日も魔術師らしくローブを羽織っている。
「おはようございます、勇者様。朝食の準備が整いました」
「帰らせてくれ! 君は俺を呼んだのだから帰らせることも出来るだろう!?」
「………………ひとまず食堂へお越しください。そこで少しお話しをしましょう」
晴生は仕方なく少女に付いて歩き、食堂に着いた。晴生と少女以外に人は居なく、ほっとした。
大きなテーブルにはパンやスープなど晴生の世界に似た朝食が並べられていた。正確に言えば晴生の世界の“ホテルのような朝食”だ。
「いただきます」
椅子に座って腰掛けて手を合わせると、晴生はカップに入った温かいクラムチャウダーに似たスープをまず飲んだ。
「あの、昨日のおじさん……王様?、は?」
「朝のお鎮め中です。3人ぐらい相手してからいらっしゃいますのでご不在です」
思わず晴生はブーッ! とスープを吹いてしまった。
なんちゅう国なんだ!? 勝手に人を魔女討伐に呼び寄せたかと思ったら、品性の無い歓迎ばかりして、挙句の果てに国王が朝っぱらから………っ!
「そ、それがこの国の常識なの!?」
「それとは………?」
「女性たちの露出が高い歓迎をしたり、国王がその………いかがわしいことをするのが当たり前なことだよ」
「…………魔力が覚醒しなかった女性の末路です」
「え?」
「13歳になって魔女の力が覚醒しなかった少女は、いずれ国王や男たちの相手をするのが慣わしです。魔法がこの国を栄えていますので」
「そんなの………女性の人権を無視してる」
「ジンケン…………?」
そうか、この国には人権という言葉すら無いのか、と晴生は驚愕をした。そしてなるべく落ち着いた声になるように努めてゆっくりと説明をする。
「皆が平等に自由と健康を与えられ、秩序を守りながら幸せに生きる権利だ。まだこの世界のことは何も知らないけど、魔力があったからって必ずその職に強制的に就く必要も無いんだ。男がとか女のだからとか関係無く、皆が学校に行き、職業を選んで働ける権利のことだよ」
「…………あなたの世界にはジンケンがあるのですか?」
「あるよ。時に侵される事もあるけど、そのために法律ってモノがある。人の人権を侵したら罰しますよっていう全員共通した約束事みたいなモノがね」
「信じられない………想像がつかない………」
「だからね………早く自分の世界に帰りたいよ………」
少女は一瞬周りを確認をすると一歩晴生に近付き、とても小さな声で話し掛けた。
「お願いします……帰りたいなんて国王の前では言わないでください」
「…………何か君も脅されてるの?」
「私や昨日集まった娘達は13歳になっても本当はまだ魔女の力が覚醒していないのです」
「………………」
晴生は言葉を失ったと同時に増々国王への嫌悪感が増した。
「勇者様の召喚に失敗をしたら男に貢献への人生を歩まされるはずだったんです。何故召喚出来たのかもわからないくらいなんです。帰らせるなんて無理です…っ」
帰れる可能性が消えたことへの絶望感もあったが、晴生は自分よりも年下の少女たちの力にもなりたいという勇敢さも同時に湧き上がってきた。
窓から陽の光が差し込んできた。
「こんな明るい日なんて何年振りかな」
少女は眩しそうに窓の外を見つめると、晴生は立ち上がり、
「もっと晴れろ!!」
と声を大にすると真夏のような日照りに増した。
「すごい……魔法の使える男の人なんて初めて見ました…!」
少女が目を見開いて驚き、晴生はまっすぐに彼女を見つめた。
ここは異世界。自分の想い次第で晴れを呼び寄せること出来そうだ。俺の能力は恐らくこれだけ。考えろ、晴れが重宝されるこの国で、この子たちを救える方法を。
そうしたら戻してくれるんだろう、雨天神社の神様さんよぉ!? そうであってくれ。