昔話
明かりが消え、寝静まった穏やかな街は一夜にして地獄へと変わった
闇夜を赤々と照らす燃える家屋に無数の叫び声と馬の鳴き声が響く
「起きなさい!!逃げるわよ!!早く!!」
「何…ママ…」
突然叩き起こされた幼い娘は眠た目を擦る
「いい!俺が担ぐ!!お前は早く逃げろ!!」
「何言ってるの!一緒に逃げるわよ!もうすぐそこまで騎士が来てるわ!」
寝ぼけた娘を担いだ家族は慌てて家を飛び出し、走った
「あそこだ!!次は俺がやる!!」
馬に跨った騎士が剣を掲げながら全速力で向かって来るのが見えた
「クソッ!俺が時間を稼ぐ!この子を連れてけ!出来る限り東に逃げるんだ!!」
「ダメよ!!あなた…!!」
「早く行け!!振り向くな!!」
娘を押しつけられ戸惑いをみせたが、足をもつれさせながらも力の限り走った
遠くで何かが爆ぜる音があちこちに聞こえる
「はぁ…はぁ…」
「ママ…?パパは…?」
何も言わずに走りつづけて数十分後、石に足を取られ地面を転げた
「…!痛っ……っ!!」
膝を見ると肉は抉られ骨が見えているのが分かった
「エル…私はもうダメ…貴方だけでも逃げなさい!!」
「ママ!でも…」
「いいから…!ママとパパも後で迎えに行くわ…良い子だから…早く逃げて…!」
「!!…うん……!」
大粒の涙を浮かべた幼子は母の精一杯作った優しい顔を見ると振り向かずに走った
「良い子ね……生きて…エル…」
走る我が子を見つめて啜り泣いた
「ぁぁあああ…!」
「熱い…!!あぁぁぁ」
燃え盛る炎の音に紛れて後ろから誰かの断末魔が聞こえてきた
すると馬の蹄の音が近づいて来るのが聞こえた
「ぐっ……うぅ……」
痛みに耐えながら腕だけで必死に這い回り逃げようともがいていたが近づく足音に身体がすくみ動けなくなってしまった
「クソッ…!ゴミ虫どもが…手間取らせやがって……こいつは…ほぅ良い女じゃねぇか!」
先程の騎士がいつの間にか息を切らせて後ろに立っていたのだ
「…!殺しなさい!!」
キッと騎士を睨みつけたが怯むどころか薄ら笑いを浮かべて近づいて来る
「けっ!殺すのはもったいねぇが団長のご命令だ…来い!」
「い、痛い!!嫌…嫌ぁ!離せ!!離して!!」
抵抗虚しく髪を鷲掴みにされると地面を引きずられ火の手が回ってない裏路地に引き込まれていった…
やがてその絶叫も轟く爆音と業火の中に飲み込まれていったのだった………