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天気雨

 穏やかに微笑まれながら職員らしき人物に出迎えられ、晴生は「こんにちは〜」とラフに、一方雅博は「こ、こんにちはっっ!!」と緊張した様子で背筋を伸ばして挨拶をした。

 突然小雨が降り出し、後から茜と結も慌てて鳥居の前に着き、二人共軽く挨拶をした。

「おやおや、修学旅行生ですか」

「はい! 東京の方から来ました!」

「そうですか、それは遠路遥々ようこそいらっしゃいました。今日はお天道様に恵まれて、汗もかいたでしょう。今冷たいお茶を用意しますね、適当に境内を見てってください」

 職員らしき人物は小さな本殿の隣にあるこれまた小さな社務所へと砂利を踏みながら行ってしまった。


 傘をさす必要はないくらいの小雨はまだ降り続いている。


「奇跡じゃない?」

 茜が手の平を上に向けて静かな雨を受ける。

「ほんっっっとに奇跡だ!」

 興奮した様子の雅博。

「初めてじゃない?」

「こんっっなの初めてだ!!」

「ねぇ、自分でどう思う?」

「晴生も思うだろ!?」

 二人同時に言葉は同じでも意味の全く違う質問に晴生はたじろいだ。

「俺が旅先で雨ってのも初めてだし、山頂の静かな神社も初めて。とりあえず、中を見てみようよ」

 晴生が歩いて鳥居を潜ろうとすると

「すとぉおおおおおおおっっぷ!!!!!」

 雅博の大絶叫に止められた。

「はい、鳥居の前で並んで! 本当は端が良いけど、皆で一列でいっか。神様の家みたいな場所に入らせてもらうんだから、ちゃんとお辞儀して!」

 雅博にテキパキと指示をされ、一行は鳥居の前で一礼をした。

「よし! じゃあ入らせてもらおう!」


 こうして彼らは雨天神社に足を踏み入れた。


「うてん神社だから雨が降ってるとかかな」

「うてんじゃなくて、雨天(あめあま)神社って言うんだって」

 砂利道を歩きながら聞く茜に晴生が答えると、

「あめあま?」

 茜と結が声を揃えてオウム返しした。

 おそらく脳内で「飴甘神社」とでも変換しているのだろう。

「読み方はさておき、雨にまつわる神社なのかな」

 晴生が雅博に聞こえるように声をかける。

「気象神社っていう神社なら他にあるけどね。水神でも祀っていたりして」

 何か説明書きの看板でもあるかと辺りを見回すが無い。地図にも無いくらいなのだから、参拝客もほとんどいないのだろう。

「皆、先に参拝しよう。手水舎で手を洗い落として」

 雅博に言われ、一行はちょろちょろと水が流れ落ちる手水舎に集まった。竜の口から水が流れ落ちて水盤に水を貯めている。柄杓を持って雅博は正しい手順で手を洗い、晴生はそれを不器用ながら真似をし、結もたどたどしくもマナーを守り、茜だけは適当に左右の手に水をかけた。

 そして本殿へ向かい、古くて汚れた木製の賽銭箱に思い思い小銭を投げ入れ、二礼二拍手一礼をした。


 空は晴れているのにな。


 晴生は参拝を終えると空を見上げた。

「ねぇ、晴れにしてくださいってお願いしたの?」

 茜に声をかけられ、晴生は上を見上げるのをやめた。

「ううん。家族の健康」

「もっと高校生らしいこと願いなよ。家族って言ってもどうせ妹がメインでしょ」

「別に良いじゃんか、健康をお願いしても」

「日向君って妹がいるの?」

 茜と言い合いになりそうなところで結が割って入る。

「うん、小1。結構歳が離れてる」

「シスコンシスコンシスコンシスコンシスコン」

「ぁあ!?」

「そんなに離れているんだ!? 日向君もお世話とかしたりしたの?」

「まぁ割とね。親が共働きだし、中学は部活入らないで妹と遊んだりしてたよ」

「そうなんだ〜。私の叔母がうたのおねえさんだったんだ」

MAJIDE(マジで)!?!?」

 すっかり晴生と結とで育児に関連した話で盛り上がり、雅博も黙々と境内の中を歩いて見物している。茜は屋根のある手水舎で水盤に溜まった水でぴちゃぴちゃと遊び始めた。


「お待たせしました、良かったら社務所へどうぞ」


 音もなく職員らしき人が再びやってきて、晴生たちに声をかけた。

 小走りで皆は集まり、小さな建物にお邪魔した。




「雨天神社は何の神様が祀られているんですか!?」

 ちゃぶ台を囲んで座布団の上に座ると、雅博がずっと気になっていたのか開口一番に質問をした。

「水神様ですよ。雨や天気について何かお困りがある方が拝みに来られたり、または雨やお天道様に感謝を伝えたりする方と特にご縁があるかと思います」

 冷たい麦茶が注がれた透明なコップをゆっくりと若者たちの前に置きながら穏やかな声色で答えた。未だにこの人物が男女のどちらか分かりづらい。

「じゃあ特に日向感謝しなよ」

 茜に話を振られ、晴生は「うんまぁな」と適当に相槌をした。

「君は、お天気に何か強い繋がりがあるのですか?」

 ちゃぶ台の向かい側から柔らかな物腰だが、じっと視線を鋭く晴生を捕え、真っ直ぐに晴生は聞かれた。

「その…いわゆる晴れ男ってヤツなんです」

 初対面の大人に向かって何か自意識過剰なことを言っているような気がして、晴生は少し恥ずかしそうに答えた。

 だが、頼んでもいないのに補足をするのが茜。

「ほんっとに昔っからすんごい晴れ男で、学校の行事とかで雨降ったことなんて一度も無かったんですよ! なのに初めて小雨だけど雨が降っちゃって、ちょっとショック受けてるんですよね、こいつ」

「別にショックなんかじゃないよ」

「ちょっと茜……」

 またお決まりの言い合いがヒートアップするのかと思いきや、


「神社での雨降りは神様からの歓迎のしるし、なんて言われることもあるんですよ」


 それはそれは澄んだ声で二人を鎮めた。

「先程の天気雨、実に縁起良いと思いましたよ」

 ふっと柔和に微笑む姿に、男女共にほっと心を奪われそうになった。


 だが突然、

 

 ――――――っ…………っ………


 誰かのすすり泣き………………?


 晴生はふと周りを見渡したが、他に誰もいない。勿論、この場に泣いている人も。

 雅博や茜たちも特に周りを気にした様子も無い。


 気のせいかな。お化けとか勘弁してよ。


 と晴生は麦茶を飲んで空耳だと過ごそうとした。しかし、


 ――――――っ………助けて…………私を………誰か……ここから出して……


 再び声が聞こえた。


 おいおいおいおい、まさか誰か監禁されてたりするのかよ。


 と晴生は緊張しながら他のメンバーも見るが、全員楽しそうに神社の職員と会話をしている。

 部屋に押し入れなどは無く、人が閉じ込められそうな場所は無い。


 自分にしか聞こえないからお化けかもしれない。

 でも……………

「あの、すみません、トイレ借りてもいいですか」


 泣いている子を放っておけない。


「……ご面倒ですが、一度外に出てもらうんですよ。本殿の裏に小道があるのがすぐ分かると思うので、そこを辿って行けばお手洗いがあります」

「ありがとうございます」

 念の為リュックを持ち出す。スマホは必須だ、事件だったら警察に電話をしないと。

「女子じゃないんだから別に鞄持たなくて良くない?」

 茜は本当に余計なことを……っ! と晴生は恨みたくなったが、

「………トイレットペーパーが足りなかったら申し訳無いくらいのが出そうだから」

「汚っっっ!! 早く行ってきなよ!!」

 咄嗟に下品な嘘をついてその場を抜け出すことが出来た。




 少し雨脚が強くなっていた。


 どこだ!? 声の主はどこから!?


 ―――――出して、こんな場所………もう嫌…………


 少し近付いた気がし、晴生はすすり泣きの方へと向かった。先程案内された本殿の裏の小道。

 すっかり頂上だと思ったが、さらに少し上り坂になっていて、木々の間を通って行く。

 真っ直ぐ行った先にトイレらしき小屋を見つけたが、その先にさらに上り坂が続いていた。

 小屋の中は確認を一切せずに晴生は走って坂を登り続けた。雨で地面が滑りやすくなっていたが、走ることをやめない。

 すすり泣きが晴生に段々と大きく聞こえてくるにつれて、雨降りも増し、すっかり晴れ男らしからぬシャツもズボンもずぶ濡れ。だが、晴生は形振り構わず坂を駆け上がった。


 真の頂上に祠が無言で建っていた。


 祠を覗き込むと水神らしき竜の銅像が飾られている。

 晴生は前髪から雨雫を垂らしながら


「泣いているのは………君?」


 と竜に話しかけると、突然彼の周りにだけ滝のように降り注ぐ豪雨に巻き込まれた。

 空は雲ひとつ無い。


「マジ……っ!? う……わぁぁぁっ………!!!」


 流れ、流され―――――――。

 晴生は目を閉じ、口も水を飲み込まないようにきゅっと結んだ。身体が落ちていくような感覚が有り、死ぬんじゃないかと考えが過ぎった。目を開けてどうにか生き延びようとしたいが、水の流れが余りにも強く、抵抗する術が無い。


 漸く豪雨が止んだかと思えば、晴生は硬い煉瓦畳の上で倒れていた。

 まるで滝に飲まれた感覚があったのに、全く濡れていない。


 目を開くとローブを纏った少女たちと数人の男性に囲まれていた。


「おおっ!! 初めて召喚が成功した! 勇者様が、勇者様がついに現れた!!」




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