公然たる進軍
ウェスタ・ロレーヌ共和国の東、アンヌの森との緩衝地帯付近に位置する寂れた農村ヤルムでは、突然の人民軍の訪問に慌てふためいていた
「皆んな!!大変だ!!春風が来たぞ!!」
「な、何でこんな時期に!!まだ小麦の種を蒔いたばっかりだぞ!!」
「早く村中の作物をかき集めろ!!」
「子供と女は屋内へ!早くしろ!」
痩せ細った村人達は急いで、作物を保管している倉庫をひっくり返して、一箇所に作物を集めていた
馬車が着くや否や、荷台から兵士たちが降り一列に並ぶと、最後に肉付きのいい男が現れた
「ヤルム村の諸君!!我らウェスタ・ロレーヌ国家人民軍直属、徴収部隊「ロレーヌの春風」! 第23番隊隊長のイワノフ中尉だ 親愛なる人民諸君!偉大なる指導者に敬礼!!」
『パーン…パパパーン…』とラッパ主がビューグルを鳴らす
10人ほどの村人の男達は小走りに等間隔に並び一斉に指導者のいる首都アルブに向かって敬礼をした
「よくいらっしゃいました!同志イワノフ中尉殿!!ヤルム村農業組合員代表!アルスと申します!!」
「うむ、出迎え感謝する同志アルス…本日この村に来たのは最高人民委員会、農業担当大臣セルゲイ・ゲイコフ同志からの命令を伝えに来た!同志タジフ二等兵!読み上げろ!」
村人達は冷や汗をかきながら息を呑んだ…
「は!本日より!!ヤルム村が所属する第25農業分画区では、以下の作物の収穫ノルマを引き上げる!!
一つ!イモ類!二つ!小麦類!三つ!癒草!
以上の作物を期日までに必要量納めること!
以上です!同志イワノフ中尉殿!」
「うむ!報告ご苦労だった 同志タジフ二等兵!」
タジフが伝令書をアルスに手渡すと
村人達は一斉に騒ついた
「お、おい 俺たちは前回の徴収の時で、子供が食べるものを削ってまで間に合わせたんだぞ…なんで毎回ノルマが上がってくんだよ……」
「もう、食べる物がないんです!お願いです!やめて下さい!」
「そ、そうだ…!こんなの横暴だ……」
村人達の我慢は限界を迎えていた
「中尉殿どうか聞いてください!前回の徴収の際に食べる作物がなく、家畜を潰してまでようやく食い繋いだほどなのです!もう畑を耕す馬もいません!お願いです!どうかノルマの引き上げだけは……」
アルスはその場に跪き嘆願した
「…っ!ええぃ!黙れぇ!!農民如きが!人民軍に楯突くつもりか!!」
顔を真っ赤にして怒り狂うイワノフは腰のサーベルに手をかけた
「ヒッ…そ、そんな事は……」
「貴様はこの私に反抗したとして、反逆罪で拘束する! こいつを捕まえろ!」
サーベルを抜き放ち、部下に命令すると3人の兵士たちがアルスに掴みかかって地面に組み伏せた
「あなたぁぁぁ!!」
飛び出していこうとしたところを村人達に静止された女性はアルスの妻だろうか
「ジータ!家に入ってろ!来るなぁ…!」
「さて、貴様、アルスと言ったな、そこにいるのはお前の女か?」
組み伏せられたアルスの目の前にしゃがみ込み、暴れているジータを一瞥した
「…!ち、違います……!」
「ほぅ…そうか……貴様はこの私に嘘をついているな?」
「……くっ…!」
「ではそこの女も一緒に仲良くブーフェルトへ送ってやろう!そこの女も捕まえてこい!」
ブーフェルトはここよりさらに北に位置する極寒の地で犯罪者や政治犯を収容する強制収容所が存在している
悲鳴と共に連れてこられたジータは腕を掴まれて拘束されていた
「や、やめろぉ!やめてくれぇぇ!!」
「ほぉ…中々いい女だな?歳は?」
「……25です……」
「そうかそうか」
イワノフはジータのワンピースのような服の襟元を掴むと、一気に下に引き裂いた
「きゃあああ!」
「やめろぉぉぉ!!」
肢体を晒したジータはなんとか腕を振りほどこうと暴れた
「ふんっ!その女は後ろの馬車へ連れて行け!楽しんだらお前達にもやらせてやる」
下衆な笑いを浮かべた兵士達はジータとアルスを無理矢理引きずっていった
「ママぁ!!ママぁ!!」
村人をかき分けて走ってきた小さな子供はアルスとジータの娘だろうか
「おい!ダメだ!行くな!」
村人の静止を振り切りイワノフの元へ走ってきた
「ママを離してぇ!!」
「何だ?お前達の娘か?汚らわしい…ふんっ!」
イワノフは足にしがみつこうとした子供を力一杯蹴り上げた
大人の背丈よりも舞い上がったその子は
ゴスっと鈍い音をして頭から落ちた
頭からは鮮血を流していた
女の子は泣き叫び、突然あらぬ方向に関節を曲げて痙攣し、口から泡を吹き始めた
「ノーナぁ!!嫌ああああ!」
「ノーナ!!貴様ぁぁぁぁ!離せぇぇぇ!!」
兵士は泣き叫ぶジータとアルスを引きずり違う馬車に押し込んだ
「な、何て…ことを……あの子はてんかんが…」
「ゆ、許せねぇ………」
湧き上がる怒りを堪える村人達は手を出せずに見守るしか出来なかった
今行けば確実に殺されることが分かるからだ
「ロクにノルマも達成できないゴミどもが!貴様らが死ぬ気で働けばこうはならなかったんだよ!お前達!残りの作物も全て持って行け!」
「は…は!」
兵士達が急いで一斉に集められた作物を集める
そのうち一人の兵士が声を上げた
「同志!見て下さい!落ち穂です!落ち穂が混ざっています!」
「何?他にもないかもっとよく調べろ!落ち穂拾い、他の農作物による傘増しは禁錮10年の重罪だ!」
この国では収穫した作物の傘増しはバレると即刻ブーフェルト行きが決まるのだ ちなみにブーフェルトでの平均余命はわずか2週間であり実質の死刑宣告と同じだった
兵士たちから一通り報告を受けたイワノフはより顔を真っ赤にして怒鳴りつけた
「もういい!この列にいる奴らを全員拘束しろ!貴様ら!生きて帰ってこれると思うな!!」
10人ほどの村人は兵士たちに拘束されそうになると激しく抵抗した
「やめろぉ!俺たちしか男が居ないんだぞ!!」
「家族が!家族がいるんだ!!」
「た、助けてくれぇ!!」
「皆んな!鍬を持て!どうせ死ぬなら最期まで戦うぞ!万歳!」
「よ、よし…や、やるぞ!万歳!」
「貴様らぁ…!!皆殺しにしろ!!」
「「「うぉぉぉぉ!!」」」
鍬や鎌を持った農民達がサーベルを抜いた兵士たちと混戦になった
混沌とした状況になったヤルム村の玄関口では今まさに殺し合いが起きていたのだ………
抵抗虚しく次々と斬り伏せられ倒れて行く農民達は、死力を尽くして家族を守ろうと足掻いていた…………
その時だった
「グワァァァァァ!目がぁ!目がァァァァ!!」
「ゲホッ!!ゲホッ!!ぐぁっ……」
「グェッ…喉が焼ける…!!あぁぁぁぁ!」
「オホッ!オェッ!あああああ目がぁっ!」
後方で待機してた兵士たちが突如尋常でないほど苦しみ出した
「なっ!どうしっ……な、なん…ゲホッ!」
「どうした!何があった!」
不意をつかれた兵士達は謎の目と喉の痛みに苦しみもがいていた
仲間のもとに駆け寄った兵士たちも巻き添えを喰らうかのように苦しみ始める
「クソ!なんなんだ!何が起きている!」
今まさにサーベルを倒れた農夫の頭に振りかざそうとしていたイワノフも異常事態に焦りを見せていた
「な、何だ…?何が起きてんだ?」
「お、おい!大丈夫か?」
「こっちよ!早く中へ!」
攻撃の手が止んだ中、暫く唖然としてた農民達は好期とばかりに負傷した仲間を引きずり、家に避難しようとしていた
すると村の奥から悲鳴が上がった
「うわァァァァ!ば、化け物ぉぉぉ!!」
「に、逃げろぉぉぉ!!」
「きゃああああ!」
「ママぁ!!」
仲間を引きずる農民達も思わず村の奥を見ると血の気が引いて行くのが分かった
「グォォォォォ…」
10mはある巨大な赤い巨人がゆっくりとこちらへ向かって来ているのだった
「な、何だありゃ……」
「ヒ、ヒィ!兎に角逃げろ!走れるやつは全員逃げるんだ!」
我先に逃げ出そうとした村人よりも先に、兵士たちが散り散りになって逃げて行くのを見て思わず足を止めた
「こ、後退!!後退!!早く馬車に乗れ!!ゲホッ」
「ひぇぇぇぇ!ゴホッ!」
「傷病者は抱えて離脱しろ!ゲホッ!あぁクソ何なんだ!」
「衛生兵!ゲホッ!衛生兵!」
目と喉をやられた兵士達は仲間に支えられながら馬車へ急いでいた
「あ、アイツが……アイツがやってれたのか?」
農民達は逃げるのをやめゆっくりと距離を詰めてくる赤い巨人を淡い期待を抱いて見た
次の瞬間
「シュゥゥゥゥ…」
巨人から何か吐き出す音が鳴った途端に
農民達も苦しみ出した
「あああああ!クソォォォォォォ!」
「目が痛い!痛い!痛い!痛い!」
「ゲホッ!ゲホッ!ゲホッ!アァァァァ!!」
その場でうずくまってしまったものもいれば、目が見えなくなりフラフラとあらぬ方向へ走り壁にぶつかるものもいた
民家に籠った女子供は窓からその様子を見て、雨戸を閉め始めた
「お、おい!誰か来るぞ!」
馬車に乗り込み馬を出そうとした兵士の一人が仲間に叫んだ
「おい!こっちは通行止めだ!ゴホッ…引き返せ!」
一人の兵士が道の向こうから走ってくる馬の前に立ち塞がった
「その必要はない!」
馬に跨った勇ましい男はそのまま腰の長剣を抜き放ち、村に向かって突撃した
「お、おい待て!そっちは危険だ!魔物がいるぞ!ゲホッゲホッ!」
「私が退治して見せよう!」
この勇ましい鎧を着た男は武装したセバスチャンだった
馬車は後方に待機させてある
ガスマスクは見つかるとまずいのでヘルメットの中でつけている
カインの愛馬であるブジョーンヌイに鞍を乗せ騎兵さながらに突撃したのだ
600馬力あるブジョーンヌイは、疾風の如くもの凄い速さで赤い巨人のものへ辿り着いた
「おい!化け物!これ以上暴れると許さんぞ!成敗してくれる!」
「グォォォォォ!!」
まるで冒険譚の勇者のような構図になったセバスチャンとナターリアは演出たっぷりに死闘を繰り広げた
「化け物!この魔剣エスカリオの錆にしてくれるわ!」
魔剣エスカリオは伝説の魔剣……ではなく、カインが作った子供向けのおもちゃで、少し魔力を込めるとカッコいい青い龍の姿をしたエフェクトがかかるだけの代物だ 刃は丸めてある
「グォォォォォ!!」
巨人のパンチを剣で受け止めたセバスチャンはズザザッと後方に押されたが、飛び上がり剣を振るった
「ぬぅ…!喰らえ!!必殺!龍閃斬!!」
青い龍が剣先から現れると爆音と共に巨人を貫いた
ドゴォォォォォ……
因みにこの瞬間ナターリアは、破裂すると、もの凄い音がなる爆弾を起爆していた 無論怪我はしない
「グアアアアアアア!!」
大ダメージを受けたふりをしたナターリアは一度膝をつくともう一度立ち上がろうとした
ここであっさり倒されてしまっては怪しまれてしまうかもしれないからだ
立ち上がろうとする巨人を斬りつけるセバスチャンが、不意に思い切り殴り飛ばされ民家の壁に叩きつけられた
「グファッ!!ガハッ!!」
セバスチャンは内心やりすぎだと思いながらまともに喰らった一撃を必死に耐えていた
ザァァァァ…
状況が悪くなったかのように大雨が降ってきた
「クソっ!こんなところで死ぬわけにはいかん…!」
痛みを堪え立ち上がろうとした時
「ゆうしゃーー!!がんばえーー!!」
「まけるなーー!!」
いつのまにか窓から子供達がセバスチャンに向かって応援していた
「う、うぉぉぉぉぉぉ!!」
子供達の応援を受け再び立ち上がったセバスチャンは決死の突撃をすべく全速力で巨人に斬り込んだ
「これで最後だ!龍・閃・斬!!」
ドゴォォォォォ…
もの凄い勢いで巨人は吹っ飛ばされ、爆散し、虚空に吸い込まれた
すると空から晴れ間が覗き、日が差し、巨大な化け物に打ち勝った一人の雄々しい勇者を照らした
「やったぁぁぉぁ!!」
「勝ったぞぉぉぉ!!」
「勇者さまが!勇者さまがやったんだぁぁぁ!!」
窓が次々と開け放たれ歓喜の声に包まれた
「や、やったのか?」
馬車から戦いを見守っていた兵士達は唖然としていたが、次第に戦いが終わった事を理解し始め 勝鬨をあげていた
「「やったぞぉォォォォォ!」」
「ゲホッゴホッ…」
抱き合う兵士たちは咳き込みながらも勝利を噛み締めた
「は、はぁ…」
巨人を目の前にしてチビりながら逃げ帰っていたイワノフは安心したのかその場にへたり込んだ
「巨人!!討ち取ったりぃぃぃぃ!!」
セバスチャンは馬に跨り剣先を高く掲げ高らかに勝利宣言をした
「「「万歳!!」」」
村人達は一斉に万歳三唱すると家から出てきて勇者セバスチャンに群がった
「私にはまだやるべきことがある!!道を開けてくれないか!!」
それを聞いた村人達は一斉に道を作り勇者の凱旋を見守った
兵士たちのいる馬車まで馬を走らせると、セバスチャンは叫んだ
「我が名はカイゼル!この中に代表はいるか!」
困惑する兵士達は一斉にへたり込んでいるデブ親父に視線を送った
「貴様がこの部隊の隊長か!」
「は、はい…そうです…」
「貴様達は大変なことを犯してくれた!!貴様の指導者が圧政により民を苦しめたせいで、あの化け物が生まれたのだ!!」
「へ、へぇっ!?そ、それは…」
「惚けるな!!あの化け物の名は辛苦のカリファー!!圧政に苦しむ人民の血と涙を糧にして産まれた新たな魔物だ!!貴様らの指導者に伝えろ!!このまま圧政を続ければあの化け物は至る所に現れ、貴様らに襲いかかるだろうと!!そして今すぐにそこに捕らえられている農民を解放しろ!!」
「は、はいぃ… おい、解放してやれ…」
イワノフは力なく兵士に命令すると夫婦は解放された
「分かったらここを去れ!!二度と民を苦しめるな!!次は貴様らの番だ!!」
「ひ、ひぃぃぃ!」
イワノフ達は直ぐに馬車を出し尻尾を巻いて逃げ去った…
「「ゆ、勇者様〜!!」」
兵士が去ったあと村人達が駆け寄ってきた
「勇者様、助けてくださり本当にありがとうございます!何とお礼したら良いのか…」
村人達は口々に感謝の言葉を口にした
「感謝はいい、それより負傷者だ 私の仲間が近くまで来ている 今すぐ呼んでくるから案内してくれ!」
「ゆ、勇者様…ありがとうございます!」
セバスチャンは馬車へ引き返すと、再び馬を馬車に固定した
馬車には全員が揃っていた
「これで…良かったのかな?」
「うん!バッチリだよ父さん!」
カインは笑いかけた
「本当に…本当にありがとうございます!」エマは涙を浮かべながら感謝していた
「カッコ良かったですよ ゆ・う・しゃ・さ・ま」
ナターリアがニヤニヤしながらセバスチャンを煽る
「お、お前は……やりすぎだぞ…あんな攻撃聞いてないぞ」
ナターリアから受けた渾身のパンチがまだ疼くセバスチャンは脇腹をさすった
「あれは仕方なかったのでノーカンです」
にこやかに返したナターリアはどこかスッキリしている様子だった
「よし、軍も引いたし、要求も伝えられた!あとは仕上げだな!農民に恩を売る時だ!」
カインがパンっと手を叩くと、ナターリアは馬車を勧めた
これから勇者一行の勇姿を村人達の目に焼き付けるのだ……………
いかがでしたでしょうか?
書いてて結構面白い回でした、ストーリーはちゃんと伏線回収する様にしているのでこれからもお楽しみに!
タイトルは前回と今回で対になっていたと思いますが、とある曲から取っているので興味がある方は調べてみて下さいね!
ポイントとブックマークよろしくお願いします!
それ次第でストーリーをハッピーエンドにするかバッドエンドにするか決めます!