ロングソード
雨が降っている。
その道の両側は深い森になっており、森を横断するように真っ直ぐな一本道が続いている。
雨の所為か鬱蒼とした木々が生える森の一本道は、昼を少し回った位だが、夕暮れ時に感じさせていた。
雨の中を人が歩いていた。
蓑を羽織り、菅笠を被っていた。
段々強くなる雨脚にも動じることなく歩いている。
野袴に草鞋、腰に二本差し、柄袋が掛けられている。
荷物は打飼袋(網袋)を背中に襷に背負っており、必要最低限の荷物のみを所持しているようだ。
雨音の中に遠くから轟くような音が混じっている。
その音が、段々と近づいて来るのを黒羽巌長は聞き逃さなかった。
巌長は立ち止まると、菅笠を右手で少し持ち上げ後ろを振り向く。
暫く後ろを見つめていたが、菅笠を下ろすと道から外れ、森の中に入り込んだ。
近くの木の横に立ち、通りを見つめる。雨が菅笠からポタリポタリと地面に落ちる。
ガラガラと大きな音と、馬蹄が聞こえて来る。
ぬかるむ道を白塗りの馬車が二頭立てでこちらに走って来るのが見える。
御者が鞭を当てながら、頻繁に後ろを振り向き何かを確認している。
馬車が泥水を跳ねながら、巌長の前を勢いよく通り過ぎる。
そのすぐ後を、3頭の馬が馬上にプレートアーマー(西洋鎧)の男達を乗せ通りすぎて行った。
暫くすると、ゆっくりと巌長は森から道に出てきた。
そして、遠くに走っていく馬の後ろ姿を見つめていたが、菅笠を下ろし、ゆっくりと歩き始めた。
「もう、ここまでです。」
プレートアーマーの一人が前に出てそう籠った声で言うと、左腰に下げたロングソードを鞘から抜いて突きつける。
馬車は泥濘の中で動けなくなっていた、無理なスピードで走らせた所為か車軸が折れているのが見える。
辛うじて馬車は横転などせず、そのままの体制で前方の車輪と御者台が無くなった状態で止まっていた。
馬は倒れているのが一頭、もう一頭は手綱が馬車に引っかかり、逃げようもなく立ち尽くし嘶いていた。
御者の姿は見えない、馬車を背に若い男がロングソードを構えている。
残りのプレートアーマーの男達もロングソードを抜く。
雨が諸刃の剣を伝い、しずくとなって地面に落ちる。
プレートアーマーに雨が当たる音だけが耳に入る。
「おとなしくご同行頂ければ、乱暴な真似はしなくてすむ。」
「両家で既に話は済んでいると理解しておりましたが・・」
「無理に道理を動かすことにしますか?」
プレートアーマーの男は、若い男を諭すようにゆっくりと喋る。
ウェーブの掛った金髪の髪が濡れ、額に張り付くように流れる。
灰色の眼がプレートアーマーの男達に油断なく注がれている。
細身の黒いパンツに白いソックス。
白いシャツが雨に濡れ地肌の色を浮かびあがらせている。
細い体つきは成人前の少年のものだとわかる。首元には同じく白いリボンが雨に濡れていた。
美少年、一つ見間違えば女性にも見える。
「剣を持つのも無理がある。怪我をしたくなければ、大人しく来ていただけませんか。」
プレートアーマーの男は、バイザーを片手で上げ、その顔を少年に向けた。
右目から右頬に縦に刀傷が入り、右目は開いていない。左目だけが少年を見ていた。
「・・・・お前。マルセロ・・」
少年にはその顔に覚えがあるようだった。
「きっ・・・さまぁあ!!」
少年は、大声を上げるとロングソードを振り上げ走り出す。
マルセロと呼んだ男に剣を振り下ろす。
金属がぶつかり合う音が響く。
一本のロングソードが宙に放り投げられる様に放物線を書き、雨の中に飛んで行った。
少年は右手を押さえてしゃがみ込んでいる。その右腕から赤い血が流れ出す。
首元に剣が据えられていた。
「チェックメイトですな・・・」
「おやめなさい!」
マルセロが、少年の首元にロングソードを突き付けたまま声のする方を見た。
白い馬車の扉が開き、見事な深紅のドレスを着た女性が立っていた。
雨に濡れるのも構わず、ぬかるんだ道に降り立つ。
うねる様な金髪をアップに纏め、ブルーの瞳に怒りを湛えた目を男に向けていた。
二重の切れ長の目、ピンク色に上気した頬。真っ赤な唇を強く結び覚悟を決めた顔をしていた。
胸元が大きく開いたドレスから、形の良い双丘の始まりが見え、その胸元にはエメラルドのネックレスが躍っていた。
「これはラリーサお嬢様、やっとその気になって頂けましたか・・・」
「マルセロ・エルカーノ・・、貴方のような卑劣な男性とは・・」
「いいんですか?この男の首を跳ねても・・・」
マルセロは、女性の胸元に下品な視線を這わせ、笑いを含みながら女性を見つめた。
「なぁ、取り込んでいる所すまんが・・」
何処からか独特な訛りのある声が聞こえた。
その声がした方に全員の視線が一瞬にして集まった。
そこに、(それ)が立っていた。
頭に藁で作った帽子のような物を被っていた。
藁を束ねたコートの様な物を羽織っていた。
右手にロングソードが握られており、柄の部分をこちらに向け差し出していた。
異様だった・・・それが第一印象だった。
「これが、俺の前に飛んできてな・・危ないだろ・・・」
それがまた訛りのある言葉を喋った。
雨の降りしきる中、(それ)はいつの間にかそこに立っていた。
「俺の言葉、通じないか?・・・まいったな。」
それがまた喋ったが、最後は何を言っているか理解できない言葉だった。
「貴様、何者だ!」
マルセロ以外のプレートアーマーの二人が声を荒げて切っ先を(それ)に向けた。
「なぁ、言葉通じているか?」
藁で作った帽子のつばを軽く左手で持ち上げこちらを見た。
表情はわからないが、二つの目がこちらを油断なく見ているのが分かる。
「何者だと聞いている!」
「・・おれの言ってる事分かってるみたいだな・・」
「何を言っている!」
プレートアーマーの二人が、剣を突き出すように構え直す。
黒羽巌長は思わず日本語でしゃべったのに自笑した。
「すまん、コレが飛んで来たのでお前達の物かと思ってな。」
巌長はロングソードを、コレと言う意味で2~3回上下させた。
「だとしたら何だ!」
「エルカーノ様、こいつはコチラで対処します。こちらはお気になさらない様に。」
プレートアーマーの二人は、マルセロ・エルカーノに相手を見据えたまま声を掛けた。
「わかった、お前達に任せる。」
そう答えると、マルセロはラリーサと少年に向き直った。