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ロレーヌの春風

小鳥がさえずり、空が朝焼けに染まる……

朝露に濡れた草木は首を垂らし一雫、また一雫と透き通った雫を垂らす


(ん……ここは……どこだ?)


目脂に汚れた目を擦り、薄く目を開けたカインは目線だけで周囲を見渡した


(俺は確か……なんだったっけ……)


ボヤけた意識を覚醒させようとするも身体はそれを拒否しているようだ


(そうか…昨日…息子が……なんだっけ…)


ムスコがなんだったかも曖昧になり始めた所でだんだん意識が覚醒してきた


(息子…息コ…ムスコ………ハッ!?)


バッと飛び上がったカインは急いで自分の股間を確認した


しかし、傷だらけだった筈のムスコは、何事もなかったように今日も元気だった


「あ、目が覚めましたかご主人様」

何事も無かったかのようにナターリアが声をかけてきた


「ナターリア…俺…昨日は…」


「あぁ昨日はあの後……」

ナターリアが続けようとしたその時


「あー!!やっと起きたのね!この変態チビ!!」

寝起き早々から罵声を浴びせてくるこの声には聞き覚えがあった


「お前は…昨日の………良くもこの俺のムスコを傷モノにしやがったな!」

怒りで顔を歪ませ、強力で禍々しい魔力が漏れ出たカインを見たムスコ殺しのその女は


「ヒッ…ピィッ!」

と小さく悲鳴を上げてその場にへたり込んでしまった

案外小心者なんだろうか


「わ、悪かったわよ……まさか夜中にこの林に商人の方が泊まってるなんて思わなくて……」


「……はぁ…もう良いよ ムスコも治ってるみたいだし コレは君がやってくれたのか?」


「そ、そうよ?なんで分かったのよ…」


「ウチに回復魔法を使えるのは俺しか居ないからな 消去法だ」


「ふ、ふーん そう!じゃあ寛大なあたしに感謝しなさい!!ちょっとは悪かったと……思ってるし?」


(こいつなんも反省してねぇ…)


「もういいよ誤解は解けたんだろ?ナターリアさん」


「はい、あの後ご主人様を傷モノにしたそこの女には事情は説明しておきましたから」


「そ、そうか あ、名前を聞いてなかったな 俺はカザック こっちはナターリアさん、それに父親のカインだ」


「へぇ〜親子なのね あたしはエマ、バウンティハンターのエマ様とはこのあたしよ!」


「バウンティハンター?どうしてこんな寂れた村に?」


エマと名乗るこの女はよくよく見てみると、軽装だがそこそこの装備をしていた

軽そうだがしっかりとした防具に、腰に短剣や、手錠、回復薬の類の小瓶が入ったポーチを装備していた


桃色の長い髪をサイドテールにしており、キリッとした目元に整った顔立ちをしている


身体は…普通かな……


「ちょっと!何ジロジロ見てんのよこの変態!視線がなんかキモいのよ!」


「エマさん、カザックさまへの無礼は許しませんよ それにまだカザックさまへ昨日の事を謝られていませんが?」

ナターリアが止めてくれた


「う、ごめんなさい…悪かったわよ…」


(やっぱこの子案外素直だな…)


「もう良いよナターリアさん、それよりエマさんはなんでこんな所に?」


「あんた達に教えてやる義理もないけど…教えてあげるわ!ここから少し北に行ったところで懸賞金付きの密売人が潜伏してるらしいのよ この男に見覚えない?」


エマは賞金首の似顔絵が描かれた羊皮紙を見せてきた


似顔絵はいかにもと言った感じの風貌で、髪はボサボサで、目は細く、頬は痩せこけ無精髭を生やした4〜50代の男だった

身長は170cmくらいらしい


「汚いおっさんだな…いや、見覚えはないな」

「私もありませんな」

「右に同じです」


「そう…見かけたらコレで私に連絡してね!」

エマは腰のポーチから小さな宝石のようなものを取り出した


「連絡魔法の効果が付与がされた石よ!コレに話しかけると私が持ってる方に通じるわ!」


カインは石を受け取り、少し考えて口を開いた


「そうだエマさん 俺たちも丁度北に向かうんだ それまで同行しないか?」

途中まで戦えるやつが居てくれると助かるし、何より昨日の借りを返してもらって一石二鳥だ


「え!?そうなの?でも危ないし…」


「いえ、エマ様と一緒の方が我々としても心強いですから是非とも」

セバスチャンも推してくれた


「そう…しょうがないわね!ふふん この最強のエマ様があんた達を野盗から護衛してやるんだから感謝しなさい!」


「ハイハイつよいつよい」


すっかり調子を取り戻したこのアホの娘エマはカイン一行と同行することになったのだった……


拠点から30kmは走っただろうか

この国の道路事情は最悪も良いところで、ろくに舗装されてない道が延々と続いている


そのためあまり飛ばすと事故る危険があるため出せても30km/hが限界である

それでもこの世界の馬車よりかはマシだ


無限軌道の装甲車で来るべきだったかな…


「ウプッ……オエエエエ…」

「オロロロロ…」


カインとエマはあっという間に酔ってしまいさっきからこんな調子だった


「い、一体…どうなってんのよ…いつになったら…まともな道に…なるのよ…オエエ」


「この国の指導者に…言…オロロロロ…」


するとナターリアが何かに気がついたのか馬車を止めた


「ん?どうしたナターリア…」


「カザック様、向こうで何かあるようです」


「向こう?」

カインが馬車の窓から顔を出すと確かに遠くで何かの音と砂埃が立っていた


「父さん…様子を見てきてくれないか?」


「分かった」


「あとこれも忘れずに」

エマに見えないように護身用の拳銃と双眼鏡を渡した

銃はこの旅が始まる前に人数分用意しておいたのだ、この世界でまだお披露目してはまずいので、背もたれの隠し扉の中に隠してあったのだ


「では行ってくる」

セバスチャンは身を低くして、砂埃の立つ方に近寄っていき、道の脇にしゃがんで双眼鏡を覗いた


暫くしてセバスチャンが小走りで戻ってきた


「何やら向こうの集落が何者かに襲撃されているようです」


「な、何ですって!?」

横になっていたエマが飛び起きた


「ええ、どうやらこの国の兵士らしきものと村人が戦っているようです」


「兵士!?……くっ…」

エマは下唇を噛み締めた


「どうしたんだ?エマさん」

カインは不思議そうに尋ねた


「あ、あんたにはまだ早いわ…カインさん話があるの…」


「はい、何でしょうか?」


セバスチャンを連れたエマは少し離れた所に行き、話を始めた


「あれは『ロレーヌの春風』… 村を回って農作物を回収する人民軍の部隊なの……」


「そうですか、今は秋のような気もするんですがね?」


「名前だけよ 実際は、明日食べる物にも困ってる農民達から収穫した作物を根こそぎ持っていく奴らよ…」


「そうでしたか…ではあれは一体どういう状況だったのでしょうかね?」


「大方、収穫量が足りないって言って農民達の家にガサ入れしようとして小競り合いが起きたのよ…」


「なるほど…ではどうしましょうか?このまま進めばその兵士達と鉢合わせてしまうでしょうし、色々厄介な事になりそうですが…」


「でもこの道は一本道…見つかれば逃げられないわ…それに…」


「何でしょうか?」


「無理を承知でお願いしたいの!あの、あの農家の人たちを…助けてあげられないかしら!」

それまでしおらしかったエマは、真剣な表情でセバスチャンに問いかけた


「………それはできません」


「…ッ そうね そうよね…」


「一つお聞きしたい 何故エマ様はあの見ず知らずの農民達を助けたいのでしょうか?この国では珍しい事ではないとお聞きしてますが?」


「………いいわ 教えてあげる………私は….私はここでは無いけど、この国の農村出身なの…」

エマはポツリポツリと話し始めた


「私の家は貧しくて…明日食べる物すら無かったわ… この国の軍の兵士が私たちの食べ物まで根こそぎ持っていってしまうの… 皆んな痩せこけてるのだけど、お腹だけは膨らんでいったわ…」

重度の栄養失調になると腹水が溜まり、腹が常に張った状態になってしまうのだ


「それでも何とか草や虫を食べて凌いでた……そんなある日の夕方に、突然兵隊がやってきて………お父さんとお母さんを家から引きずり出して………目の前で首を切って………殺したの……」

涙声になりながらエマは語り続ける


「そんな……」

セバスチャンは言葉を失った


「泣き叫ぶ私を村の人が押さえつけてこう言ったの『コイツらが作物を盗んで食ったんだ!』ってね……

よく見たらそいつは近所の意地悪なおばさんだったわ……

そいつが収穫した農作物を盗んで……私達に罪を着せたのよ………

その後はどうすることもできずに私だけ助かって……

あれだけ優しかった仲間達に……なけなしの水と食べ物だけ渡されて…村を追い出されたの……」


セバスチャンは肩を震わせるエマをそっと抱きしめた


「お願い……私みたいな子を……増やさないであげて………お願い…」


「………………少し時間をください」


啜り泣くエマをそのままに、セバスチャンは無言で馬車に戻ってきた


「話は聞いた」

カインはセバスチャンに石を見せた

エマがくれた連絡用の石だった


「……ご主人様…私は……」


「お前の気持ちは分かる でもダメだ」


「……!」

セバスチャンは肩を震わせた 


「いいか?セバスチャン 俺たちは一体何をしにここに来たんだ?」


「……アンヌの森へ行き…エルフと友好関係を築くためです…」


「そうだ なぜアイツらを助けてはいけないかも分かるか?」


「………首を突っ込むなと言うことでしょうか…」


「その通りだ 他国の哀れな農民達を助けて何になる? それに助けると言うことはこの国の軍を敵に回す行為だ クラインフェルト領国民である俺たちが手を出した途端、俺たちだけの問題ではなく立派な外交問題になる 最悪戦争だ」


「………分かっています…ですが……」


「ですがなんだ それにあのエマとか言う女の言っていることが本当だと言う確証もない もしかしたらどこかの回し者の可能性すらある」


「そこまでは……」


「ここでは全てのことにおいて目を瞑れ、関わるな、手を出すな、同情するな やりたいならあの女一人だけ置いて勝手にやらせとけ」


「……………」


カインの無慈悲な正論にセバスチャンは何も言えなくなってしまった



「だが………俺に良い案がある」


「………!」

セバスチャンは思いもしない言葉に顔を上げた




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